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第24話 魔王様と教皇聖下の正体

 私の倍以上の背丈で、人型──に近い姿をしていた。

 全長三メートル前後。

 七つの捻れた角、山羊の頭蓋骨を深々と被っていて鼻と口元は人間と変わらない。もっとも頬には三つの紅色の瞳があった。肌は褐色で艶めかしく、首から下は黒の毛皮あるいはマントを何重にも羽織っているように見える。黒く長い髪をよく見ると茨のようなものが混じっているだろうか。


『邏?謨オ縺ェ豁後□縺■◇」縺』

(どうしよう、意志疎通できる気がしない!)


 魔王の声音は穏やかで、六つの瞳に見られていても怖くなかった。


 コウモリの羽根、蝶の羽根と、鳥の翼が背中から飛び出す。衣服の下には黒の聖職者めいた服装を着こなしていた。枯れ木のような腕が全部で七つ、その指先には金色の指輪が指全てに収まっている。


(うん、姿かろうじて人に近いだけで、ザ・人外って感じ。絵本で見た魔王は骸骨が多いけれど、実際はこんな感じなのね)

『遏ウ蛹■′驍ェ■◇◇斐□縺ュ』


 枯れ木のような指先が私に向けられると、石化した部分だけが陶器にように脆く剥がれ落ちた。


「あ」

「げほっ、がはっ!」

「イザーク!」


 振り返るとイザークの石化も解除されたようで、床に膝を突いているのが見えた。


(よかった!)


 それだけではなく、この謁見の間の石化が解除されているようだった。そのことにヴァイオリニストは青ざめて、魔王に縋り付く。


「魔王、何故です!? 復活したのは私が様々なことを企てたから──」

『遏ウ蛹■′驍ェ鬲斐□■■ュ』


 パチン、と指を鳴らした瞬間、ヴァイオリニストは、その場から消え去ってしまった。あまりにもあっけない幕引きに固まってしまう。

 あれだけ私とイザーク、ルーベルト様を追い詰めた人外が、こうもあっさり居なくなってしまったのだから、状況は分かっていても何というか感情が追いつかないでいた。


 そんな私の気持ちなど無視して魔王様は、手を差し出してきた。


『謗エ繧薙■〒』

「ええっと? 掴めば良いのですか?」


 魔王様は頷いたので、おっかなびっくりしながらも枯れ木のような細い指先に触れた。するとワルツでも踊るかのようにクルリとターンをさせられる。終わったらまたターン。何だ、コレ。


『豐「螻ア諤悶>諤昴>■◇偵&◇◇帙※縺励∪縺」縺溘¢繧■■←縲∝菅縺ョ豁悟」ー縺後∪縺溯◇縺阪◆縺?↑縲ゅ∪縺滄♀◇■■縺ォ譚・繧九°繧峨◎繧後∪縺ァ蜈?■ー励〒縺ュ縲』

「(こ、これは……)ど、どなたか! 魔王様の通訳ができる方はいりませんか!?」


 全力で周囲に助けを求めたが、誰一人目を合わせてくれなかった。みんな石化が解けつつあるのに、まったくこっちを見ようとしない。


(おいぃいいい! そこの騎士、私と目が合ったでしょうが! あ、枢機卿っぽい人まで目を逸らしたぁああああ! 教皇聖下……って、聖下まで顔をあからさまに反らしたよね!?)


 酷い。

 教皇聖下だって、起きているはずなのに、まったく目を合わせないのは酷いと思う。イザークは先ほどの戦いで消耗し切っていて、助けを求められる状況ではなかった。


『縺セ■■縲らァ√?諢帙◇@■蟄』


 状況が全く分からないまま、魔王様の気がすむまで身を任せていたら、満足したのか額にキスをして姿を消してしまった。


(最後まで意思疎通できなかった……。無念)


 魔王様がいなくなったことで、途端に謁見の間が騒がしくなる。教皇聖下の石化は解けたのだが、そのお体から金色の炎が生じたのだ。


「え、なっ!?」


 慌てて駆け出そうとしたが、石化のせいか足に力が入らず体が傾く。倒れかけた私を抱きしめたのはイザークだった。


「本当に少しでも目を離しておけないんだな、お前は」

「イザーク」


 イザークは数分とは言え全身石化したはずだ。どこも後遺症がないか、体に触れて確認してみる。


「なっ、メアリー!?」

「石化されていたのだから、後遺症がないか確認しないと!」

「いい! 自分の体のことは自分がよく分かっているからな! (人気のないところなら……悪くない提案なんだが、公衆の面前だと、お前の叔父と枢機卿に殺されかねない)」


 列車内では結構ノリノリだったような気がしたが、この際本人が大丈夫だと言うことを信用することにした。と言うか、問題は燃えている教皇聖下のほうだ。

 傍仕えの人から、聖騎士たちまで全くもって傍観しているではないか。そこで助けが必要ないという雰囲気に気付く。


「もしかして……教皇聖下に危険はない?」

「みたいだな」

「はははっ、驚かせて済まなかったねぇ。しかしまさか、魔王様直々に干渉するとは思わなかったよ」


 しゃがれた老人の声から一変して、若い声に様変わりしたことにも驚いたが、何よりその姿にも驚愕した。八十以上の老人から十代の少年に外見も変わってしまったのだ。

 金色の炎は教皇聖下の周囲にまとまり鳥に似た形となると、大きな翼を広げて天井から空へと飛翔する。


「(金色の炎。死と再生、灰から蘇るって──もしかして……)不死鳥(フェニックス)?」

「いかにも。私と聖女は幻鳥族の生き残りであり、不死鳥(フェニックス)の力を宿した人間でね。生と死を繰り返す、それ以外で死ぬことはない。もっとも、枢機卿クラスでなければ知り得ないことだけれども」

(まさか歴代教皇聖下が、同一人物だったなんて……)


 少年の姿と声で話をしているが、大人びた言い回しが何とも不思議だった。

 耳に残る心地よい声が響く。


「メアリー・イルマシェ。《代理戦争》の終結に尽力してくれたこと、感謝している。君のおかげで魔界と地上の秩序は保たれたと言ってもいい」

「あ……と、とんでもありません!(そっか、これで……)」


 あまりにもいろんなことがありすぎたのと、気が抜けたのと、全力で歌ったこともあり、そのあとの記憶は曖昧だ。


 意識を失う前に、叔父様とグラート枢機卿が駆け込んできたのが見えた気がしたが──私は好きな人の腕の中で安心して意識を手放した。

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