いるい、イルイ、こんこんこん【現代恋愛】
ある晴れた休日、お昼前。彼氏の部屋で、わたしと彼氏はテレビを見ていた。
最近メディアを騒がせているのは、先日世界的な賞を取った、人魚姫をモチーフにした映画。人間と、人ならぬ生き物の恋愛を取り扱う、いわゆる「異類婚姻譚」がテーマの作品だ。
テレビにつられて、ふたりでその話をしていたときだった。
「黙ってたけど、ぼくにはイルイが見えないんだ」
彼氏が静かに切り出した。
いるい、とわたしは繰り返す。その三音は、わたしにとって大きな意味を持つものだから。
とうとうこの日がきてしまった、ということか。わたしは深い落胆とともに、覚悟を決める。
「そう、イルイ」
彼氏の視線は、いつの間にかわたしの顔から胸元へと移っていた。というか、釘付け。むしろ見すぎ。
特に目立つような服装でもないはずだけど……。
わたしの疑問は、彼氏のひと言で解かれた。
「絵や鏡を見るまで、他人がそんなものを着ているなんてわからなかったんだ」
あー、そっちのいるい。衣類。
そういや今まで、もろもろの場面で変だなと思ったことあったなあ。
あれやそれ、今のこれもそういうこと? へえ、ふーん?
わたしは繰り出したくなる拳をぐっと抑えて、
「そう。じゃ、これはどう?」
ふん! と一発、気合を入れる。わたしの全身は白い被毛に包まれた。
鼻先は伸びて口は大きく牙は鋭く。手足は脚に。頭には耳、おしりにはふっさりとした尻尾。今のわたしは、かなり大きな獣の姿をしているはずだ。
彼氏の目が驚愕に見開かれる。
ふーん、これは見えるのね。
「黙ってたけど、わたしはイルイなんだよね」
いるい。といっても異類の方。
「とりあえず殴らせろ、この助平が」
呆けた顔に平手を打ち込む。彼氏の顔が弾かれた方を向くも、その表情にはどこか恍惚としている。
しまった。肉球モードはオフにしておくべきだった。
『いるい、イルイと彼氏が言えば』
『いるい、イルイと彼女が答える』
◇
わたしはチャットアプリを起動する。
わたし:(中略)てことなんだけど、なんか、自分の彼女が異類でも別にいいっぽくてさー。で、これは自衛をお願いするんだけど。彼氏がいるときはみんなケモっといて
蛇:おっけー
鳥:あいよー
猫:あんたの彼氏むっつりっぽいもんねー
とりあえず、異類友達に周知完了っと。




