第23話 呪われた歌姫
くせっ毛の黒い髪の男は、勝ち誇った顔で私たちを見下していた。イザークの表情が途端に険しくなる。
顔見知りなのだろうか。
「やはりお前は、あの時の人外か」
「ああ、そうだな。今なら引き返してもいいんだぞ? まあ、その腕に抱いている女は置いていくならの話だが」
「ハッ、誰が」
「(そうか、イザークが話していた取り逃がした人外が……)貴方が今回の一連の事件を起こした首謀者ですね」
「ん? ああ、いかにも」
犯人として白を切るどころか意気揚々と自白した。ここに探偵はいないので有り難いが、ルーベルト様がここに居たらロマンがないと言いそうだ。
「あの死んだ五人組は私が裏で経営していたツアーに参加しながら、不愉快な計画を立てていてね。この世界において双子を利用しようなどと、私の双子の母に対する冒涜に値する。だから《代理戦争》を起こさせるために利用させて貰ったのさ。《呪われた歌姫》、君が真っ先に疑われるようにニーナにも何度も耳元で囁いた甲斐があったよ」
「あの黒い錠剤も、黒薔薇を咲かせるための演出として被害者にそれぞれ渡したの!?」
「そうさ。あの錠剤は魔力増強と言って闇オークションで売っていてね。その中で一つだけが私の肉体の一部を込めたもので、簡易召喚が可能なんだ。黒薔薇を司る力を持っていても魔王様の力は強くて、地上の黒薔薇を咲かせるのに七年ほど失敗を重ねてきた」
自分のこれまでを自慢気に話す彼は、更に言葉を続けた。
「《代理戦争》が勃発して君が死んでも、あるいは無事にゴールできても結果は対して変わらなかったんだけれど、何か言い残すことはあるかい?」
ペラペラと今回の企画立案まで、ご丁寧に解説付きで話始めたので、ちょうどよかった。
全ては彼の計画通りだったのだろう。ここまでは。
(石化されて二十六時間は経っていない。魔力濃度が高いのは黒薔薇が顕現しかけているから。ありえない魔力量がこの謁見の間に満ちている今なら……ここを一つの魔法陣として再構築すれば……)
「(……コイツ、時々驚くほどの集中力だな。この状況でも一ミリも絶望しないのはさすがだ)メアリー、策があるなら聞いてやる」
「イザーク、私が一曲歌い終わるまで、私を守れる?」
囁くようにイザークの耳元で告げると、片手で顔を覆った。やはり荷が重いだろうか。
「お前……、ああ、これも素か。クソッ、本当に……お前はっ(ほんとぉおおおおうに、可愛すぎるだろうがぁああ! 萌死にさせる気か!?)」
「イザーク? (なんか顔が赤くて可愛い)」
「お前の要望に答えてやるから、お前は前だけ見ていろ」
「……うん」
そう言ってイザークは私を降ろすと、額にキスを落とす。不意打ちのキスにドキリとしたけれど、気持ちをすぐに切り替える。
自画自賛するヴァイオリニストを見据えて、しっかりと立った。
「今から何をしても詰んでいる。愚か者が!」
「それはどうかしら」
周囲の空気を吸うごとに、石化が進むようだ。私もイザークもこのままなら、十分もしないうちに石化してしまうだろう。
そう、このまま何もしなければ──だが。
「(魔界からの強制召喚の陣は車両内で何度も見て来た。アレを基礎として──膨大な魔力濃度を満ちている全てを使って、召喚儀式にエネルギーと対価に変換させる)すう」
魔王に地上を侵略されかけた時、聖女は何を思って歌ったのだろう。
歌姫になってから、ううん、その前からずっと考えていた。だから最初は童話に似たメロディーで。
「◇◆■視縺瑚*■■ウ縺ォ闃ア■繧定エ医▲」
子守唄のように、柔らかく、優しく。
歌い始めた瞬間、ヴァイオリニストの表情が凍りつく。
すぐさま片手にヴァイオリンを取り出すが、イザークに投げた剣がヴァイオリンに直撃。弦ごと斬り裂いた。
「──っ、貴様ぁあああ!」
「ハッ、耳障りな音色でコイツの音を汚されてたまるか」
ピシピシと石化が広がる中、私は歌い続ける。すでに両足は固まって動けない。
怒り狂ったヴァイオリニストは茨の塊を操り、私たちを押し潰そうする。オーケストラの指揮者のように身振り手振りで大量の茨を自在に動かす。
(イザークが何とかすると言ってくれたのだから、それを私は信じて、歌うだけ!)
危機が迫る中、私は歌い続ける。
茨の塊に呑まれる寸前、イザークの力強い声が後ろから聞こえた。
「雷盾」
白亜の雷が盾となり、四方に展開。それと同時に大量の茨を弾く。
イザークは言葉通り私を守ってくれた。
アカペラから始まった歌に、ピアノにメロディーが加わる。
私の歌によって、半透明の花や魚などを具現化させることができる。そして歌魔法の特殊効果として今回は周囲に溢れる魔力を消費するため──私の歌魔法の中でもとっておきを使う。
極大魔法の一つ、私の演奏仲間。
私が曲の中でイメージしたものをより忠実に再現する、極大領域魔法。
私が思い描くのは、歌劇場での舞台だ。
天鵞絨の美しい幕、飴色の舞台に、深紅の絨毯には金色の刺繍がたっぷりほどこされて、数百の観客席が見える──とっておきの場所。
輝かしいスポットライトに照らされて歌うからこそ、私は歌姫と呼ばれる。
《禍歌》でも《歪曲》とも違う。
もう一段階、上の音。天使の歌声、いや女神の歌声とも呼べる音階。
ピアノ伴奏者に、ヴァイオリニスト、チェロが加わってメロディーに厚みが生じる。ピアノ三重奏。
「□縺溘?◇□蜆ェ縺励□□>縲∝━□□□縺励>迚ゥ隱槭?遘√?豁後@螂ス縺阪↓縺ェ縺縺□□◇溘?縲□□上r縲◇遨□□□ョ峨i縺弱r□□縲?繧偵? □□□縺励&繧偵?」
ここからテンポを上げて、讃美歌を少し交えてからの、アルバムのメドレー風に曲のリズムごと変えて、速く、速く、サビのいいとこ取り。ヴィオラが加わって、四重奏。
(もっと!)
さらにフルート、ファゴット、コントラバス、オーボエ、クラリネット、トロンボーン、トランペット、ホルン、チューバ、打楽器も加わって、より贅沢で、潤沢な音が交わり壮大な曲へと切り替わる。
歌うのが楽しい。
歌うのが好きだ。
「□□□*縺檎衍繧翫?∬ァヲ繧後□◇◇譌・縲 縺ゅ□□≠縲√≠@縺ョ譌$・縺ョ蜀咲□□樟繧偵@繧医≧縲荳縺檎◇□□オゅo繧句□□縺ォ?邨#>ч縺ァ上??蟷輔↓謔イ蜉?」
今の私が表現できる全てを歌にこめて、捧げる。
子守歌から短めの賛美歌を挟んで、譚詩曲とゆったりとした感傷的な曲に、輪舞曲と同じ旋律を何度か繰り返す。
叙事的な狂詩曲をほんの少し入れて、最後は前世でよく聞いていたポップミュージックのメロディーで仕上げる。
「◇□□□〒縺ッ縺ェ縺丞万◇◇□蜉??螟□◇蝗遘√?豎ゅa繧九?◇遘√?逾医遘□□□√?鬲皮視縲∬イエ譁ョ荳ュ縺九i逶ョケa□□◇*繧薙*□□□◇◇@□□↓◇□□!」
歌いきった直後、世界が白と黒に切り替わる。
『謌代■■蜻シ□縺■◇■ス繝翫@*縺九↑?』
ゾッとするほど低い声だった。
この世界に亀裂を作り、姿を見せたのは──異形の王、魔王だった。ソレが権限した瞬間、黒薔薇が霞のように霧散して消えてしまう。
「魔王様!? お目覚めになられて嬉しいです」
『……』
ヴァイオリニストは恭しくその場に傅き、魔王の顕現に目を潤ませて感動に打ち震えていた。しかし魔王の六つの瞳は全て私に向けられる。
(これが……魔王様。人間の味方だからって信じきって召喚したけど、この後のことまったく考えてなかった!!)
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