第15話 寝台魔導列車で出発です
教会専用護衛寝台魔導列車・シンフォニア。
全体的に白を基調とした列車のフォルムはとても美しく、車両内の空間は空間魔法で拡張しているので、実際よりかなり広い。もはや高級ホテル並の感覚で、全十二両編成、部屋はスイートルーム二部屋と、第一級、第二級個室のみの、かなり贅沢な作りだ。
(スイートルームにはシャワー、お風呂、トイレ付きだから、食事の時ぐらいしか部屋を出ないかも? でもたぶんスイートルームに立て籠もるほうが安全だし……。うう、Barとレストランが五、六車両目で、外の景色が見られるラウンジが十二両の最後尾か。今回は乗車できる人数は限られているけれど、それでも安全を考えたら出歩けるはずもなく……)
寝台列車のラウンジで、外の風景を見ながらカフェを楽しむと言うのは、借金返済後にやってみたいことの一つだ。
せっかく異世界転生したのだ、色んな所に旅行に行ってたくさんの景色を見たい。
(私が自分で叶えるものだから、今回はシンフォニアに乗れただけでも幸運だって思わなきゃ!)
身支度を調えたのち、私たちはあっさりとセントラル駅ホームに入った。特に襲撃とかもなかったので拍子抜けしてしまったが、危険が事前に回避できたのなら良いことだ。
チケットは枢機卿経由で購入しているので、私は歌姫の身分証を提示して、そのまま駅員さんからチケットを受け取るだけですんだ。
ルーベルト様曰く、グラート枢機卿と叔父様は今聖都に向かっているという。
「王都の中間地点にいたようなので、そちらでも陽動として動いているのでしょう」
「陽動……ですか?」
「ええ、敵がどの程度の規模なのか分からない以上、貴女の影武者を複数の拠点から移動するように指示が出ています。……ああ、影武者と言っても私の影──人格のない駒を使うので、お気になさらず」
ルーベルト様は天気の話をするような軽い口調で話す。その感覚は人間の私にはよくわからない。よくわからないが──。
「それはルーベルト様の負担になりませんか? 影も使いすぎるとお腹が減るとか、力が出ないとか、大変なら同僚として私を頼ってくださいね!」
「……メアリー嬢」
自分の発言に保険をかけておかなければ、と思い言葉を付け足す。
「あ。もちろん、お金を貸してほしいとかは聞けないですし、私にできることは微々たることですが!」
「ふふ、ええ、そうですね。そう言って頂けるだけで充分ですよ」
「?」
ルーベルト様は不思議なところで笑う。それは人外だから、というよりも彼が変わっているだけで、ただそれだけなのだろう。たぶん。
「おい、車内に入ったからと言って油断するな。サクサク歩け」
不機嫌な声が後ろから聞こえてきた。振り返るとイザークが仏頂面で私を睨でいるではないか。
「分かっているわ!」
「なら、その両手に持っているパンフレットはなんだ?」
「し、車内マップぐらい見ても良いでしょう」
「違う。寝台列車特集のパンフのほうだ」
「ふふん、これは次に乗るときの参考にするためにもらったのよ」
「次、か。お前に一緒に行く相手がいるとは初耳だな」
何故か視線が鋭いし、圧がすごい。
別に一緒に行く相手などいないが──、お世話になった人たちと旅行をするのは、ちょっぴり楽しそうな気がした。
「今回が落ち着いたら、お世話になった人たちと慰安旅行なんて良いかなって思っただけよ(まあ、一人でのんびり旅行もしたいけれど)」
「やめておけ。お前が声をかけたら面倒事にしかならない」
「ムッ!」
「(はぁーーーーーーーーーー―――、焦った。一緒に行く奴がいるのかと思ったじゃないか。……にしても、やっぱり紺色の宝石をあしらった腕輪を贈ったのは正解だったな。……俺の髪の色に近いから、大胆すぎるかもしれないと思っていたが……)フッ」
(あれ? ちょっとだけイザークの機嫌が良くなった?)
黒の騎士服に身を包んだイザークは腰に剣を携えており、絵本の騎士のようで格好いい。ルーベルト様は貴族服に着替えていて、シャツにコンチネンタルタイに、スモーキングジャケットなどはかなりお洒落だ。白銀の美しい髪は三つ編みから一つに結び直している。
車両の通路を通って第一級室を通り抜ける。
(ええっと、私たちの部屋は……と、スイートルーム・グランディオーソ、か)
高品質の紙質を使ったチケットは、少しだけ厚みがある。
この特別なチケットを見ると、自然と口元がニヤけてしまう。ふと左の手首にある腕輪が視界に入り、気持ちが滅入りそうになった。
金の色で幾何学模様が印字されていてとてもお洒落だ。ただその宝石が紅色でどうにも自分には合わない。青あるいは緑なら分かるが、赤は私の趣味ではないのだ。
それに昔、イザーク本人に「赤なんて似合わない」と言われたことがある。お気に入りだった赤いリボンで髪を結って見せたときに、それはもう酷い言われようだった。
それから赤い物を見つけることはしなかったのに。
(やっぱり、私に贈ったものじゃないのかも……?)
緊急事態だから──で、何もかも納得できそうだった。この腕輪は防御魔法が付与されており、小物や武器など必要な物を収納できる空間魔法も付与されている。
貴族令嬢の間で流行っているものだ。
しょんぼりしつつも、イザークから貰った物が嬉しい。彼から贈り物を貰ったのなんていつぶりだろう。そう記憶を思い返そうとして、落ち込みかけたので頭を振った。
今はそれどころではないと、気持ちを押し殺す。
***
スイートルームは飴色の壁紙に黒い絨毯、ベージュ色のベッドやソファと超高級感溢れるホテルのような一室にテンションが爆上がりした。
思わず鼻歌を口ずさむのを耐えた。どう考えても一人部屋ではなく、ツイン、あるいはトリプル用の広さだ。寝室となるベッドは隣の部屋で景色が見えるように窓が広い。カーテンも二重にあり、お洒落だ。
(さすがスイートルーム!)
ふと窓ガラス越しにスーツ姿の男が突如現れたが、すぐに影に引き摺り込まれて消えた。「ヒュ」とか「ぎゃ」と言う声も聞こえた気がしたが、私の視界には代わり映えのしない駅のホームが見えるだけだ。特別車両なのでホームに殆ど人はいない。「ここに入り込むだけでも結構大変なんですよ」とルーベルト様が言っていたのを思い出す。
(……うん。見なかったことにしよう!)
私を狙った人はいなかったのだ。たぶん。きっと。居たとしても、私を狙ったのが運の尽きだと思うことにする。
「メアリー嬢、窓を見ても面白い物などないでしょうから、お茶にしましょう。それともいくつか時間潰しのためにゲームや本も持ち込んできたのですが」
「そうなのですか! 見てみたいです」
「くれぐれも一人で冒険しようだなんて思うなよ。せめて部屋を出るときは声をかけろ」
「そんなことしないわよ」
「どうだかな」
十七時、定刻。
列車の発車する汽笛が鳴り響く。いよいよ発車だ。
寝台魔導列車・シンフォニアは、中央都市ハーモニーでの補給で一時的に停車するが、それ以外は聖都までノーストップだ。
本来なら車両に乗り込んだ段階で安全なのだが、そうも言っていられないのは、相手が人外だからだ。
「あ。名探偵クロウシリーズ以外にも、色んなミステリーの本を用意してくれたのですね!」
「ええ、せっかくミステリィ好き同士なのですから、オススメを紹介しようかと思いまして」
「あ、いいですね! 私は倒叙トリック系も好きですよ。苦手なのはホラーもの、リドル・ストーリーなんかは苦手かもです」
「倒叙トリック? リドル・ストーリー?」
「ああ、わかります。謎が未解決のままだとモヤモヤしますからね。サスペンス要素があるものはいいですが、イヤミス作品もちょっと後味が悪いので、それだったら呪われた本のほうが美味しいのに」
「未解決のまま……? イヤミス?」
ソファに座りながらミステリー談義に花を咲かせていると、いつの間にか隣に陣取っていたイザークは聞き慣れない言葉に困惑していた。
「(そっか、ミステリーを普段読まないと分からない単語ばっかりだったかも)……イザークも短編から読んでみる? 結構面白いわよ」
「ん、ああ。……そうだな。読みやすいのから頼む」
「わかったわ」
テーブルに積まれた本の中から幾つか面白そうなものを手に取って、あらすじが読めるようにとイザークとの距離を詰める。
これなら本のあらすじも見えるだろう。
「!?」
「最初に読むのなら、安楽椅子探偵もので、事件現場に赴かずに関係者たちから話を聞くだけで事件を華麗に解決してしまうお話なの! 少ない情報から推理して真実を導き出す展開は、痛快でオススメよ」
「あ、ああ(近い、コイツ無自覚でこれなのか?)ミステリーの中でもいろいろあるんだな」
「そうなの! 例えばこっちはクローズド・サークルって言って、閉鎖空間で起こる事件や謎を題材にしたものなの。別荘とか、離島とか、連続殺人が起こる中で犯人を見つけて無事に脱出できるのかとかはハラハラドキドキの展開よ。あ、でも比較的に短いショート・ショートの方が入りやすいかな?」
「本当に色々あるんだな……」
「ええ、一度ハマったら色々読みたくなるわ! 犯人が分かるまで目が離せなくなることだってあるし、逆に最初から犯人が分かっている倒叙ミステリーもあって、面白いわ!」
「わかったから、落ち着け(こういう好きなことにグイグイくるところは昔から変わらないな)」
フッ、とイザークが笑った気配がしたので視線を彼に向けると、口の端が吊り上がるのが見えた。
その姿にドキリとする。
「(わあ、こんな風にイザークが笑いかけるなんて……)ええっと、どれか興味ありそうなのは見つかった?」
「ん、ああ、そうだな」
不自然な感じにならないように本に視線を移す。イザークは私のオススメした短編を受け取り、私はルーベルト様とお互いに読書感想を交えつつ、面白そうな本を選んで読み出すことにした。
手軽食べられそうな茶菓子や紅茶セットもあり、列車の駆動音が心地よい。まるでただの旅行かのようにリラックスしてしまう。
(あれ……文字が……ぼやけて)
いつもなら夢中で読むのだがどうにも頭に文字が入ってこない。重たい瞼を一度閉じてしまえばとはあっという間に睡魔の誘惑に負けてしまう。
気付かない間に疲弊していたのだろう。ふとちょうど良い壁(?)があったので寄りかかった。
(そう言えば通学時は電車の端っこの席で寝てたな)
ふと私の頭を撫でるような感触があったが、きっと気のせいだろう。
ここには叔父様やグラート枢機卿はいないのだから。
楽しんで頂けたなら幸いです( *・ㅅ・)*_ _))
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