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第19話 奇跡的な再会

(なに、なに、なに、なに!? え、ダークファンタジーに路線変更したぐらいに、戦闘が激しいし、攻撃が見えなかったんだけれど……?)


 もう甲板の上は、別次元の戦闘が繰り広げられていて私の出番はなかった。次は車両の下を覗き込んだら植物の種が広がっているのと、たぶん蛭的なものが引っ付いている。


(うん。死ぬ。そして時速三百キロという速度に、植物や蛭も結構引き剥がされているし……。外は無理)


 シンフォニアの装甲が厚いのと、条件をクリアしないと車両に入ることすらできない──と言うのを思い出し、疑問が生じる。


(それならあのレストランにいる彼らは、乗車チケットを持っていた? それとも元から乗車券を持っていたただの人間が、人外になった?)


 思い当たるのは、ジーン様が話していた魔界からの生贄召喚術だ。術式が付与された人間あるいは、動物の器を簡易扉として、一時的に召喚可能とする禁術の一つ。

 つまり今の姿の彼らは元人間と人外と混ざり合った存在の可能性が高い。考えただけで気分が悪くなった。


「(こうなったら……戦闘に入る前に、制圧する!)すう」


 再び歌魔法で先手必勝──。

 ちょん、ちょん、と肩を叩かれ、「今忙しいの」と思いつつ振り返ると、そこにはジーン様と途中下車したはずの伝説の殺し屋の姿があった。


「……本物っ、……っあ」

「──っ、き、きゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 いやもう叫びましたよ。そりゃあもう。

 そしてその絶叫で料理を食べていたギャングたちが、私に気付く。


「は? 歌姫……だと?」

「歌姫だ。なんてラッキーなのかしら♪」

「歌姫を殺せば! 地上で喰いたい放題! ガハハハッツ!」

「歌姫、食べちゃってイイヨね!! キャハハハ」

「なああああああああああ、しまった!」


 彼らギャングはナイフとフォークを両手に掴んだまま一瞬だけ固まったが、次の瞬間──獲物だと言わんばかりに襲いかかってくる。


(前は人外のギャングたち、後ろは伝説の殺し屋! 生存率で言うなら!!)


 私は躊躇わず、ギャングたちに向かって突貫することにした。あわよくば伝説の殺し屋をギャングにぶつけて、逃げ切ろうと考えたのだ。

 自分のドレスを強く握り、一呼吸。


「(禍歌の即興アレンジバージョン。アジタート(激しく)コン・フオーコ(炎のように生き生きと))LA◆*AA!!」

「!?」


 至近距離からのこの歌魔法は、人外なら酩酊あるいは脳を大きく揺らす。

 一瞬にして目の前のギャングたちは、電池が切れた人形のように崩れていく。それと同時に、私はドレスを魔導具で一枚の布に変え、背後の伝説の殺し屋に投げ捨てた。


 布は一瞬で蜘蛛の巣のような形状なって、伝説の殺し屋の動きを封じる。

 気休めのようなものだが、大砲の一撃ぐらいは防げる強度のある繊維で編まれた布だ。


(ちょっとでもいい。時間を稼ぐんだ)


 下には白のアンダードレスを着こなしているので、そのまま姿勢を低くして走る。レストランの向こう側の車両から、ふとイザークが走ってくるのが見えた。


「──っ」


 そのほんの数秒、私は安心してしまったのだ。


「メアリー!!」

「イザー」


 彼の名前を最後まで呼ぶことができなかった。

「ぐっ」とくぐもった声を漏らし、私は伝説の殺し屋に両手を掴まれ、宙に浮く。これでは歌魔法が使えない。

 伝説の殺し屋をよく見れば、全身真っ黒の包帯はルーベルト様の影のように自由自在に伸び縮みができて、柔らかそうだった包帯が一瞬で刃と見間違えるほど硬化する。


(防御魔法で……どれだけ持つ?)


 万事休す。

 刃化した包帯が伸びた刹那、倒れていた人外を容赦なく貫いた。


「え」


 驚いて声を上げたら、伝説の殺し屋と目がまたあった。紅色の瞳がこちらを凝視する。


「…………デス。………………くださイ」

「──え?」


 さらに耳を疑う言葉に固まっていたら、凄まじい剣戟のぶつかり合う音が車内に響いた。

 次の瞬間、火花が散って刹那の瞬きの間に十合ほどぶつかり合っていたと思う。


 もう何が何だかわからないまま、私はイザークの腕の中で抱き抱えられ、伝説の殺し屋と対峙していた。

 胸キュンしそうな展開だが、今は幸せを噛み締めている場合ではない。再び私に見えない速さの攻防が始まる前に止めなくては!


「イザーク! ちょっと、彼は敵じゃないかも!」

「はあ!? お前を吊し上げていただろうが」

「で、でもこの人は、私に攻撃一つしてなかったわ。そ、それに……」

「なんだ? お前の格好を見せたから嫁に行けないって言うなら、俺がしっかり貰ってやるから気にするな」

「ひゃ!?」


 どさくさに紛れて、プロポーズまがいのことを言うにはやめてほしい。それでなくても、格好良すぎて惚れなおしてしまうではないか。


「……って、そうじゃなくって! この方は私のファン……だと思うの!」

「はああ?」


 伝説の殺し屋は何度か頷いた後、素早く色紙とサインペンを取り出した。

 あまりにも準備万端で、私はクスリとしてしまう。

 その言動にイザークは「はあああ!?」とブチ切れていたが。


「なんでお前のファンがお前を襲ってんだよ!? 矛盾しているじゃねぇか! おい、お前の目的はなんだ!? それによっては、この場で叩き斬る」

「…………だ」

「もっとハッキリと声に出せ。斬るぞ!」

「イザーク、どうどう!」

「俺は馬じゃないからな!?」


 そう言いながらも少しだけ溜飲は下がったようなので、私は伝説の殺し屋へと向き直る。


「……ええっと、ジーン様と戦ったのに、どうして私を助けてくれたのですか? 貴方は……《代理戦争》で急遽《暗殺者》の役割を申し出た(奪った)と聞きましたが」


 イザークは私を抱きしめる腕の力を強めた。彼は「だから、シンフォニアを──」と独り言ちる。どうやら《代理戦争》のこと自体は知っているようだが、その詳細までは聞いていないっぽい。


「……自分ハ、メアリー嬢の大ファン……で、この機会を逃セバ、地上に出るコトは極めて難しいと思ッタ」

「ふむふむ」


 片言だが、意思疎通ができたことに内心安堵する。ちょっとシャイなだけなのかもしれない。


「同じファンクラブの吸血鬼(友人)かラ聞いて、最初は《護衛者》枠を手にしようとシタが、《暗殺者》枠シカなく……、《暗殺者》枠を奪取シタのち、《護衛者》を殺シテ、自分が新たな《護衛者》となれば万事解決……スル」

(前言撤回! 思った以上にトンデモ思考だった!)

「めちゃくちゃな理屈じゃねぇか。そんな話で誰が納得するんだよ」


 イザークの言葉に伝説の殺し屋は唇を歪めて、三日月のような印象深い笑みを浮かべた。


「納得しないのなら、首を落とせばイイ。静かになる」

「(メチャクチャ物騒! 思考が極担すぎる! 伝説の殺し屋というより、戦闘狂な気がする)……でもこの際、物騒でもなんでもいいわ」

「おい、メアリー! こいつを信用するのか?」


 食ってかかるイザークを無視して、伝説の殺し屋に向き合う。


「ジーン様から《護衛者》を引き継いだのなら、誓約書を交わして、正式に私の《護衛者》になってくれますか? 報酬は……歌劇場の特別席を用意して、一曲だけ好きな歌を歌いましょう」

「ナン……だと……。生演奏……!」

「ええ、悪くない提案だと思うのですが……殺し屋さん的には安すぎますかね?」


 ファンなら喉から手が出るほどの提案だが、ここでちょこっと引いてみる。


「ソンナことは……ない」

「今なら来年の卓上カレンダーと、限定オルゴール、年間パスポート用パスケースも付けちゃいます!」

「ノッタ!」

「ありがとうございます! 交渉成立ですね!」


 伝説の殺し屋さん、もとい名をアベルと名乗った彼と、正式に護衛契約をささっと結んだ。


「最後のカレンダーやパスケースを付ける必要なんてあったか?」

「気持ちよく契約するための後押しは大事なのよ(通販サイトでよくやっていたのを真似てみたけれど、上手くいったわ!)」


 そんなこんなでやっとスイートルームに戻ってきた。戻る途中で、ルーベルト様の援軍をしようと試みたのだが、先ほどのバトルアクションから、怪獣映画並みの戦いに変貌を遂げていた。


(次にロボットアニメのような展開になったとしても、驚かないわ……)


 ルーベルト様は黒い影の塊になっているし、大蜘蛛や食人植物のサイズにかなり大きくなっている。

 アベル様は甲板に飛び出していき、軽業師にように、張り付いていた糸と蔦をサクッと切り捨てて大蜘蛛や食人植物を車両から落とした。



(すごい……)

「敵じゃなくてよかったな」

「うん(全員無事でよかった。ジーンさんも無事だってアベル様が言っていたから大丈夫なはず!)

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