28話 フィアラはコトネとも褒め合う、そして……
「コトネさんもすごいなぁ。一回で全部仕事覚えちゃうし、飲み込み早いんだね」
「フィアラ様の教え方が上手だからです。すごくわかりやすいんですよ!」
コトネさんは、使用人を始めてからわずか数日で、ほぼ完璧に仕事をこなしてくれるようになった。
おかげで、今まで手が回せなかった場所の掃除や、庭の手入れなんかもできるようになって、非常に助かっている。
「いやいや、今まで私がやってきた掃除をやってくれるから助かってるよー。ありがとう」
「使用人のお仕事がこんなに楽しいものだったのですね。ここに仕えることができて幸せです」
私と同じ意見を言うなぁ。
まさかじゃないけど、コトネさんもデジョレーン家で使用人をやっていましたなんてオチにはならないよね。
「私も毎日楽しく執事長の仕事ができるようになれたよ。二人が万能で助かるよ」
「万能だなんて……。私は庶民の使用人見習いですから」
「そんなの関係ないよ。ジェガルトさんも含めて四人で協力できるチームワークが生まれているんだから、コトネさんも必要不可欠な存在なんだよ」
「嬉しいです! もっともっと頑張りたいです!」
コトネさんは超がつくほど真面目で、抜かりもない。
しかも、家畜の世話や畑の手入れまで覚えてくれたのだ。
おかげで、かなり自由に仕事のローテーションを組むことができるようになった。
だが、謎は深まるばかりだ。
どうして前の主人はコトネさんに対して理不尽な扱いをしてしまったのだろう。
こんなに出来る子なのに……。
「そういえば、フィアラ様にひとつだけ聞きたいことがありました……」
「ん? なぁに?」
「元々はデジョレーン子爵家の長女だったとか……?」
「そうだよ」
「や、やはり……」
コトネさんからデジョレーン子爵の名前が出てきた。
だとすると……。
私は自分から聞いてしまった。
「もしかしてだけど……、前の使用人の主人って、ボルブ=デジョレーン様?」
「そうです」
「あー、やっぱりね……」
「でも、マルレット様という奥方様からの命令がキツすぎて、つい逃げてしまったんです。ボルブ様はほとんど外に出ていたので、特になにか大変な目に遭わされたわけではなかったのです。当時の主人様には本当に申し訳ないことをしてしまったなと……」
「大変だったんだね……ごめんね」
「いえ! フィアラ様が謝ることではないんですよ!」
いくら縁が切れているとはいえ、元家族である。
あちこちで被害報告を聞いていると、申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまうのだ。
「ミミからも変なことされていなかった? 無理に遊ぼって言われたりとか……」
「ありましたね……。奥方様からはミミ様の勉強を教えるように言われていましたが、全く勉強しようとせずで……。奥方様からは勉強の教え方が悪いからこうなると数時間もお叱りを……」
数時間の説教か……。
私は夜明けまで怒鳴られながら、時々ムチが飛んでくることもあったっけ。
さすがに雇っている人間相手にはそこまではしなかったか。
それでもコトネさんも大変な状況だったことが容易にわかる。
侯爵様が気を利かせてコトネさんを拾ってくださったことは、私からもお礼を言わなければ。
「そういえば、デジョレーン子爵家のことで、いずれ侯爵様にもお伺いしようかと思っていたのですが……」
「ん? ほかにもなにかあるの?」
「社外秘と書かれた書類を渡されて、仕事のやり方を無理やり教わってしまったので……」
「あ……、それはやばいやつだよ……」
私も子爵家にいたときは何度も強制的にやらされていたっけ。
だが、さすがに社外秘という意味だけは知っていたから、これだけは絶対にできないと言い張った。
その結果、何度も怒鳴られた記憶がある。
「もちろん、書類までは目を通さずにしっかりと断りました。ボルブ様は舌打ちしながらもなんとか諦めてくれたのですが……最後に言った内容が心配になってしまって」
「なにか言われたの?」
「はい。『この真面目女め、おまえがやらなくとも、代わりを探すからその分コトネの給金は天引きだ』と言われました」
つまり、本来はボルブ様がやらなければいけない仕事を他の人に任せようとしてるってことか。
しかも社外秘まで……。
国務の社外秘はどんなものかは想像がつく。
もしも民間人に情報が漏れたら大変なことになる可能性だってありそうだ。
もう遅いかもしれないけれど、止めたほうが良いかもしれない。
「すぐに侯爵様に伝えたほうが良いと思う……。私も一緒に行くよ」
「でも、ボルブ様はフィアラ様のご両親では……?」
「そうだったけど、今は全く関係ない状態になっているから。それに取り返しのつかないことになる前に止めたほうがいいだろうし」
「わかりました。報告が遅くなってしまい申し訳ありません」
「むしろ教えてくれて感謝だよ」
仕事を一時中断して、すぐに侯爵様の部屋に行き、コトネさんの口から報告してくれた。
「あいつはまだ懲りぬか……。もう容赦はせんぞ……」
そのときの侯爵様の顔は、今まで見たこともないほどの恐ろしくおっかない表情をしていた。




