第12話 そう言えば狙われていましたね!
思わぬ本音、いや希望を口にした瞬間、受話口の雰囲気が凍った気がした。
沈黙。
「(や、やってしまったぁああああ! つい妄想、いや本音がポロッと! あああーーーーしかも間髪入れずにツッコんでくれればよかったのに、なんでイザークは言葉を濁したの!? ……も、もしかして……本当にプロポーズの用意していたものなんじゃ? 私が命を狙われているから、元気付けようと先にプレゼントを? まさか、でも、昔の約束とかで騎士団長になったらプロポーズするって言っていたのを律儀に守っていた……とか……? それこそ都合良すぎる……)えっと……イザーク?」
緊張し過ぎたせいで声が裏返ってしまう。受話口からは、叔父様の怒号とグラート枢機卿が宥める声、ルーベルト様が諸々を対応している声が聞こえてきた。
イザークは俯いているので、その表情はよく見えない。少しだけ耳が赤い気がしなくもなくもない。それは照れなのか、あるいは怒りで赤くなっているのか。
(どっちよ!?)
「……(あああああああああああああああ! なんで間を開けた俺!? ここはサラッと『そうだ』と言うか『んな訳ないだろう』の二択だった。この空気、視線。ここではぐらかして、素っ気ない言葉を口にした瞬間、いろいろと終わる。……だからここは悔いのない言葉を……、ああ、くそっ! デートプランを三十七通り考えていたくせに、ここぞと言う時のセリフを考えていなかったぁ!! ここはもう、本音を言って意識させる! それに全振りする!)メアリー、俺は──っ!?」
一気に私に向かって距離を詰めたイザークは、そのまま私を抱き寄せた。もし私が眼鏡をかけるような子だったら、きっとメガネはくしゃくしゃか、折れ曲がったと思う。それぐらいの強い力だった。
「ヒュッ」と息が詰まりそうになったが、変な声を出すのだけは避けられたと思う。
次の瞬間、私が立っていた側の壁をぶち破って、スーツ姿の男たちが飛び込んできた。
(壁ってそう簡単に破れないと思うんだけれど!?)
「歌姫、死ね!!」
「新しい時代のために!」
勢いよく突っ込んできた二人組は勝利を確信したかのような口調だったが、その快進撃はここまでだった。
私を片腕で抱き上げたイザークは、猫のようなしなやかさと脚力で、その場から後方に下がる。
ぐいん、と体が持っていかれる感覚に耐えた。
その間、イザークはもう片方の手でナイフを取り出し、男たちの足にめがけて投げた。
ザン、と嫌な音を立てた後、ルーベルト様の影が具現化して、パックリと刺客を丸呑み込んでしまった。影が生き物のように動いたのも驚いたが、あまりにもあっという間の展開に、影とルーベルト様を二度見してしまった。
(えええええ!? そんなコミックみたいな処理の仕方なの!?)
「イテテ……。皆様、ご無事ですか?」
壊れた壁の向こう側から、コック服の青年が頭を抑えて部屋に入ってきた。
「オーナー、油断しました。すみません」
「まあ料理を避難させていたので、しょうがないでしょう」
「普段ならワンパンなんですが……お恥ずかしい。あははのはー」
(あははって……)
頭から血をドバドバ流していた彼は、ケロッとしているではないか。人間なら致命傷なのだが、雰囲気からして彼も人外なのだろう。たぶん。
(ああ。……この手段を選ばない感じ……。本当に命を狙われているんだ)
実感した途端、ゾワゾワと恐怖が追いつく。下唇をキュッと結んで耐えたが、密着していたイザークにはバレバレだった。
正直、片腕でガッチリ抱きしめられているので、身動きが取れない。いつもの米俵運びではなく、腕に私のお尻を乗せた赤ちゃん抱き──的な状態だ。
(……私が怖がったのに気づいているよな……。で、絶対に馬鹿にするか、からかってくるんだろうなぁ)
「心配しなくても、お前のことはしっかり守ってやるから、あんまり一人で抱え込むな」
「え」
それは独白のような囁きだったけれど、嫌味でもなく、ただの──そう本音に聞こえた。
その言葉に不覚にもグッときてしまい、イザークに抱きつく。
「──っ!?」
(ここでこのセリフは、ずるい……)
「おまっ(この状況で密着とか、俺を男だと自覚してないのか!? それともわざとか!? 胸が当たっているし、いい香りはするし、なんの拷問だよ!?)」
(聞こえない振りをすれば、もう少しだけギュッとしてもらえるかしら)
勢いとはいえちょっと自分でも大胆すぎたんじゃないかと、少し恥ずかしくなってきた。
「お前は……っ。次の襲撃のことも考えて、このまま俺にしがみついておけ(……いや、ここはもっと優しい言い方があっただろうが! どうせコイツのことだから、売り言葉に買い言葉で文句言って『降ろせ』とかって言いかねない……)」
「(え、このままでいられる大義名分が! いつもなら騒ぐけれど! 状況的にも、安全的にも、心情的にもイザークの傍に合理的にいられる! 最高!)……そ」
「そ? (どっちだ?)」
「そうね! 緊急事態だもの!柔軟に対処しなきゃダメよね!」
「(よっしゃ!)そ、その通りだ」
「ええっと、盛り上がっているところ悪いのですが、移動した先で食事を摂りませんか? 朝からずっと動きっぱなしだったでしょう」
ルーベルト様が申し訳なさそうに話すので、私とイザークは互いに固まってしまった。
「「ショクジ」」
「ええ。先ほどの先兵は植物と虫の女王たちの眷族でしょう。彼らは潜入と探索はお手のものですからね。となると突貫してくることを前提に考えて、警備の厚い場所に移動すべきかと」
「……あ、そ、そうですね」
「移動手段はどうする?」
「私の転移魔法を使って、厳戒態勢を整えた護衛ギルドの客間に移動します。ノノの料理もそっちに持って行きますので、とりあえず食事と今後の方針を詰めるぐらいの時間は稼げるでしょう」
勇気を出してみたのに、と凹んでいたらイザークは私を横抱きに抱きしめ直す。これはずっと憧れていたお姫様抱っこではないか。
「イザーク?」
「転移魔法は人外の干渉が入りやすい。……目的地に着くまでは、このほうが合理的だろう(くっ、苦しい言い訳だが、この際ウダウダ言っててられるか)」
「え、うん! そうね。一人で敵陣に放り込まれるのだけは避けたいわ(キャー! やった。もう少しだけイザークのお姫様抱っこしてもらえる!)」
深刻な状況なのだが不思議と「何だかどうにかなりそう」と楽観視することができたのは、人外貴族のルーベルト様がいてくれて、なおかつイザークの温もりに安堵したからだ。
(きっと一人だったらこうはならなかった。……いざという時に助けてくれる人が周りにいるって、本当に恵まれているな)
無印のメアリーが死にかけた時も、イザークは傍にいてくれた。両親が離婚したことで多額の借金が残った時は、叔父様とグラート枢機卿が支えてくれてなんとかなったのだ。
不幸なことはあったけれど、それだけじゃなかった。
(私は──運がよかった。それを忘れたらダメだ)
両手でギュッと握りしめていた小箱のことを思い出して口元が緩む。
思えばイザークのいる前で小箱を開けるべきだったと、後で私は後悔するのだった。
楽しんで頂けたなら幸いです( *・ㅅ・)*_ _))
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