第10話 できるのなら記憶から消したいこと
午後二時半過ぎ。
素早く着替えてきたイザークとルーベルト様を交えて、少し遅めの昼食を摂ることにした。ルーベルト様が経営している店なので、閉店時間でも食事にありつけるのは有り難い。
檸檬水で喉を潤してから、早速情報の整理を行うことにした。
一人目の被害者からの情報をボード書込み魔導具に書き込んでいく。このボードは好きな位置に浮遊固定できるので、会議などでは重宝されている魔導具の一つだ。
◆一人目の被害者、クリフ・アダムズ侯爵。
・屋敷の書斎で死亡。隠し部屋発覚。
・東の国の伝承を調べていて双子の存在価値の変革を考える。ダニエル神父が賛同。接点は教会ではなく、実はミステリーツアー参加者していることが判明する。
◆二人目の被害者、ダニエル・エイミス、神父。
・ミステリーツアー中の廃墟で死亡。昼食後に黒い錠剤を口にしているのは見ていない。
・ダニエル神父はミステリーツアーや脱出ゲームに参加する傍ら、相談に乗るようなことをしていた。現在の秩序ある世界に不満があった(隠し日記より参照)
・一、三、四人目の被害者とツアーで知り合う。
◆三人目の被害者、デニス・コラッド、商会ギルド、ルルドンの従業員。
・自室で死亡。
・自分の身分に不満を持っていた(吸血鬼族の末席、人間と吸血鬼族の混血種)。人外貴族に登録なし。魔界の野良人外。
・ミステリーの大ファンでツアーに参加し、自分で洋服を作成。仮装を極める。四人目の被害者とウマが合い衣服提供を行う。
◆四人目の被害者、ジェフ・ヘンリット、魔導列車の駅員。
・魔導列車の運転中に死亡。
・鬼人族の一人で、地上での活動を許可されている人外貴族。貴族生活に息が詰まると愚痴をこぼしていた。
・女装趣味があり、ダニエル神父と打ち解けた後、三人目の被害者と意気投合。衣服の注文をする関係に。
※ジェフの兄貴分であるオネエ専用の女装BARのオーナーが、今回の捜査に協力的だが……。
「おい、手をそこで止めるな」
イザークの指摘に私は振り返った。
「だって! 協力条件に『女性はフリルたっぷりのドレスにツインテール、男性は女装』って書きたくない! 記憶から抹消したい……」
「おまっ、お前はその程度で済んでいるだろうが、俺と伯爵は精神的苦痛を受けていたんだからな!?」
「黙るのです! 似合わないのにツインテール&フリフリのドレスを着させられた私の気持ちなんて分からないでしょう!」
「知るか! だいたい別段変でもなかったし、似合わなくもなかっただろうが!」
「え」
思わぬ本音(?)を聞いてしまい、私は固まってしまった。あまりの動揺にペンを落としてしまったのだが、イザークは自分の発言に気づいていない。
「もしかしてイザークって……」
「なんだよ? (ん? ……俺、本心を口にしていたか? 皮肉じゃない本心はやっと……! それなら今度こそ少しは気があると伝わったか?)」
「ロリコンの趣味があったの!? それはひじょううううに不味いから、その扉は開いちゃダメよ! それならまだ女装のほうが心象はいいと思うの!」
がん! と、物凄い音を立てて、イザークは額をテーブルに叩きつけた。
「(ええ!?)……イザーク……?」
すぐにバッと顔を上げると、額が少しだけ赤くなっている。
(痛そう)
「なんでその結論になった!? いいか、俺はロリコンでもないし、女装の趣味にも目覚めてない!」
「え……じゃあ、女装も少し楽しそうだと思ったのは、私だけですか?」
沈黙。
爆弾発言に今度は私とイザークが固まった。
「ルーベルト様!? ちょっ、ハマりかけてはいけませんよ!?」
「やめろ! 今ならまだ引き返せる!」
「しかし、今までにない感情ですし……。マスターから事情聴取するまでは、何度か会う必要があるのでは?」
その事実を、私もイザークも認めたくなかった。いや認めてしまったら消し去ろうとした記憶が蘇ってきてしまう。『ふふふっ、みーんな、良い素材じゃない! いいわ、私も本気をだしちゃう☆』という幻聴が聞こえてくるではないか。
「ほ、保留です!」
「そうだな! まずは情報の整理だ!」
「……わかりました。そちらを進めましょう」
ルーベルト様は少し不服そうだったが、それでも情報整理を優先してくれた。私とイザークは少しだけホッと溜息を漏らし、アイコンタクトで「同僚が新しい扉を開かせてはいけない」と合図し、彼も深く頷いた。
私は落としたペンを拾って、五人目の被害者について書き出す。
◆五人目の被害者、リチャード・アランディ、男爵。闇商業ギルドの運営を任されていたことが発覚。
・自宅の自室で死亡。
・数年前までうだつの上がらない男で酒を飲み、賭博に負け続けて首が回らない状況だった。七年前スポンサーからの資金援助によって闇商業ギルドやミステリーツアー、脱出ゲームなどのツアー関係の事業を始める。
・調べたところ、ミステリーツアーや脱出ゲームに参加したうち、年間単位で行方不明者が二十人以上を超えていることが判明。これは参加者に身内がいない、あるいは放蕩者だったことが多かったため、騎士団に捜索報告がなかったらしい。
・一人目の被害者から四人目の被害者まで、それぞれ薔薇のモチーフにした小物を押収。
・リチャードの娘ニーナは第三王子アンブロシウスとは別に、黒髪のヴァイオリニストと交際の裏が取れた。一連の事件の発端は、黒髪のヴァイオリニストではないか──。
(あるいはヴァイオリニストが彼らの計画を知って便乗しようと言いくるめていた……とか?)
「こうまとめていると、事の発端はリチャード男爵が闇商業ギルドの運営顕現を与えた所からだろうな。……そしておそらく」
「おそらく?」
「そのパトロン、あるいは支援者は人外貴族ではなく、野良か、魔界の人外でしょうね。それもかなり上位かつ頭が回る。黒髪のヴァイオリニストの正体もなんとなく見えてきたと思います」
ルーベルト様の言葉に、私は耳を疑う。
「え」
魔界の人外が、地上に干渉することなどできるのだろうか。魔王によって扉は封じられているはずだ。
魔界を牽制しつつ、地上の人外が暴走しないように手綱を引いているのが、人外魔族と教会の役割の一つで、教皇聖下と聖女の二柱を主軸に動いている。
聖女の活動拠点は王都で、聖都は教皇聖下が守っているのだ。聖女が存在し続ける限り、王都で人外が本来の力を発揮することはできない。許可証を持つ人外貴族も力の制限が常に掛かっているとか。
「考えたくはありませんが、人外魔族の中に魔界と繋がりを持ち、転移手段を確立した可能性にしたのかもしれません。あるいは、魔王様の目覚めが近いことで一時的に境界に緩みが出てしまった……とも考えられるかもしれません」
「そんな」
「なるほど。だとすると……」
イザークは何かに気付いたのか、私に視線を向けた。ジッと見つめられると何だか照れてしまうのだが、そんな雰囲気でもない。
「イザーク?」
「……だから、魔界の人外は双子を利用しようと考えたのか」
「あー、そうですね……」
(???)
イザークとルーベルト様はすでに、この一連の事件に関して何か感じ取っているようだ。私にはまったく分からず、置いてけぼりである。しかしそのままではまずい、慌てて話しに食いついていく。
「……えっと、双子の存在価値を変革するってやつ?」
「ああ」
「でも聖女と魔王様よりも確固たる信仰なんて……それこそ盤上をひっくり返すぐらいしか」
「それだ」
その鋭く低い言葉にドキリとした。
聖女と魔王様の信仰。それを取っ払うために必要なものは──?
「聖女を貶めるのは難しい。野良や魔界の人外がおいそれと会える人物ではないし、現実的じゃない。じゃあ、その一つ下の階級であり、国民にとって名誉のある存在、歌姫を標的にしたら、どうだ」
「あ」
思えば第三王子に因縁を着けられた所から、噂の広まり具合も含めて、いろいろ可笑しかった。
歌姫を排斥、あるいは権威を落とした後で、不祥事が起こる。あるいは──。
聖女の次に教会の象徴となる。
「お前を含めた歌姫を襲う、または行方不明にするなどで、弱体化させるつもりだったのだろうな」
「歌姫の歌は、魔王様への献上品でもありますからね。それが急に減れば、魔王が目覚めて地上に混沌が訪れると……魔界の人外は思っているのでしょう。彼らは遙か昔の世界しか知りませんし、自分都合で物事を捉える者たちですからね」
「(人外事情に疎いのは分かっていたけれど、物語のような遠い話だと思っていたわ)じゃあ、この国の歌姫が狙われるってことよね! 大変じゃない!」
「正確には《禍歌》の評価高い歌姫だな。……つまりだ、真っ先に狙われているのはメアリ、お前と言うことになる」
「え」




