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69話:3章 脱走トリック

台風が来てるので、帰省が1日繰り上げになりました。

予約投稿になります。

 リヴァイアサンを拘束し、騎士団詰所に突き出した段階で、わたしたちは晴れてお役御免となりました。

 フォレストベアの一行はあからさまにホッとした表情です。わたしたちも報酬を受け取り、詰所を後にします。

 リヴァイアサンは厳重に拘束され、今は地下牢に放り込まれているようです。

 常時見張りも付くようですし、今度はそう簡単には逃げられないでしょう。

 もっとも前回の逃亡劇も、手段の推測くらいは付いてますけどね。


「彼女、どうなるんだろう?」

「さあ? でも大した被害が出る前に捕まりましたし、そう重い刑にはならないと思いますよ?」


 少し心配気なジャックさんに軽く返しておきます。

 実際出た被害といえば、警備費用くらいのモノです。それも安穏として、警戒を怠ってるような金持ちの宝物ばかりを狙っていました。

 今回の件で、少しは厳重に……ふむ?


「案外、それが狙いだったのかも?」

「狙いってなによ?」

「ガードの甘い、いつ襲われてもおかしくない金持ち共に、警告を発することです」


 彼女が暴れまわったせいで、無防備なお宝にも警備が付くようになりました。

 彼女に狙われなかった人たちも、それっぽいモノを持っている人は警戒するようになりました。

 元々が大らかな漁村から発展したこの街は、警戒心と言うものが薄いので、むしろいい傾向を与えたといっていいでしょう。

 それにわたしたちも、イーグの自衛力に頼み、放任過ぎたかもしれません。


「まあ、結果論ではありますけどね」


 軽くステップを踏みながら、わたしは詰所から出て行きました。



 さて、唐突ですが付与について少しお話しましょう。

 武器や鎧を強化する付与魔術。一時的に効果を急激に上昇させるそれは、魔術師の腕がもっとも問われる分野でもあります。

 まあ、わたしは未完成品の穴を付き、限定的な永続性を持たせた魔道具を作っていますが。

 付与に使われる魔法は大別して5つ。

 頑強、強靭、鋭刃、加速、強化です。


 まず頑強について。

 言うまでも無く、素材的な硬度を上げる魔術です。

 刃が硬くなれば切れ味も増し、破損の心配も無くなります。鎧や盾に掛けることで、防御力を上げることだって可能です。

 最も使い勝手のいい付与と言えるでしょう。その分上昇効果は余り高くないといえますが。


 次に強靭。

 元々硬度ある物質に柔軟性と耐久性を付与する魔術です。

 『サードアイ』に付与しているのを見てもわかりますが、この魔術があれば、水晶ですら(しな)らせることが可能になるのです。

 また、撓ることで耐久性も増します。

 脆い鋼や水晶の剣もこれを掛けておくと、撓りを帯び凄まじい切れ味を発揮します。

 ですが、その微妙な感覚のズレを嫌う剣士の人も多いので、好みの分かれるところですね。

 皮鎧などは頑強よりも、こちらを掛けて強化した方がいいでしょう。


 次は鋭刃。

 付与中の付与と言える魔術です。

 刃物限定ですが、その切れ味を強化してしまう、実にオーソドックスな強化魔術です。

 わたしが掛けると、ただのナイフで竜の肉を切り裂くほどになります。

 難点は刃の付いてない武器、つまり槌鉾(メイス)戦槌(ウォーハンマー)という、比較的扱いやすい部類の武器に効果が無いことです。


 異色なのが加速です。

 これは武器の威力ではなく、武器を振る速度などを加速することで、結果的に大きな威力を発揮させる物です。

 単純な威力増強と言う点において、全種別の中でトップでしょう。

 ですが、急激な加速はバランスを崩す元になり、非常に癖のある使用感を与えてしまいます。

 その癖は致命的な隙を与えてしまうかもしれません。

 威力を追求した『クリーヴァ』や『改造鋼鉄矢』はこれを付与してあります。


 そして最後に強化。

 わたしの切り札である身体強化も、実はこの魔術の派生です。

 その効果は『対象の能力を強化する』です。

 武器の威力、鎧の防御力、果ては弓の反発力まで性能を強化するためのモノです。

 槌鉾や戦槌、弓などは、この魔術で底上げするしかないでしょう。

 ただし、強化できるのは一種類だけ。

 例えば籠手の防御力を強化した場合、その籠手で殴った攻撃のダメージは強化されません。

 融通の効かない魔術でもありますね。


 さて、わたしがなぜそんな基礎的なことを考えていたかと言うと。



 わたしたちが詰所から出たそのタイミングで、詰所の中から騒ぎが聞こえてきました。


「大変だ、リヴァイアサンが逃げたぞ!」

「またか!?」

「煙のように消えたんだ!」


 やはり……とはいえ早すぎますね。彼女は意外とせっかちです。

 もう少し後で逃げた方が安全なのに。やはり、これは意図してでしょう。


「やれやれ、戻りますか」

「戻る? 俺たちの仕事はもう終わったぜ」

「ま、アフターケアってヤツです」


 クルリを向きを変え、詰所の中に向かいます。

 騒然としてる騎士たちに地下牢へ案内するように頼みました。


「君たちか! 済まない、せっかく捕まえてもらったのに、この体たらく!」


 そこには、血の涙を流さんばかりに屈辱に震える騎士バイザックさんがいました。

 さすがに少し可哀想ですね。


「大丈夫です。まだ牢は開けてないですか?」

「あ、ああ。検証しないといけないからな」

「では案内してください。ひょっとすると、まだ()()()()()かもしれませんよ?」

「え?」


 牢から逃げ出す手段はいくつか考えました。


 ――まず一つ。わたしたちのように転移魔術を使用できる場合。

 ただし、これは可能性が薄いと言わざるを得ません。

 転移魔術は迷宮から持ち出した罠を元に、わたしとハスタールで開発した物です。

 いくら彼女が魔術の神才持ちと言っても、単独で開発は難しいでしょう。


 ――次に二つ目。光学系の魔術で姿を消した場合。

 魔術の効果で背後の光景を前面に投影するなどして、姿を隠す方法です。

 これも出来なくもないですが、実行は少々難しいでしょうね。光学系魔術で姿を消すのは簡単なのですが、移動すると魔術の処理が追いつかなくなります。

 つまり、ゆっくりとしか移動できないのです。

 牢を開け、扉をくぐり、騎士たちを避けつつ逃げ切るのは、かなり難易度が高いでしょう。


 ――そして最後。すなわち強化を自分に使った場合。


 地下の階段を降り、牢の前にやってきたわたしは、鍵の掛かったままの扉を確認します。

 鍵穴はこじ開けたような後はなく、やはり綺麗なままでした。

 格子越しに牢内を見渡しても、光学系魔術によく有る様な歪みは見当たりません。


「見事な物ですね」

「面目次第もない……」

「まあ、大丈夫でしょう。ちょっと魔術を使用しますよ?」


 そう言って返答を待たずに熱球の魔術を牢内に作り出します。

 設定温度はだいたい百度。ちょっとしたサウナですね。

 わたしたちは牢の前に椅子を置いて、バルザックさんと冷たいお茶を飲むことにします。


「あの……これは?」

「ユーリ、一体何してんだ?」

「バルザックさんもジャックさんも、まあ慌てないでください。わたしの推測が正しければ、彼女はまだ中にいます」

「なんだと!?」


 そう、転移でも光学系でもない可能性が彼女にはあります。

 すなわち――


「認識阻害ギフトを強化した場合です」

「ギフトの強化!?」

「強化の魔術が伸ばせる能力は一つだけ。その一つにギフトを指定した場合はどうでしょう? 彼女の認識阻害は更に強くなり、表情だけでなく、存在すら認識できなくなるとしたら?」

「そんなことが可能なのか?」

「ギフトは単独でも充分強力です。それを更に強く、とは余り考えないでしょうね」

「だが彼女のギフトは封じていたはず」

「魔術の神才持ちですよ? その気になれば、解除なんていつでもできるでしょう」


 ギフトを封じてる足枷も、魔術を封じてるわけでは無いので、いつでも切り離せるはず。

 そしてギフトを強化すれば、行動に制限が掛かること無く『見えなくなる』ことが可能です。

 もっとも、わたしほど能力に偏りのない彼女の魔力では、精々が持って十分程度でしょうが、それだけあれば彼女なら鍵を開けることも可能でしょう。

 さすがに騎士たちが注視してる中で鍵開けは出来なかったでしょうから、まだ隠れているはずです。


「戦場暮らしの長いハスタールが身体強化を産み出したように、彼女もギフト強化を編み出したとしても、おかしくありません」

「そこまでわかってるなら、焼かんといてーな!?」


 不意に部屋の隅に汗をダラダラ流してるレヴィさんが現れました。

 服が汗で張り付いて、少しせくしぃです。


「こんばんわ、レヴィさん。火球を撃ち込まなかっただけでも良心的だと思うのです」

「ううぅ、オークの体液といい、熱球蒸し焼きの刑といい、ユーリちゃんはえげつないで」

「発情状態で奴隷商人に売り渡さないだけ、人道的ですよ?」

「鬼畜やん!?」

「本当の地獄はそんな物じゃないですよ……」


 床下に埋められて、死んで生き返ってを繰り返せば、奴隷商に売られるなんてまだマシです。

 わたしは(くら)い、底の見えないような瞳で彼女を睨みました。

 五年前を思い出すとできる……死んだ魚のような、鮫のようなその瞳は、洒落にならない迫力があるとハスタールも太鼓判を押してくれました。

 さて、今はそんなことよりも。


「バルザックさん。少しお願いがあるのですが?」

「な、なんだい」

「彼女の身柄。わたしに預けてもらうことはできませんか?」

「は?」

「どうやら彼女、わたしにお話があるようです。一連の騒ぎも関連してるかもしれませんし」

「……そこまでお見通しかぃ」


 盗む気のない予告状と言動。わたしたちが立ち去るのを待たずに脱獄を謀ろうとするその行動。まるで矛盾だらけです。


「さすがにそれは私の一存では……」

「そうでしょうね。では上司の方に掛けあってもらえませんか? 『風の賢者の後継者』ユーリ・アルバインが彼女の身柄を欲していると」

「なっ、君が!?」

「賢者と言うと、歳を取ったお爺さんやお婆ちゃんを思い浮かべる人が多いので、なかなかわたしにはイメージが繋がらないようですね」

「ああ、先代は妻を娶って跡を継がせたと聞いていたから、もっと妙齢の美女かと!」

「ほっといてくださいよ! どうせロリですよ!?」


 しかもエターナルですよ!

 夢も希望もロマンもない絶壁のままですよ!?


「あ、いや。うんまあ彼女については掛け合ってみる。多分大丈夫だと思うよ」

「そりゃそうでしょうね。存在を隠せる囚人なんて管理できませんし」

「そういうわけだから、君も隠れないで待っていてくれたまえよ?」

「あー、解放してくれるんやったら、いくらでも待つでぇ」



 彼女が解放されたのは、なんと翌朝でした。

 よほど相手にしたくないと思われていたのですね。


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