第13話 鬼人族長ゲオルグの視点
人外だからと言っても、好き嫌いはある。
俺の好きなものは、ステゴロとエールだ。
魂が震える戦いは好きだ。血湧き肉躍る拳を交えた戦いは、控えめに言って最高だと言いたい。
そんな俺はきっちりとした正盛服があまり好きではない。自慢の肉体をお披露目できない上に、窮屈だ。しかしこれも仕事だと身なりを整える。
鬼人族は野蛮人などとは言わせぬよう、最高級品の服に身を包み、金髪もオールバックにして長めの髪は右横の一房だけ三つ編みをする。角の手入れも完璧だ。
魔界から地上まで護衛に暗殺なんでもござれの人災派遣を生業にしている鬼人族は、血の気の多い単純馬鹿、あるいは一途馬鹿が多いので、手綱を握るトップ、つまり俺にお鉢が回ってくる。
そして三大貴族の調停役として、空気を読まなければならない。
(今日の依頼は胃が痛くならない案件だといいんだが……)
しかしその願いは、あっさりと砕かれる。
***
「は? 地上人の、しかも著名人の暗殺だぁあ?」
魔界の三大貴族の会合に着いた途端、頭の痛くなる依頼に冗談であってくれと本気で思った。
今日は魔界の高級レストランの一室を貸し切っての会合。その場所選びは、三大貴族の一角を担う吸血族の持ち回りだ。
モダンインテリにこだわった豪華絢爛な内装は、いつ来てもあの男らしい鼻につく部屋だ。料理も味にこだわったとか言って、少量なのが余計に腹立たしい。
キンキンに冷えたエールに、かぶりつきたくなるような分厚いステーキを出せと言いたい。もちろん俺は大人なので空気を読んで言わない。テーブルマナーもしっかり身につけているが、気取った食い方は好きになれない。
「おいおい、女王様たちも、ついにユーモアに目覚めたってのか?」
「暗殺を冗談で言うとでも?」
「そうじゃ。妾たちからの依頼じゃ、光栄に思うが良い」
(はーーーーーーーーーーーー。これだから、このノウタリンは!)
前髪パッツンの童女は、黒薔薇模様のドレス姿で、ちょこんと座っている。一見人畜無害そうな容貌をしているが、その実、側だけ整えているだけで本体は毒々しく、醜悪な姿をしているのを知る者は少ない。
「数百年単位で同じ依頼をするのは構わないが、……で、今回のターゲットは?」
仕事は仕事と割り切る。
魔界でなく地上となると、ツテがなければ難しい。植物や虫系の眷族は本能に忠実すぎるため大抵暴走するだけして、周囲を巻き込んでの自爆というのが多い。こちらとしてはめちゃくちゃ迷惑の一言に尽きる。
(事後処理で死ぬからな!)
特に植物の女王は魔王様のためと嘯き、「地上を漆黒の薔薇で覆い尽くす」という大願を持つ要注意人物だ。この女王たちが暴走しないよう制御するためにも、定期的に三大貴族の会合が設けられている。吸血鬼族長が彼岸に立ち、俺は中立。
「殺して欲しいのは一人じゃ、聖女の次に特権を持つ《歌姫》じゃな」
「その中でも《呪われた歌姫》は絶対に殺して欲しい」
「地上でも物騒な通り名があるんだな。……名前は?」
「メアリー・イマシェ」
「ん? その名前はたしか……」
「私の敬愛する歌姫、メアリー嬢がどうしたって?」
そこで今回の会合の主賓である吸血鬼族長クウオリーの声が響いた。
さほど大きな声ではなかったが、彼の声は良く通る。振り返るといつもの黒マントと……。
「あ゛!?」
振り返って主賓を見た瞬間、俺は固まった。一応古くからの友人なのだが、コイツの奇抜な美的センスには毎回ついていけない。しかし今回はトップクラスに入るヤバさだと言っておく。
かなりのイケメンで、黙っていればかなりモテるのだが──。
(圧倒的センスの悪さが、全てを台無しにする!!)
黒メインのモノトーンに、ドクロやスカルのプリントされた柄シャツに、異世界の幾何学文字が意味不明なほど書かれている黒のズボン、特にズボンはワザと所々破れており、銀のチェーンが至る所にある。爪先のとがった靴──ここまでも相当なのだが、一番驚いたのは髪型だ。いつもは長い黒髪をそのまま、あるいは一つに結っていたのだが、今回はリーゼント・スタイルにしているではないか。
「クウオリー、まずその恰好について五、六ヶ所ほどツッコんでいいか!?」
「ふふん、格好いいだろう! 異世界の雑誌を参考にカスタマイズしてみたんだ!」
「お前が普段、どんな私生活をしていてもいいが、一応今日は会合だからな!? 俺だって窮屈だけれど、正装で来ているんだぞ!」
「これが私の正装だ!!!」
決めポーズまでキレッキレでここまで堂々とされると感心してしまう。ムカツクが。
「言い切りやがった。……お前、部下の目を見てやれよ。虚ろだから」
「ふっ、私の美意識は、この魔界では早すぎたようだ」
「また阿呆が、阿呆のことをしている」
「進歩がないのう」
茶々を入れたのは女王たちだ。いやお前らの服装も正装かと言われたらギリギリだからな、と言うツッコミを呑み込んだ。今度ドレスコードの本を贈るべきだろうかと真剣に悩んだが、なんで俺がそんなことしなきゃならないんだと考えを放り投げた。
「それで、敬愛する歌姫をどうするって?」
見た目は、もの凄く残念なのだが、腐っても族長。その冷気に当てられ、俺や女王たち以外の部下は真っ青だ。卒倒しないだけマシだが、これが長時間続けば、死者も出るだろうな。
「ふ、ふん。その女がいなければ、魔王様がお目覚めになるかもしれないのだ。魔王様のお目覚めこそ、妾たちの悲願ではないか」
「それこそ何百年前の考えだよ? 時代は移り変わっているんだ。そんな愚かな終末思想信者なんて少数派だからな。クオウリーも取りあえず、一端落ち着け」
クオウリーを窘めて席に座るように促した。円卓の広々としたテーブルに、俺と女王たちとクオウリーが等間隔で座る。
それが合図となって、ウエイターが粛々と食事を運んできた。俺はワインを断ってエールを頼んだ。せめて飲み物ぐらいは好きな物を飲まなきゃ、やってられない。
「しかし、お前があの歌姫を気に入っているとは、知らなかったぞ」
「フッ、彼女の《禍歌》は最高だからな! 地上に出入りが可能なら、生演奏を聴いてみたい! そして歌い切った後で、ちょっぴりその血を──いやいや、それは恐れ多いな」
「そうだな。そんなことは考えるべきじゃない(実行したら魔王様に殺されるだろうし)」
魔王様の本体が眠っているのは本当だ。だが意識までが眠っているとは異なる。あの方は退屈を嫌う。だからこそ自身の一部を切り離して地上を満喫しているのだ。
それを知らないのは、女王たちを含めた眷属たちだろう。
「まあ、確かにあの歌声はレコードになって売れているそうだが、妾たちの悲願を前では」
「そうじゃ! そうじゃ! 魔王様もあの歌姫を生贄にすれば喜んでくださる」
「どうしてその思考回路にいきつくのか、本当に分からんな」
童女の可愛らしい唇が、一瞬だけ悍ましい形で歪む。笑ったつもりなのだろう。
「所有物は何をしてもいい。気に入っているからこそ玩びじわじわと弱らせて食らう。それが妾の愛じゃからな」
「その考えを押しつけないで頂きたいものだ。あ、殺すぞ?」
「(お前も血を飲みたいと言っている時点であまり変わらないが、言わないでやるか)……まあ、それぞれ話が平行線のままならいつものか?」
ある程度食事も進み、メインの肉料理に舌鼓を打ちながら話をまとめる。この辺りはいつも俺の役割だ。
「そうじゃな」
「妾たちは、妾たちの意見を曲げるつもりはない」
「私も敬愛する歌姫に手を伸ばされるのなら、黙っているわけがない。できるのなら今ここで決着を付けたいぐらいだ」
バチバチと火花を散らしており、その精神圧にウエイターの一人が卒倒するのが見えた。本気で殺し合ったら魔界の半分は吹き飛ぶだろう。その辺りの理性が掛かっているのは、魔王様が存在しているからこその恩恵でもある。
「(鶏のコンフィも上手いが、やっぱりステーキが食いたいな。帰りに馴染みの店に寄るか)……では規定により《代理戦争》で決着を付けるが、異論はないな?」
「「むろんじゃ」」
「もちろんだよ」
《代理戦争》。狼顔のウエイターに声をかけて、例の物を持ってこさせた。
食事を下げてもらい食後の飲み物と共に、地上の地形を具現化させた地図を眺める。山や建物なども精巧に再現されている。そこに呪われた《歌姫メアリー》の駒を置いた。
「では《代理戦争》の期間は、『呪われた歌姫』メアリー・イマルシェが王都から聖都の教皇聖下の玉座にたどり着くまで。それまでに歌姫を殺せなかったら女王たちの敗北。それまでに歌姫を守り切ればクオウリーの勝利。異論は?」
「そうじゃ、いつもは代理戦争となる駒をゲオルグ殿が推薦していたが──今回はそれ以外に妾の眷族も参戦させたい」
「黒薔薇の王子か。良いぞ、良いぞ。アレは地上で活動をしているし、すでに妾たちの意志を組んで動いておる」
くくくっ、と二人の童女は悪女のような笑みを浮かべる。童女の影では巨大な食人植物と蟷螂のシルエットが見えた。
「(ああ、報告にあった黒薔薇を開花させたて殺した連続殺人の犯人か)……クオウリーに異論はあるか?」
「まあ、今の布陣でも負ける気はまったくしていないけれど、一人声をかけておこう。念には念を入れるのが私ですからね」
「オーケー。では代理戦争の代表者は俺の一族から二人、《護衛者》と《暗殺者》選出させる」
クオウリーと女王たちは双方頷いた。
ウエイターは羊皮紙に書かれた誓約書をテーブルの上に用意する。三人それぞれ、自身の血をそれぞれの誓約書に与えて手続きは完了だ。
これにより《代理戦争》の開始が宣言された。
(さて、魔王様に連絡を入れて、歌姫を王都から聖都に移して貰わなければな)
この後、代理戦争の《護衛者》と《暗殺者》を一族から選出するのだが、俺はこの日の失敗をきっと生涯忘れないだろう。




