第8話 言って欲しかったことば
(あー、歌い甲斐があったわ!)
よく考えればイザークへの嫌がらせができるし、何より思い切り歌える。
譜面を正しく読み、その通りに歌う歌唱力も必要になるので、良い発声練習だったりする。ナイトメア伯はもともと人外だから《禍歌》に耐性あることを考えても、人選は悪くなかった。
歌が終わって数秒後、歌魔法の効果が発動した。
唐突に半透明の男性が本棚を擦り抜けて姿を見せたのだ。奥様は「あなた」と口元を押さえているので、彼がクリフ侯爵で間違いない。
(……に、してもクリフ侯爵が本棚から急に姿を見せるなんて。まるでそこに道があるかのようだわ)
侯爵は書斎の椅子に腰掛けて書類を目に通していた。
しばらくして懐中時計で確認した後、引き出しの中から薔薇のオルゴールを取り出した。ここ数ヵ月で購入した物だろうか。
(音楽を聴くのかしら?)
クリフ侯爵はネジを逆方向に一回転回した途端、カチリと音が響いた。そこから出てきたのは、黒い錠剤のようなものだった。
「!?」
「!」
(カラクリ式オルゴールだったわけね。……って、あの黒い錠剤ってまさか!?)
黒い錠剤警戒した様子もなく一粒呑み込んだ。
直後、クリフ侯爵は首に手を置き、何かを吐き出そうとするがうまくできず転倒。そのまま這いずるように本棚に向かって匍匐前進をして──絶命した。
「あなたっ!」
「「パパっ……」」
遺族の前で見せるのはだいぶ酷なものだが「残りたい」と言ったのは遺族たちだ。彼らは彼らなりに侯爵の死を受け入れながらも、「どうしてこうなったのか?」と言う真実を求めた。
ただその真実に救われるかどうかは、わからない。
***
少しの休憩を挟んでから捜査を続行する。遺族はそれぞれ自室で休むとのことだった。そのほうが捜査はしやすいので有り難い。
「報告になかった場所が、見つかったのは大きい」
「(ならもっと褒めなさいよ)そうね」
「……はぁ。それにしても歌姫の中でもやはり、メアリー嬢の歌声は素晴らしいですね」
「は?」
「ありがとうございます」
複雑だが、それでも《禍歌》を歌うには高度な技術と、歌唱力など必要なのは事実だ。その部分にフォーカスして賞賛されていると脳内変換して、自尊心を保つ。
昔、イザークに「酷い歌」と罵られた記憶など上書きしてしまう。
「ふふっ、でも歌劇場で歌うのが本業ですからね?」
「ええ、もちろん。メアリー嬢の歌声は素晴らしいですよ。特に禍歌の歌は、貴女が今まで磨き上げた技術の結晶です。でなければ人間が、この音階を発音することすらできませんから。貴女はすごい方なのですよ」
「っ!」
ナイトメア伯は私の両手をギュッと掴んで、褒めてくれた。おべっかでも、社交辞令でもなく、心からの思いに、言葉が詰まる。
今口を開けば、嬉しくて涙が零れそうだ。そんな風に褒めてくれたのは、私を拾ってくれたオーナーである叔父と、聖歌の指導をしてくれたグラート枢機卿ぐらいだった。
歌姫になって最初の頃、お金を稼ぐために教会経由の依頼で、《禍歌》を歌う機会があった。その依頼後、興味本位で聞いた一部の貴族が苦情を入れてきて、一時的とはいえ歌姫の活動を制限されたこともあったし、謂れのない誹謗中傷なども日常茶飯事だった。
それが少しずつ変わってきたのは、歌姫になって三年が経った頃、実績が付いて来たからだ。
心ない言葉は心臓に悪い。
いつも一人で泣いていた今までの苦労が蘇り、涙腺が緩む。
「──っあ」
叔父様は家族で、グラート枢機卿は師匠のような存在だったから、私のことを褒めてくれることが多かった。でも他人に言われることはないだろうと、どこか諦めていた。近くにいたイザークですら、そんな風に声を掛けてくれたことはなかったのだ。
でも、今の言葉は心に響いた。ずっと欲しかった正当な評価に、ちょっとだけ涙ぐんでしまった。
「あり……がとう、ございます。ナイトメア伯」
「ルーベルトとお呼びください。これから一緒に事件を解決する大事な仲間ですから」
「ふふっ、ではお言葉に甘えて。ルーベルト様、ありがとうございます」
「おい、仕事中だぞ」
イザークの冷え冷えとした低い声に、心底嫌な気分になった。私の感動を返して欲しい。
「ぐっ……(ほんと、空気を読まないんだから! まあ、今回は私の《禍歌》が『酷い』とか『聞くに堪えない』とか言わなかっただけマシだけれども!)」
怒りのせいで、涙が引っ込んだ。イザークの空気の、いや気遣えない言い回しにイラッとしたが、仕事中なのは事実だと言葉を飲み込む。
イザークはすぐさま、私に背を向けると問題の本棚を調べてしまう。
本当に腹が立つほど仕事馬鹿だ。
(なんでこんなに空気も読めないのに、嫌いになれなんだろう)
「(はああああああああああああああああああああああああああああああああ!? アイツが今まで誹謗中傷してきた噂やら陰口を駆逐するのに、俺がどれだけ動いたと思ってんだ!? ゴシップネタ関係もそうだ。黒い噂だの陰謀論だの面倒事になりそうな案件がある度、火種を虱潰していたのは、俺ですがああ! まず俺に感謝しろよ! ……って、言いたい。が、言ったらアイツに惚れているのがバレる上に、影ながら色々助けたことを知ったら知ったで『助けてくれた分の謝礼を出すわ』とか言い出しかねない。クソッ、金にがめついくせに、そういう礼節を重んじるところがいじらしくて好きだ。だが、んな謝礼なんか貰えるか。こちとらお前が好きで、惚れているから守りだけだっつーの! あー、団長になったんだ。さっさと告白する……タイミングを、覚悟を……)……執事殿、本棚の本を幾つか動かしても?」
「は、はい。大丈夫です」
イザークは老執事に確認をとって、テキパキと本棚を調べていた。あの再現を見た後なら「隠し部屋あるいは通路があるのでは?」と思うだろう。
そして、その考えは的中する。
固定された本をいくつかの順序で引いた直後、カチリと歯車が重なり合った。それと同時に、重低音を響かせて本棚の一部が空洞になる。大人が屈んで入ることができるくらいで、緊急脱出用あるいは、隠し部屋だろうか。
「なるほど、魔法や魔道具を使わないアナログな仕掛けだったから気付かなかったのか」
「イザーク、中は……隠し部屋? それとも緊急脱出用通路?」
「落ち着け」
ミステリーによくはる隠し部屋や通路はロマンだ。まさか実際にお目に掛かるとは、思わなかった。不謹慎かもしれないが、こういうカラクリがある展開はちょっぴりワクワクしてしまう。
「落ち着きましょう、メアリー譲。気持ちはわかりますが」
「ナイトメア伯、お前は涎を拭け」
イザークは間髪入れず、ルーベルト様にツッコんだ。この場で平静でいられるなんて、さすがは騎士。ちょっと見直してしまった。
「……ったく(隠し部屋なら良いが……王都に屋敷にはこの手の隠し通路や隠し扉が多いんだよな。ダンジョン並みのトラップとか前の任務であったし……。そしてコイツも部下と同じで、カラクリや仕掛けが大好きかよ)」
わなわなと拳を握るイザークに、私はハッとする。
「(もしかして、イザークも隠し部屋でテンション上がっているのに必死で抑えている? 何だか大人だと思っていたけれど、やっぱりまだまだ子供なんだなぁ)イザーク、それで中の様子は?」
ちょっぴり微笑ましい気持ちになり、イライラした気持ちも薄らいだ。
「(クソッ、上目遣いが可愛いじゃないか)……ん、ああ。隠し部屋だな。事前に提出してもらった屋敷の見取り図では、部屋の隣はらせん階段だったからな。設計図の空間的にも気付かなかったんだろうな。中は……」
「ここまで仕掛けを作ったのですから、きっと人に言えないような趣味あるいは死体、イワクツキな物があるのでしょう」
「その発言は不敬だからな、ナイトメア伯」
「おっと、失礼しました。どうにも性分でして……」
「そうですね。心して入りましょう」
出来だけ平坦かつ冷静に言ったのだが、イザークの目は誤魔化せなかった。
「お前もウキウキしすぎじゃないか」
「ソンナコトナイ」
「おい、目を逸らすな」
隠し部屋の中は、極東の国の資料が山のように出てきた。その中でも双子の伝承や逸話が多く、彼の国で双子は《神獣の使い》として吉兆を運ぶものとされていたるとか。
「……“これらの伝承を元に、ある計画が成功すれば、この国も双子が忌子であることを払拭する一助となるかもしれない”……なるほど、これがこの部屋の目的か」
「こっちの手紙にダニエル神父との文通のやりとりがあったわ。話の内容からして、侯爵が教会に相談した時に、ダニエル神父の賛同を得た──って書かれている」
「二人目の被害者のダニエル神父ですか……。これで一人目と二人目の被害者が繋がりましたね」
「ですね」
「ああ」
楽しんで頂けたなら幸いです( *・ㅅ・)*_ _))
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