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第17話 誤解と失態と分断

 暗闇に囚われて、手を伸ばしたらぐいっと引っ張られる。

 下ではなく上へ、上へ。

 骨ばった固い手。温かくて力強い。


(イザーク?)


 薄らと目を開くと、ベッド傍の椅子にイザークの姿があった。私が目を覚ましたのに気づいたようで、グッと顔を近づける。


「!?」

「起きたな。妙な者に会ってないな? 言葉や話をしてないよな?」

「え、ええ……、うん」


 イザークがすぐにホッとしたのがわかった。心配してくれたのが、飛び上がるほど嬉しい。


「私、いつの間にか寝ていた?」

「ああ、緊張していたんだろう。……ほら、水でも飲んでおけ」

「うん……(なんだかやけに優しいような?)」


 寝起きで思考がまとまらないものの、ここは素直に頷いてコップを受け取る。一口飲めば体が水分を求めていたようで、ぐいっとコップを傾けて飲み干してしまう。


「(美味しい)……ところで今何時?」

「午前一時過ぎだ。……お前一人だけ転移させられないように、一時的にでも魔力供給をしていこうと思うんだが、いいか?」


 唐突な提案に私は噎せそうになる。


「え、ええ!? ま、魔力供給って……確か」

「ああ、魔道具を使って魔力的繋がりを作る」

「マドウグ?」

「……他に何がある?」


 訝しげな視線を送ってくるので、前世知識と言いかけて慌てて言い直す。


「あ、ええっと(アニメとかラノベって言いづらい)……れ、恋愛小説とかで、キスとかで簡易的に魔力供給するって書いてあった……から……」

「夫婦や恋人の間柄でないと、まず成功しないだろう。……それとも、お前は、()()()()()()()()()()()()()()、思ってくれているのか?」


 切実な声と真剣な眼差しに、私は全身の熱が頬に集まるのを感じた。イザークの口から今とんでもない提案をされているのだが、脳の理解が追いつかない。


「(え、冗談……って雰囲気じゃない!? ね、寝起きで頭が回ってナないこのタイミングで言ってくるの!?)ええっと……。そ、それは……そう思っていなくもないというか……」

「そうか」


 夢のようなご都合主義展開に、私は頬をつねったが痛いだけだ。

 イザークは茶化すことも、嫌味もない。ツッコミもスルーして、言葉を続けた。


()()()()()()()()()()()

(腕輪が──?)


 その言葉に、周囲の音が消えた気がした。

 イザークはこの腕輪に、自分の気持ちを込めたという。口ぶりから言って、告白のようにも思える。

 でも、私の瞳に映る宝石の色は紅色で、イザークが昔、私に似合わないと言った──嫌な思い出の色。


(質の悪い冗談? それとも別の意図がある?)

「……そこに嘘はない。それとお前には話してなかったが、俺は少し前に目をふ」

「この腕輪が? 本当に?」

「ん? あ、ああ?」


 疑う私にイザークは眉をひそめた。その反応に少し苛立って、彼の言葉を遮って尋ねる。


()()()()()()……私に似合わないって昔イザークが言ったのに、どうしてこの色を私に渡したの?」

「は? メアリー、何言って……」

「まあ! 昔私が赤のリボンを着けていた時に似合わないって言って、散々馬鹿にしたじゃない!」


 忘れたとは言わせない。怒りが沸々と蘇ってきた。


「そんな昔のこと……いやそれよりも、だ。俺はお前に紅色の腕輪を渡した覚えなんてないぞ。俺が選んだのは──」

「!?」


 その声を最後まで聞くことはなかった。唐突な浮遊感と同時に、転移魔法によって視界が反転する。



 ***



「──っ!?」


 落下した先は運良くソファの上だったようで、お尻の被害はない。長距離ではない短い転移。中央の車両にあるBARのような所に飛ばされたようだった。


 飴色の美しい内装は、寝台魔導列車シンフォニアのものだ。電車特有の振動も感じるので、間違いないだろう。BARカウンターには様々なお酒の瓶が並んでおり、お洒落だ。一度はこんなところでナンパされてみたいものだ。


(……って、悠長にそんなこと考えている場合じゃない!!)


 周囲を見渡すが、私を強制召喚した人物は見当たらない。そう思ってスイートルームに戻ろうとした時だった。


「おやおや。今回の《保護対象者》である歌姫様が何故この場所に……?」

「!?」

「ああ、なるほど。貴女様の持っているチケットを目印に転移魔法を行ったようですが、その美しい()()()()()()()()()、座標が上書きされたのでしょう」

「え」


 BARカウンターの奥に、黒いスーツに身を包んだ壮年のバーテンダーがカクテルを作っているではないか。

 キュッと腰のラインがよく見える服装で、とてもよく似合っている。しかしこんなナイスガイは公演でも見たことはない。どこかで出会っただろうか。


 スキンベッドで、一部だけ金髪の髪を三つ編みでキツく結んでいる。サングラスもかけているのだが、どこで出会ったのか全く思い出せない。


「(紺色の宝石? ううんそれよりも)貴方は……私を殺しにきた……人ではない?」

「その通りです、とある方の依頼を受け《護衛者》として、この列車に同乗している者で、ジーンと申します」

「じーんさま…………え。あの女装趣味で、今日お会いしたジーン様!?」

「はい」


 つい数時間前に会ったばかり何だが、姿が全く違う。口調はもちろん──と言うか骨格から身長まで別人だ。


「あ、もしかして私たちが尋ねた時は、認識阻害魔道具を使っていたのですか?」

「いえいえ、私の場合は理想の肉体美になるため肉体変化魔法を習得したのですよ」

「ニ、ニクタイヘンカマホウ……」

「筋骨隆々な肉体より華奢で、儚く可憐な姿に憧れておりまして、長年の努力の結果、あの姿を確立させたのです」

「そして女装に目覚めたのですね……」

「アレは弟分の趣味であって、正直申しますと私、自分を着飾るのに飽きてしまい、今は他人のコーディネートがしたくて、したくてたまらないのです!」

「わあ。熱意がすごい……」


 こんなところで話を聞いている場合ではないのだが、ジーン様の熱意に押し切られてしまう。


「可愛いものを可愛く。生前の弟分のような服装を着こなすのは嫌いではないのですが、できるのなら可愛らしい女性のコーディネートを……」

「え? じゃあ、女の子のコーディネートができれば満足なのですか?」

「そうなのです。しかし、私が地上に訪れたのは弟分の死後でして……あの店も雰囲気を壊さずに動いていたのですが」


 弟分である四人目の被害者は、とんでもない置き土産を残したらしい。しかも店を守るために、女装までするなんて律儀な人だ。


「衣装やメイク合わせなどのコーディネーターは、歌劇場のような場所では重宝されるので、今回の一件が片付いたら私から叔父様──オーナーに口利きしましょうか?」

「おやおや。それは有り難いです。……しかしその話を詰めるより、貴女様の今置かれている状況をお伝えしておきましょう」

「あ、はい!」


 歌姫として私が狙われているのと、今回の主犯が魔界の三大貴族の一人、女王たち(クイーンズ)による陰謀と言うのは聞いているが、それ以外にも何かあるのだろうか。


「人外の逃走というのは非常に厄介でして、際限がありません。そのため魔界の貴族同士で問題が起こった場合、魔界の三大貴族が管理の下、範囲、人数、期間、対象者及びルールをあらかじめ定めた《代理戦争》が開催されるのです」

「ふむふむ?」

「そして今回の《代理戦争》の賭の対象となったのが、歌姫であられる貴女様なのです」

「……はい?」


 ちょっと飲み込めない話をぶち込んできた。動揺する私などお構いなしに、ジーン様は話を続ける。

 その辺りの気遣いや言葉選びは人間らしいものなど一切ない。とても事務的だ。


「魔界での参加人数は基本、貴女様を殺す《暗殺者》と、貴女様を生かす《護衛者》に別れ、貴女様が教皇聖下の元に辿り着くまでがタイムリミットとして戦争は停まりません」

「え、ちょ!?」

「貴女様のような有能な歌姫が死ぬことは、魔王様も望んでおられない。万が一にでも貴女様が死ねば、魔王様がブチ切れて目を覚ますでしょう」

「(なぜ魔王様がブチ切れるって断言できるのかしら?)……えっと、魔王様が目覚めたら、地上と魔界は……」

「お察しの通り、そうなれば両方の秩序は崩壊。混沌とした時代に逆戻りです。しかしそれこそが女王たち(クイーンズ)の悲願なのでしょう。何度代替わりしても、その願いを叶えようと画策する──愚か者なのです」

「ちょっと……今回は飲み込みきれない……。え、世界の命運を私に託さないで欲しいんだけれど……っ、久しぶりの理不尽!」


 本当にこんなお洒落なBARで話をしている場合ではなく、すぐにでもルーベルト様やイザークと合流すべきなのだけれど、ちょっと精神的にショックが大きくて、立ち直るのに少し時間がかかりそうだった。

 人類の平和が私の双肩に掛かってくるとか、荷が重すぎて胃が痛くなる。


(あーーーーーーーーー、だから教会的にも私が死なれたら困るから、このシンフォニアの使用許可が下りたんだわ! いくら私がこの国一の歌姫だったとしても、そこまでの待遇は破格すぎると思っていたもの! あーーー、なるほど……《代理戦争》、戦争か……)


 いつの間にか私の預かり知らぬところで、とんでもない役回りを押しつけられてしまった。そしてこのことをルーベルト様は知っていたのかもしれない。イザークは半々だろうか。


「まだ色々飲み込めていませんが、死ぬわけにはいかない覚悟だけは決めました」

「それはよかったです。私も貴女様の《護衛者》としての役割を全ういたしましょう」


 騎士と言うよりも、王に傅く臣下の一礼にちょっと感動してしまった。


(ちょっと優雅で格好いい!)

「それと。本来であれば、私のような者が《代理戦争》で《護衛者》として選ばれることはありません」

「え? そうなんです?」

「はい。そもそも、《代理戦争》そのものは魔王様が作られたギミックでして、いずれ不満を持つ者が出てきた時に炙り出して、殲滅するための謂わば安全装置のようなものなのです」

「え、あ、なるほど」


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