第20話 二人の本音
午前三時過ぎ。
ルーベルト様とアベル様がリビングで話を詰めている間、私は隣の寝室でイザークに治癒魔法で擦り傷などの小さな傷を癒してもらっていた。
暖炉の温かさに似た感覚に、瞼が重くなる。
「何処か痛みを感じるところはないな? 吐き気や違和感は?」
「ううん、……ないわ」
「そうか」
イザークは「はぁーーーー」と深くて長い溜息を零したあとで、私を抱き寄せた。少しだけ驚いたが、私も同じようにイザークが居るのだと実感したくて、背中に手を回す。
数日前までは喧嘩ばかりして啀み合っていたのに、不思議なものだ。素直になれなくて、売り言葉に買い言葉を繰り返してきたのに、いざもう会えないかもしれないと思った途端、後悔しかしなかったのだから。
居なくなるわけない──そう何処かで思っていたのかもしれない。そんな訳ないというのを私は両親で学んでいたのに、なぜだかイザークは居なくならないと思っていた。
そう思うことで、心の安定を図っていたのかもしれない。イザークの心音が少しだけ早くて、私もきっと同じくらいドキドキしているのだと思う。
「お前が目の前から消えたとき、自分の気持ちを先送りにしていたことを死ぬほど後悔した」
(……私も、そうだ。自分の秘密を話す勇気がでなかった。今までの関係が壊れるのだけは──いやだった。でも……)
「もうお前を一人にさせない」
「イザーク」
熱意の籠もった鳶色の眼差しに、心臓がドキリと脈打つ。
イザークが私のことを好いていてくれたのは、すごく嬉しい。嬉しいからこそ、私は自分の持つ秘密を告白する。
「イザーク、私は……メアリーっ、ではあるのだけれど、……前世の記憶も持った……人間で、昔のイザークが知っている無印のメアリーじゃないの」
震える声で賢明に自分の秘密を口にする。何度も練習してきたのに、よくわからない言い回しになってしまったと、早くも後悔した。
「昔の……メアリー? それはお前が酷い熱を出した後からだったか? 急に自分の意見を言うようになったからよく覚えている」
「え……」
まさかイザークが気付いていたとは思っていなかった。彼は頭を掻きながら、「ああ、だからか」と妙に納得するばかりで、私を見る目は変わらない。
「だから趣味や、味の好みが少し違ったのか。なるほど……でも、お前は前世の記憶があるだけで、メアリーとして生きてきたんだろう? お前はお前だろうが」
「そうだけれど……、イザークは出会った頃のメアリーが好きだったんでしょう?」
「はああ!? 誰が。あの引っ込み思案で親の後ろに隠れていた泣き虫よりも、俺の目を真っ直ぐに見返して、対等であろうとしたお前に俺は惚れたんだぞ?」
「ええええ!? 聞いてない!」
「言っていないからな!」
「何でよ!?」
「お前がやたらと突っかかってくるからだろうが!」
「突っかかってくるのは、いつもイザークからじゃない!」
いつもの言葉の応酬が続いたが、今回はここでイザークが黙った。
苦悶の表情を見せた後、ぽつぽつと溜め込んでいた感情を言葉にしていく。
「お前の両親が離婚をして、一番大変だった時……俺は騎士になったばかりで、しかも運悪く魔界の人外と遭遇して死に物狂いで戦っていたんだ」
「え」
「だからお前の助けを求める手紙に気付いていなかくて、その後も中央都市で配達物がずっと停まっていたらしい。最近になって未配達の配達物の連絡が来て発覚したんだ」
「……じゃあ、イザークはずっと、何も知らなかった?」
「ああ。……最初はお前の実家に行った時に更地になっていたことに驚いたし、お前が多額の借金を抱えていたことのも衝撃だった。歌姫になったことも、何も知らされず、手紙の一つない薄情なやつだと、腹立たしく思ってしょうがなかった。俺には頼らずに、どんどん知らないお前を見ると嫌味の一つでも言ってやろうと」
「それで再会した時に、攻撃的な反応だったのね……」
「ガキで意地になってたんだ……。悪かった」
私たちはボタンをかけ間違えたまま長い時間を過ごして、その間にどんどん拗らせて、歪んでしまった。
「……それに、俺もお前に隠していたことがある」
「婚約者がいるとか?」
「なんでだよ!? ……さっき話した魔界から抜け出した人外との戦いについてだ。続きがある。あの時、騎士団は壊滅状態で俺は目を負傷した。そして別の──人外の力を借りることで、急死を脱したんだ」
「目の怪我!?」
思わずイザークの両目をじっと見つめるが、傷や瞳の色が変わった風なところはない。あまりにも顔を近づけてしまったせいか、イザークの頬が赤く染まった。
「近い……、お前、この距離で他の男に接するなよ?」
「す、するわけないでしょう!」
「どうだか。……それで、だから、……俺は人外の力を得る代わり、普通の人間じゃなくなったと言うわけだ」
そう大変深刻な顔で言われたのだが、いまいちピンとこなかった。小首を傾げて私は唸った。
「うーーーん? えっと、それだけ」
「それだけってなんだよ!?」
「いや、この手のパターンだと別人格が主人格乗っ取ろうとしているとか、徐々に理性がすり切れて本能のままに暴れてしまうとか、破壊衝動が抑えられない──なんて症状はないのでしょう?」
「あってたまるか!? なんだ、その恐ろしい発想は!?」
「(前世の漫画とか映画の知識です……)そ・れ・よ・り・も! イザークがイザークじゃなくなるなんてことはないのよね!?」
ググッと顔を近づける私に、イザークは「ああ」と微笑んだ後、唇に触れた。挨拶をするようなそんな気軽さで唇にキスをしたのだ。
「!?」
「嫌だったら、次は殴れよ? 俺は──お前に惚れているって言ったからな」
「イ――」
私が何か言い返す前に、イザークは唇を塞いだ。確かにこの場合なら、文句を言うことはできないので、殴って止めるべきだろう。
もっとも嫌だったら──。
嫌じゃないからこそ、イザークのキスを受け入れた。
これが私の答えだと、仕返しに唇へのキスをやり返したら、イザークが固まった後で「お前……随分と煽ってくれるじゃないか」とゾクリとする笑みを向けてきた。
押したらいけないスイッチを押してしまったと言うか気持ちは、こう言うものなのかもしれない。
(そういえば、この腕輪のことを話さないと……)
しかしながら、その話題が出たのは、だいぶ後になってからだった。
楽しんで頂けたなら幸いです( *・ㅅ・)*_ _))
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