第14話 逃走の算段と食事とじれじれ
ルーベルト様のお力添えを借りて、安全性の高い部屋の中にそのまま転移したのだが、貴賓室のような超豪華な内装に驚いた。
食事をする場所にしては華美すぎる。調度品とか一体いくらになるか分からないので、迂闊に近づけない。
もっとも私はイザークにお姫様抱っこされているので、動けないが。
(はあ……至福の時間も終わりか)
「(放したくない……が、これ以上は無理か)降ろすぞ」
「あ、うん。ありがとう」
イザークは私が素直にお礼を言うとは思わなかったのか、目を見開いて驚いていた。私だってお礼ぐらい言うわ、と少しだけムッとする。
「なに? 守って貰うのが当たり前でお礼なんかしない厚顔無恥な女だとでも思ったの? (ハッ! また嫌味を……)」
「別に。……お前が、俺に微笑んだから……っ」
「ぎゃ!?」
唐突にソファに落とされて、危なく舌を噛むところだった。死亡原因、舌を噛んで死ぬとか、恥ずかしすぎる。
「ちょっ」と、怒気を強めたのだが、イザークの顔を見た瞬間、怒りなどは何処かに消し飛んでしまった。彼の赤面している姿に「ふぇ」と声が漏れる。
そんな反応をするとは思わず、私も反応に困ってしまう。
「ささ、お茶の準備もできましたし、温かい内に食べてしまいましょう」
「う、うん!」
「そ、そうだな!」
ルーベルト様はテーブルに別空間からささっと、料理を出してくれた。
コンソメスープの匂いに、お腹の音が鳴りそうだ。バスケットには、フルーツにサラダ、唐揚げフライドポテト、パニーニとキッシュまで入っている。色とりどりにも気を遣った出来映えに「おお!」と歓喜の声が上がる。
「ノノの料理は王都でもかなり有名ですからね。メアリー嬢に気に入って頂けると嬉しいですが」
「まあ、それは楽しみです! んん~、どれも美味しそうで迷っちゃう」
「ん? お前はこれが好きじゃなかったのか?」
そう言って差し出したのは厚切りベーコンとほうれん草とチーズ、そして少しの黒胡椒が入ったパニーニだった。
ドキリと驚きつつも、受け取る。
「あ、うん! ありがとう」
それが好きだったのは無印のメアリーだ。今の私はその隣にあるバーベキューソースで味付けされたベーコンとシャキシャキレタスとトマトを挟んだパニーニが好きだったりする。
こういう所でイザークにとって好きだったのは、私になる前の、無印のメアリーなのだと突きつけられて、チクリと胸が痛む。
それでも空腹には耐えきれず、口にするととっても美味しい。一口躊躇いながら食べた後、二口目もモグモグと無言で食べる。
「美味しい」
「昔からそれが好きだったもんな」
そう言ってイザークは、私が狙っていたバーベキューソースのパニーニに手を伸ばす。「あ」と思わず声が漏れたが、イザークはそのまま一口で半分ぐらい食べてしまう。
「ん、確かに美味い」
「うう……(バーベキューソース食べてみたかった。あれは一つだけっぽかったし……。今度、ルーベルト様に頼んで注文できないか聞いてみよう)」
ふとキッシュを食べているルーベルト様と目が合う。
「どうしましたか? もしかしてキッシュが食べたかったですか?」
「あ、いえ。その、あまりにも美味しかったので、今度また作って貰えないかとルーベルト様経由でノノさんに頼めないかと」
キッシュではないが、食べ物関係なのでゴニョニョと本音を口にしてみる。意地汚いと思われないと良いのだが。
「それならきっと喜んで作ってくれると思いますよ」
「あ! もちろん、次はちゃんとお金を払いますからね!」
「はい。ああ、それなら今回の件が落ち着いたら、打ち上げパーティーを開きましょう」
太っ腹なことをいうルーベルト様に、私は目を輝かせる。
「え、良いのですか!?」
「ええ。もしリクエストがあればノノに伝えておきますよ」
「じゃあ、バーベキューソースの厚切りベーコンのシャキシャキレタスのパニーニをお願いします!」
「わかりました。他にも好きな食べ物があったら後で教えてくださいね」
「はい! (推理の時は空気読めてなかったけれど、普段は気が使えるっぽい)」
「お前、味の好みが変わったのか?」
不審がるイザークの視線に、ドキリとした。
「む、昔と違って味の好みが変わることってあるでしょう。大人になったら嫌いな物でも食べられるようになった的なアレよ」
「そう言うもんか。(そう言えばコイツと一緒に食事するなんて、いつぶりだ? 顔を合わせることはあっても、お茶すらしてこなかったからな)……まだ端は口を付けてないが、食べるか?」
「え。(い、意地汚いとか思われない?)」
「ほら」
「あむっ」
躊躇っているのに痺れを切らしたイザークが、私の口の中にパニーニを食べさせてきた。口の中に広がる味わいにモグモグと無言で食べる。
やっぱりバーベキューソースは最高で、シャキシャキレタスの食感もいい。何より肉汁とソースのハーモニーが控えめに言っても神だった。
「おいしいぃです」
「そんなに好きだったのかよ」
「うん。だいすき」
満足してペロリと一口を食べられたことに満足する。イザークは何故か黙っているのだが、お腹を満たすことを優先すべきだと思い、フライドポテトにも手を伸ばした。唐揚げの傍にあったフライドポテトも美味しい。この塩っ気が最高なのだ。
アイスティーに口を付けて、一息つく。食後を見計らってルーベルト様は今後の話を切り出した。
「先ほどグラート枢機卿とも話をしたのですが、メアリー嬢の安全を鑑みて聖都におられる教皇聖下の庇護下に入ることが一番の解決策だという結論に至りました」
「教皇聖下と謁見して庇護下に入る。……確かに、あそこなら魔界の人外であっても、おいそれと手出しはできないだろう。だが」
「ここ王都から聖都まで船だと迂回して二十日、馬車で馬を乗り換えて行っても最短で十日、一番早いのが魔導列車でも五日は掛かりますね」
「転移魔法を使うのは、やっぱりだめですか?」
「長距離による転移魔法は人外の干渉を大きく受けるので、下手すればメアリー嬢だけ別空間に囚われてしまう可能性が高くなります。今回のような近場の転移魔法であれば別ですが」
「なるほど」
どの行き方になったとしても襲撃は免れないだろう。魔導列車では確実に上客を巻き込んでしまう。となれば馬車だろうか。
「あ。もっと速いのがありますよ。そして歌姫である貴女なら申請は可能なのでは?」
「え?」
ルーベルト様の言葉に、私は歌姫と言う単語を頭の中で反芻する。
歌姫はこの国においての聖女に次ぐ、最上級の名誉職だ。そんな歌姫の特権、そして特別な移動手段。
聖女や教皇聖下しか今まで権限がなかったが、歌姫にもあるもの──。
「あ。教会専用護衛寝台魔導列車・シンフォニア。……もしかしてグラート枢機卿が申請を?」
「ええ。申請許可は下りていますので、準備を整えたらセントラル駅ホームに向かいましょう。特別に本日十七時発で準備を整えています。アレなら二日と掛からずに聖都に着くことができますし、あの寝台魔導列車は特別乗車券がなければ車両に入ることすらできません」
特別魔導列車の装甲はドラゴンの息吹にも耐える頑強さで、国の職人たちが作り上げた最高傑作だ。年に二回、聖女あるいは教皇聖下の移動手段だったのをすっかり忘れていた。
「ちなみに……その費用は誰持ちですか?」
「真っ先の確認は、それなのか?」
「当たり前でしょう! 襲撃される可能性があって、その責任やら費用が誰負担になるかって重要だわ」
憤慨する私にイザークは何処か呆れていた。
「いや、普通は無事に聖都までたどり着けるとか、不安にならないのか? 実際に命を狙われた場面をあったのに暢気というか、もっとこう落ち込むというか……。いや、でも食欲はあったから強がっている……訳ではなさそうだな」
「最初は怖かったけれど、私にはイザークやルーベルト様が傍にいて、叔父様やグラート枢機卿も動いてくれているのだから怖くないわ。それに簡単にやられるものですか。私は借金を返済したら、やりたいことが沢山あるのだから!」
恐怖がないわけじゃない。
この世界は残酷で理不尽なことで溢れている。それでも支えてくれる人たちがいるから、私は立って前を向いて歩いて行けるのだ。
「もし費用が私負担になる場合、今回の首謀者に精神的苦痛、被害額、殺人未遂とかで賠償金がどのぐらい毟り取れるか計算しておこうと思います」
「お前、すごいな。メンタルが」
「ふふん。すでにルーベルト様の店の壁や調度品の一部も破損していますので、その辺りもしっかりと請求してくださいね」
「承知しました。ああ、シンフォニアの費用はもちろん、被害総額は全て協会側が負担するそうなので今回の場合、メアリー嬢は自身の身の安全を第一に考えてくだされば良いそうですよ」
「(グラート枢機卿らしい配慮だわ)……それを聞いて安心しました!」
自分負担じゃない、この言葉は借金持ちの自分としてはかなりありがたい。両親の離婚の際に足下を掬われて借金になった記憶が浮上しそうになったが、ぐっと奥底にしまい込んだ。
「決まりだな。そうと決まれば、お前は動きやすい服装に着替えるのと、魔導具系のアクセサリーを厳選して着けておけ」
「わかったわ。あ、ルーベルト様、グラート枢機卿は私のチョーカーに関して何か言っていませんでしたか?」
「ああ、そうでした。第五階層まで限定解除許可を出しているそうです」
「そうですか、よかった」
歌姫は攻撃系の歌魔法を原則禁止とされている。例外として自己防衛による歌魔法に関しては許可されているのだが、今回の第五階層までの許可は、より広範囲かつ攻撃性の高い魔法攻撃の使用が可能となる。
(場合によっては、その場で全員眠らせる歌魔法の解禁は有り難いわ)
目的地が決まったことで、私たちはそれぞれ行動を開始した。
私はルーベルト様の店が用意してくれた服から動きやすいものを選ぶ。それと襲撃を考えて、防御魔法が付与された魔導具を身につけようとして──。
「あ」
そこでイザークから貰った小箱を思い出した。ポケットから取り出した小箱を開けた瞬間──、その中には私に不釣り合いな緋色の宝石を使った腕輪が収まっていた。




