最終話 恋愛初心者
「お前、恋人としての自覚を少しは持ったらどうだ?」
ルーベルト様の経営しているカフェの個室で、イザークと待ち合わせをしていたのだが、開口一番、そう不満たっぷり言ってのけた。
「ん?」
お互いに仕事が忙しくてやっと会えたというのに、不機嫌かつご立腹なイザークに私は苛立ちながらも「何のことよ?」と強気で聞き返す。
「一ヵ月間の慰安旅行についてだ。なんで勝手に旅行の話になっているんだよ!? 上司から俺は仕事で着いていくように言われるし、お前から何も聞いてない気持ちがわかるか……(クソッ、せっかく恋人としてデートや旅行の計画を立てていたのが、どこかからバレたのか!? 先手を打たれた)」
「慰安旅行? ……もしかして豪華客船コンチェルトでの依頼のこと?」
「依頼?」
イザークは面食らったのか固まった。もしかしたら叔父様やグラート枢機卿、あるいはロバート様か、人事部長にからかわれたのではないかと推察する。
「そう。第一王子からの依頼で一ヵ月ほど、豪華客船コンチェルトで音楽会を行うから、出て欲しいって言われていたの。借金もこれで殆ど返せるし、旅行気分で良いって言ってくれたけれど、仕事は仕事だから手を抜くつもりはないわ」
「あー、あーーーー、なるほどそういうことか。だから俺も仕事で……参加しろと」
「イザークも一緒なの!?」
一ヵ月の旅の間、イザークは仕事だと思っていたので一緒に居られるかもしれないと思うと、嬉しさがこみ上げる。
その表情を見ていたイザークは、ようやく落ち着いたようで「急に文句を言って悪かった」と素直に謝ってくれた。
「……俺に黙って行くのかと思ったら、な」
「ううん。私もイザークは、この間の一件の事後処理とかで大変そうだって思っていて、今日依頼のことは話すつもりだったのだけれど……。もっと早く伝えておけば良かったわね。……ごめんなさい」
ふっと、笑う声が聞こえたので顔を上げると、頬にイザークの唇が触れた。
それから今度は唇に。個室で、まだお互いに座っていなかったのだけれど、何だか恥ずかしい。
「俺も仕事ばかり立て込んでいたんだ、悪い。……一ヵ月の旅行の前に、二人だけでデートに行かないか?」
「え、いいの?」
デートという単語に目を輝かせる。一度、そういうことをやってみたかったのだ。イザークは「もちろん。お前が嫌じゃないなら」と嬉しそうに笑うので、頬に熱が集まる。
「うん……」
「よし。……なら次回からは、伯爵の経営している店じゃないところで待ち合わせするぞ」
「どうして?」
「どうしてです?」
「伯爵、お前がちゃっかり個室にいるからだろうが!」
イザークが到着するまで私が手持ち無沙汰にならないように、とルーベルト様はミステリーの本を片手に私を訪ねてくれたのだ。
イザークも仕事で遅れると言っていたので、有り難くルーベルト様とお茶会&本の感想会で盛り上がっていた。その辺りがイザーク的には不満だったらしい。
「確かに……恋人が別の異性と一緒に居たら面白くはないわよね。イザークが嫌だというのなら、待ち合わせ場所を変えるわ」
「メアリー」
「私はミステリィの話ができれば何でも良いですよ、二人とも大事な同僚で友人ですし」
「「…………」」
空気を読まないルーベルト様の発言に苦笑してしまう。人外である彼の認識は、男女の二人きりをまるきり意識していない発言でもある。
貴族としてならはその作法は理解しているが、私とイザークに対しては友人という認識なのだと思う。
「だそうよ、イザーク」
「……のようだな、なんだか牽制しようとした俺が馬鹿みたいじゃないか」
「そう言えばメアリー嬢、そろそろ最新刊が発売ですね」
「ええ、当日は豪華客船コンチェルトでの旅行前だったから、絶対に受け取って船に乗り込むの!」
「私も今回は貴族側として、招待されているので当日また会えるのを楽しみにしています」
「……(コイツもいるのかよ!?)」
「まあ、ルーベルト様も! ふふっ、もしかして豪華客船コンチェルトに収められているミステリー小説書庫の閲覧が目当てなのですか?」
「ええ、ミステリィ好きの知人から連絡がありまして、これは絶対に乗らなければと思った次第です」
何とも知り合いが多い船旅のほうが心強いし、何より何かあったときに助けを得やすい。もう何か起きるかもしれない前提で動いたほうが良いと結論付けたのは、つい最近だ。
(私が歌姫である以上、目立つし事件に巻き込まれ易い。特に人外関係で! こうなったら、そういう巻き込まれ体質だと自覚した上で、対処したほうが精神的に楽だもの!)
数日間は凹んだりしてが、凹んでばかりもいられない。
何より、やっとイザークと恋人になれたのだから、落ち込んで弱っている姿を見せて嫌われたくない。
(イザークと……恋人っ!)
「お前は妙なところで空元気するからな。凹むなら二人きりの時に存分に凹め。別に引いたりしないから」
「……! 何それ……ずるい」
イザークは恋人になってから、皮肉や嫌味の数がかなり減った。むしろ私に気遣うことが増えて、それが擽ったくて嬉しい。
ルーベルト様と別れた後、私とイザークは本屋や他のショッピングを楽しんだ後、レストランで食事の予定だ。
本屋を選んだ理由は、彼が一人だけミステリーの話題に入れないのは嫌だと愚痴っていたからでもある。一緒に買い物に行くのを提案したら、とても喜んでくれたので誘って良かった。
この世界では芸術関係の興味関心が非常に高く、絵画や本、音楽、舞台などの文化は非常に盛んなのだ。これも魔王様が芸術関係に心を動かされた──という歴史があるからだろう。
そんな訳で一冊の本の値段もさほど高くない。焼きたてパン五個分ぐらいの金額で買えるので庶民でも手が出せる。
それに国の図書館の利用も積極的に行っているので、生活水準も他国に比べて高いし、庶民のお財布にも優しい。
本独特の香りに包まれながら、私とイザークは手を繋いでミステリーコーナーへと向かった。
手を繋いで歩くだけでもテンションが高いのだが、淑女として落ち着いて歩くことを忘れない。
「(イザークとデートなんて夢みたい。ふふっ、普通デート最高)ここのコーナーがミステリー関係よ」
「やっぱり名探偵クロウシリーズは人気なんだな。……まあ、読み始めたばかりだが、結構面白いのは確かだが」
「でしょう! きっと読んでいくと色んなキャラが居るから、もっと好きになるわ」
「だと良いな(恋人としてコイツと一緒に居る日が来るとはな……。ミステリーはあまり好きではなかったけれど、読み始めたら意外と面白い。メアリーや伯爵がハマるのも分かる気がする。……まあ、部下の何人かがシリーズを読みふけって寝不足になっているのは、いただけないが)」
その後もいくつか読み切りのミステリーを薦めて、私は私で興味のありそうな本を購入した。せっかくだからと、イザークに栞とブックカバーをプレゼントしてみた。
このブックカバーは、本のサイズによってフィットしてくれる魔導具で、防水加工もしてくれる優れものだ。デザインはシンプルだが、四つ葉のクローバーの紋様がお洒落だったりする。栞は私の瞳の色を選んでみた。
「これ、私から」
「俺に?」
「うん。騎士の仕事で荒事も多いでしょう? 防水加工やある程度汚れないように、ブックカバーを着けておくと良いと思って。それにどこまで読んだのか分かるように、栞を挟むのも良いかなって」
「大事にする(メアリーから贈り物が貰える日が来るとは……。いや、感動している場合じゃない、俺も何かコイツに贈り物の一つでも贈らないと。恋人として浮かれている場合では……)」
私はイザークから貰った腕輪を出して、買った物を別空間に移動させた。それを見てイザークは固まっていた。
「イザーク?」
「お前、……それ、まだ使っていたのか」
「え、あ、うん。私には紅色に見えるけれど、イザークから初めて貰った物だもの、大事にしようと思って」
「……にいくぞ」
「え?」
「今すぐに宝石屋に寄って、お前と選んだものを改めて贈りたい……だが、ダメか?」
イザークの言葉に、何だかプロポーズをされているような感覚に陥り、恥ずかしくも「うん」と頷く。イザークも告白めいた勢いに気付き、少し顔を赤らめた。
「……じゃあ、決まりだな」
「えへへ、うん」
どちらともなく手を繋ぎ、私たちは店を出る。
きっと二週間後の船旅も、イザークが一緒に来てくれるのならなんとかなる。そんな暢気なことを考えていた。
その二週間後の船旅で、超有名ピアニストと共演することになり、その見事までの曲によって冥界の門が開いて死霊がひゃっふー、して大・混・乱。
天界からは戦闘狂の天使族の一団が飛んできての大・乱・戦──になるのはまた別のお話である。
最後までお読み頂きありがとうございます٩(ˊᗜˋ*)و!!
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風邪で投稿時間や頻度が落ちてしまったりしましたが、無事に完結出来ました!
機会があれば第二部的な感じで、続きを書いても面白そうと、いう感じの終わり方にしてみました。
【完結】
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~あれ、義妹の代用品って設定はどこに?~
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