第11話 私、狙われるそうです
待って、待って、待って。
落ち着け私。双子の存在価値を高める、そのために今の秩序を崩壊させようと計画が持ち上がった。
「えっともしかして……、最終目的って聖女や歌姫の代わりに、双子の歌で魔王様の御心を鎮めようと考えたってこと?」
あまりにも荒唐無稽な話に現実味がなかった。しかしイザークはあっさりと私の考えを肯定する。
「そう考えたんだろう。双子の歌声が、どの程度のものか知らないが。伯爵の意見は?」
「そうですね……。率直に言って《禍歌》とは本来人間が到達することのできない音階なのですが、一卵性双生児の魔力と魂の同調により音階を引き上げて、擬似的な《禍歌》にすることは可能でしょうか。ただ、それは聖歌の《禍歌》が歌える程度ですからね。そもそも歌姫は一人でその領域まで辿り着いていますし、歌唱力、技術に勝るとは思えません。魔王様がそんな紛い物に納得するとは……到底思えませんね。むしろ逆ギレします」
「魔王様も逆ギレとかするんですね……」
「だな……」
今一つ魔王様のイメージが湧かない。それこそ前世のアニメやゲームのような人間味のあるキャラなんのだろうか。
「……って、歌姫でも他の子達は、そこまで被害ないってこと?」
「お前以上あるいは同等で《禍歌》を歌う歌姫はいないからな。普通に考えてお前を潰しにかかるだろうな。さっきの推察が当たっていたら──だが」
「私がとっても有能な歌姫だって魔界でも知られているなんて……」
「喜ぶな」
「少しぐらい、楽観視させてちょうだい!」
こちとら命を狙われているのだ、もう少し優しい言葉をかけてもらいたい、と頬を膨らませてみたらイザークは黙った。
「?」
「実際にメアリー嬢の《禍歌》を拝聴してみて分かりましたが、完璧です。暗殺リストに載ること間違いなしです」
「のぉああああああ!(嬉しいような嬉しくないような?)」
自分のキャパを越えてしまい、頭を抱えてしまった。まだ借金の返済も残っているし、ずっと楽しみにしていた聖都ツアー旅行も体験していない。イザークとの関係だって何も進んでない。むしろマイナス。
「ううっ……ルーベルト様、この状況ってずっとですか? 人外の暗殺者に怯えながら生涯を送る的な?」
「うーん、王都は聖女の管轄だけれど、魔界の人外と対峙することを想定するなら、教皇聖下に謁見してお知恵を借りるほうが、よっぽど現実的ですかね」
「教皇聖下……っ、それなら枢機卿に仲介してもらえないか、連絡を取ってみます!」
「そのほうがいいでしょう。上層部はある程度この状況を把握していたからこそ、メアリー嬢と私、そしてバルツアー騎士で構成された捜索室を立ち上げたのかもしれません」
「……グラート枢機卿なら、やりそう」
「団長と国王なら……あり得るな」
ふと不意に結成時に、私とイザークにとってもっとも望んでいた地位と大金という露骨な報酬を思い出した。私たちのことをよくわかっていらっしゃる。
兎にも角にも、私はグラート枢機卿とコンタクトを取るため、耳飾りの通信魔導具のスイッチを入れる。捜査中になったら困ると、切っていたのだ。
宝石が微かに光った刹那、けたたましいコール音が鳴り出した。
「ひゃ!?」
慌てて通話スイッチを押した途端に、割れんばかりの声が受話口から響く。
『メアリー!!! 無事か!!!!?』
『メアリー、今どこにいるんだい!?』
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお、メアリー!!!!』
叔父様とグラート枢機卿の声が矢継ぎ早に聞こえてくる。
ちなみにテノールのいい声で終始叫んでいるのが叔父様だ。慌てて耳から外したから良かったものの、危うく鼓膜が破れるかと思った。
「ちょ、叔父様、グラート枢機卿も! 私は無事ですから、もう少し声のボリュームを落としてください!」
『んんん~~、そうだったな。すまない。イザークと伯爵は一緒だろうな? 怪我は? 襲撃などはないな?』
矢継ぎ早に確認してくるワードが物騒すぎる。いや状況的にそう悠長ではないのだろう。
「叔父様、私は無事です。イザークもルーベルト様も一緒にいますわ。五人の被害者の遺族と会ってきて、何回か《禍歌》を歌って現場の再現を行いました」
それから今回の一連の事件についても、自分なりの考えをまとめて告げた。『なっ!?』とか『それで』とか『メアリーぃぃいいいいいい』と興奮状態の叔父様とは違って、グラール枢機卿は冷静だ。
『やはりそちらも、そういった結論が出たようだね。双子が同時に歌うことで《禍歌》に近しい音階が出るというのは、一世紀前に検証済みなんだ。でも《狂乱歌》の部類に入り、人外が長時間聞けば理性がすり切れて、本能のままに暴れる類いのものだ』
(《狂乱歌》って、人間でも気分が悪くなるけれど、人外には理性を奪って暴走状態になる遙か昔に禁止された曲……)
『それもあって双子は忌み後という認識が定着してしまった。だからこそ学習院への進学、将来の保証をしっかりとフォローしているんだ。大抵は別の貴族の養子になるし身分も対して変わらない』
「そういう事情があったのですね。知りませんでした……」
『遙か昔のことだから、本来の理由を知っている者はあまり多くない。そして聖女と歌姫の立場を横取りしようと画策していたのは、魔界の三大貴族の一角、植物と虫を司る双子の女王だ。彼女らは数百年単位で同じことをしては粛清されては、代替わりをしている。本当に迷惑なことだよ』
(数百年単位とか、またスケールが大きくなったような……? というか魔界の三大貴族って!?)
「枢機卿、事件の調査は今回で充分に証拠や情報を入手しました。黒髪のヴァイオリニストが絡んでいる確証もあります。俺はできるだけメアリーが安全な場所に移動したほうがいいと具申します」
(イザーク)
唐突に話に割って入ってきたのは、イザークだ。真剣な横顔に不謹慎ながら、ドキリとしてしまう。
『もちろん、大事な愛弟子を見捨てる選択肢なんてないよ。……メアリー、まず君は《禍歌》を歌うことに関しては、地上一の歌唱力を持つ。だからこそ今回魔界の女王たちに加担する人外あるいは、雇われた人間が君に襲いかかるだろう』
グラート枢機卿らしい言葉に身が引き締まる。
「……はい」
『うん、良い子だ。……君に敵意を向ける者もいるのは事実だけれど、君を慕って助ける人間や人外もいることを忘れないでやってほしい。……ルーベルト・ナイトメア伯爵』
「ハッ」
ルーベルト様は少しばかり強張った顔で、通話に加わる。スピーカーモードにしているが、彼は少しだけ私に歩み寄った。
『私の愛弟子を頼んだよ』
「承知しました。私の命に替えてもお守りします」
「きゃっ、騎士みたい! (素でそんなことを言ってくれる人がいるなんて!)」
ちょっとテンションが上がって、イザークの肩をバンバンと叩いてしまう。彼は片眉を吊り上げて「いや、騎士は俺だからな」と不機嫌になる。
(あ。そりゃあ、本職の騎士なのに、他の人間に言われたらいい気はしないか)
「(クソッ、出遅れたぁあああああああああああああ。なんなんだ、コイツ。サラッとメアリーと仲良くなって、あまつさえ数時間で名前呼び。ナチュラルに距離を詰めていく。しかも嫌味もないスマートだからこそ、すんなりと受け入れる。うかうかしていたら、本気でヤバイ。確実にこのパターンはまずい。何せ数ヵ月前に部下が同じような形で幼馴染みにプロポーズをしに会いに行ったら、『婚約者ができたの!』と紹介された──流れのまんまじゃないか。長年、告白するタイミングを逃し、周囲への牽制をしながらも当の本人にアプローチ下手とか。……とにかく今はコイツを守ることだけに集中して、俺にできることを……)おい、メアリー」
「ん? なに?」
「これを持っておけ」
そう言ってイザークは自分用の空間魔法が格納された腕輪から、手のひらサイズの箱を取り出して、私に投げてよこした。
「え、ちょ」
「やる。持っておけ」
「!?」
慌ててキャッチした私を褒めるべきだと思う。ムッとしたものの手に取った小箱が思いの外高級なものだったので、固まってしまう。
「え、何これ。プロポーズ?」
次回更新は夜を予定しています(´∀`)




