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第18話 イレギュラーはつきもの

 聞けば聞くほど魔王様は、先々のことを考えて先手を打つのが得意だったようだ。グラート枢機卿のように、盤面を広く見渡す人だったのかもしれない。


「もしかして《護衛者》と《暗殺者》も……グル?」

「ええ。魔界の三大貴族の二柱である吸血鬼族の長と、我らの鬼人族の長は旧知の間柄でして、植物と虫の女王たち(クイーンズ)がいつの時代も不満を持つ者を結集させる。誘蛾灯の役割を担っております」


 つまり魔界では二大勢力がタッグを組んで、均衡を維持してきた。植物と虫の女王たち(クイーンズ)の立場を三大貴族として残しているのは、下手に排除しすぎて動向を追えないようにしないためと、不穏分子を一箇所に集めやすくする目論見なのだろう。


「もともと植物や虫系統は理性よりも本能で動く要素が強く、基本弱肉強食ですので、人間は餌ぐらいにしか認識しておりません。今の魔界はさぞ窮屈だと感じるからこそ、このように暴走することがままあるのです」

(ままあるんだ……)


 一息で淡々と告げていたジーン様だったが、どこか言葉を濁すような含みのある言い回しをする。何か懸念点でもあるのだろうか。


「とまあ、《代理戦争》までは、折り込み済みだったのですが……」

「……が?」

「鬼人族の長であるゲオルグが当初指名した《暗殺者》と《護衛者》の都合が合わず、第二席が繰り上げ式で役割を担うよう通達されたのです」

「ふむふむ? これはまあ、しょうがないのでは?」

「ええ。ですがそれがどう言うわけか、『《暗殺者》を急遽変われ』と伝説の殺し屋が参加枠に入ってしまいこの列車を襲撃するようなのです……」

「デンセツノコロシヤ……デンセツノ……伝説の殺し屋!? なんで!?」

「私どもにもあの男の参加理由は不明でして……。ちなみに族長はこの情報を聞いた瞬間、エール片手に卒倒しました」

「うわぁ……」


 会ったことないけれど、鬼人族の族長がちょっとだけ可哀想だと思った。八百長と言うか形だけの対立として選ばれた《暗殺者》と《護衛者》の立場が一変したのだ。心穏やかでいられるはずもないだろう。

 しかも指示ミスとか、ヒューマンエラーでもない突発性の事故のようなものだからどうしようもない。


女王たち(クイーンズ)も一人だけ追加枠を要求したまでは良かったのですが、そこからボコスかと強制召喚で人間の器を使って人外を地上に呼び出す規約違反を犯しておりまして」

(その情報は聞きたくなかった……)

「それらの対処と、伝説の殺し屋と真正面からぶつかっても死なないレベルの人外が地上にはあまりいなくてですね……。それで偶々地上にいた私に声がかかったと言うわけです」

「な……なるほど」


 状況は芳しくないのだけは理解したので、スイートルームに移ることで話がついた。

 誤算だったのは、ここが六両目のBARではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()


(よりにもよって最後尾! 行きたいとは思っていたけれど、こんな形で叶っても嬉しくない……)


 ラウンジでは立て篭もるよりは、多少危険を冒してでも前方の車両に向かうほうがセキュリティーは高いのだ。


 私が車両を一気に駆け抜けて、背後からジーン様がフォローしてくれる運びとなった。抱き抱える方法も考えたのだが、ジーン様の巨漢で私を抱きかかえて走ると、壁やドアをブチ破って進むしかないと言う。


「歌姫様はどうか振り返らずに、ただ真っ直ぐ走ってください」

「わかりました」


 いち、にの、さん、で私はラウンジから飛び出して走る。ラウンジを出ると荷物室と第二車両室の間を通り抜けるのだが、窓から植物の蔓や、人の腕ほどの虫の甲殻が車両に入ってこようとひしめいていた。


「──っ、LAAAAAAAAAAAAAA!」


 本能的に無理だと思った瞬間、腹の底から声が出た。攻撃対象を縛った歌魔法は思いのほか効果抜群のようで、窓に張り付いていた虫や植物が、ばったばったと視界から消えていく。


(こ、怖かったぁ……)


 一両車分を抜けた喜びもつかの間で、次は先回りした黒服の男たちが待ち構えていた。手が鋭利な蟷螂の斧になっているのを見るに、人外なのだろう。と言うか人外以外にあり得ない骨格をしている。


 一瞬だけ立ち止まりそうになるが、覚悟を決めてただ真っ直ぐに通路を駆け抜ける。

 私の喉元に迫る蟷螂の斧は、ジーン様が手刀で両断したのち、後ろの車両に投げ飛ばした。もう一人は私の背後をとった瞬間、灰となって崩れ去った。


 今の攻撃は、私でもジーン様でもない。

 なら誰が──?


「歌姫、避けてください!」

「!」


 ふとラベンダーの香りが、鼻腔をくすぐった。

 振り返ったその先には、漆黒のマントに、全身黒い包帯を巻いた青年が佇んでいた。蜂蜜色の長い髪、黒い角、オレンジ色の瞳と目が合う。

 血に濡れた刃が私の首元に向けられる。


(彼が伝説の殺し屋?)

「…………本物だ」


 オレンジ色の瞳からは怒りとか、殺意など一切感じられなかった。これが伝説と呼ばれるゆえんなのだろうか。

 呑気にもそんなことを思った。


「ふんぬぁああああ!」

「!?」

「ジーン様!?」


 次の瞬間、ダンプカーの勢いで青年に突貫したのはジーン様だ。

 その勢いのまま、窓ガラスを割って車両の外に飛び出す。


「ジーン様!」

「此奴は私が押さえますので、二人と急ぎ合流を!」


 そう言い残してジーン様と伝説の殺し屋は、車両から消えた。

 シンフォニアの時速は約三百キロ。人外であっても、魔導列車の車両に転移するのは、座標軸がブレるので難しいらしい。であればジーン様の決断は英断だったのだろう。


 伝説の殺し屋を倒すではなく、足止めに徹することで、私の危機を救ってくれたのだから。

 そう前向きに結論づけても、一人だと思うと足が震えた。


(イザークやルーベルト様がいるから大丈夫だって思っていたけれど、いざ一人になると……怖いっ)


 イザークと話も途中だったのだ。しかも喧嘩──言い合いになりかけた、あんな形で離れ離れになるなんて、思ってもみなかった。


(イザークが私をどう思っているのか、戻って聞かないと……。死んでも死にきれないわ!)


 自分を鼓舞して、二両目の車両を駆け抜ける。三両目と四両目は子守唄(ララバイ)の歌魔法で周囲を眠らせて通過、なんとか五両目のBARに滑り込む。BARはレストランと連結しており、その先は一級室の車両になるので、特別乗車チケットがなければ入ることができない。


 BARの中を全速力で駆け抜けていると、繋がっているレストランルームから談笑が聞こえてきた。


 ドアは開いているので、手鏡を使ってレストランルームの中を確認する。奧のボックス席に若そうな男たちが、行儀悪くテーブルに座って食事を摂っているではないか。

 柄入りあるいは、カラフルなシャツの上に黒のスーツを着こなしており、なんだかギャングを彷彿とさせた。人間かと思ったが、よく見ると体から植物の蔦、あるいは昆虫特有の部位が見え隠れしている。


(やりたい放題ね。《代理戦争》が茶番だと気付いて私兵を送って来ている。彼らには魔王様さえ目覚めれば、勝ちだと思っているんだわ)


 通路を突っ切るのが最短だが、その場合戦闘は避けられない──そこで映画やアニメで見る甲板から、あるいは車両の下から移動することを思い出す。


(まずは甲板……)


 非常口から梯子と使って、そっと甲板に顔を出した瞬間、ルーベルト様と巨大な蜘蛛や食人植物のシルエットが見え慌てて顔を引っ込めた。

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