42話:2章 師匠の告白
食堂……というより、もうレストランですね、ここは。
こちらは高級レストラン的な運営で利益を出しているようです。
席に着くと、ウェイターが注文を取りに来てくれました。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「ランチのコースを。彼女と二人分頼む」
「かしこまりました。牛肉と魚のメニューがございますが、どちらに致しましょう」
「牛肉!? 魚!?」
ちょっと驚きの声をあげてしまいました。そういえばここ数年、お魚は川魚しか食べていません。
お肉も基本的には、猪、熊、蛇、鳥、ケラトスと言った害獣ばかりだったような。豚肉は店で購入できましたが。
「う、牛を食べられるのは久し振りかもしれません……でも、お魚も捨てがたい」
「はぁ、彼女には肉を、わたしには魚のコースを頼む」
「えー、お魚も食べたいです」
「分けてあげるから、私にも肉を少し回すように」
「ラジャーです!」
やってきた料理をお互いに食べさせたりしながら、ランチを堪能しました。
師匠は食後にちょっと高めな蒸留酒とか瓶ごと頼んで、楽しんでます。村では濁った地酒くらいしか無かったのです。
マレバでは蒸留酒を始めとする『澄んだ』お酒は高級品で、山に住む師匠の口には滅多に入りませんでした。
注文も多いので、グスターさんは公平を期すために師匠の予約を却下していたからです。後、本人が楽しむ分は別でしたが。
「けぷ。もうお腹一杯です」
「そりゃ、デザートを二人分貪ればそうなるだろう」
「女の子のお腹は、デザートが入る場所は別にあるのですよ?」
お行儀悪く、小さくゲップしたりしながらお腹をさすります。さすがに食べ過ぎましたか。
でも、手の込んだ氷菓子とか出てきたら、そりゃ有頂天にもなります。生前だって甘い物は結構好きでしたし。
「ユーリも飲むか?」
「遠慮します。潰れるので」
「状況適応で分解できるだろう?」
「それだと酔うことすらできませんよ。意味ないです」
アルコールだって問答無用で分解しちゃうんですよ。しかもわたしは、酔う為にギフトを解除すると、マッハの勢いで酔い潰れてしまうんです。
「便利なようで不便な能力だなぁ」
「仕様です」
キリッとした表情で返して置きます。デザートでパンパンになったお腹がちょっと無様ですが。
「それはそれとして、ちょっと食べ過ぎたので、先に部屋に戻って休んでてもいいです?」
「かまわんよ。私もこれを開けてから帰るから」
「真昼間から一瓶空けるつもりですか、師匠ぉ」
なんと言うか、ダメな大人的発言をする師匠にジットリした視線をプレゼントです。
羽目が外れすぎてないですかぁ?
「ま、旅が長かったからな。会計は後で済ましておくから、先に帰って休んでおきなさい」
鼻歌交じりでお代わりを注ぐ師匠。あまりお酒を飲むタイプじゃ無かったので、今日はよほど機嫌がよいのでしょう。
部屋に残したイーグの様子も気になるし、わたしは先に戻るとします。
「ではわたしはお先に。師匠は飲み過ぎないでくださいねっ」
「はいはい」
腰に手を当ててプンスカと言う様子で注意するわたしを、師匠が軽くあしらいます。
店の人まで微笑ましそうに見てるのは、やめてくださいません?
部屋に戻ると、凄まじい惨状でした。
いや、別に部屋が荒らされてるとか、そういう意味じゃなくて、イーグが。
湯船に浸かって、額にタオルを乗せ、コップで水をがぶ飲みするドラゴンとか初めて見ました。
「い、意外と芸達者な子だったのですね、イーグ……」
「ウギュ~」
「というか、どれだけ入ってるつもりですか? 熱くないですか? まあ、ブレスの温度に比べれば水みたいな物なんでしょうけど」
「がっふがっふがっふ」
「その水はドコから……いや、いいです。しかしこの調子ではここは使えませんね」
器用に水差しを咥えてラッパ飲みするドラゴンも、初めて見ましたよ。用意したコップの立場がないじゃないですか。この子はなんだか、常識外な方向に育っているようです。
それにしても、ここが使えないとなると、露天風呂に行くべきでしょうか?
確かここの露天風呂は混浴で……女性の身の端くれとしては、かなり覚悟が要ります。
他の人がいたりしたら、ちょっと怖いですけど。それに、師匠が入ってきたりしないですかね?
「いや、師匠は今食堂でお酒飲んでますし。というか、一緒にお風呂は大目標にしてたはずっ」
握り拳で気合を入れてみましたが、でもやはり恥ずかしさはあります。自覚が生まれましたし。だから。
「……タオルは大きめのモノを持っていきますかね?」
と、微妙なラインの妥協案を実行することにしました。
ガラリ、とこの世界には珍しい引き戸を、思い切り良く開けます。
扉の向こうは湯気が煙り、あっという間に封魔鏡が曇ってしまいました。
視界が限りなくゼロになった訳ですが、これ外すわけには行きません。誰か入ってたりしたら大惨事になってしまいます。
眼鏡が外れないように、タオルの端でキュッと一拭きして視界を確保。よし、誰もいませんね。
「ふぅ、無駄に緊張してしまいました。これだから庵の外は」
ざっと見渡すとプール並の広さのある大浴場。岩がゴツゴツと剥き出しになっており、いい雰囲気です。
浴場の真ん中にある岩からは、彫刻が掘られ……あれは……小便小僧?
「神様、絶対ここと元の世界って繋がりあるでしょう? つーか、小便小僧から大量のお湯が迸る風景って、こう……ねぇ?」
中央の小便小僧さんは、だばだばと豊富な湯を浴槽にぶち撒けています。このデザインを考えた人、出て来い!
いや、とにかく……アレは見なかったことにして。
「そう、問題はお湯加減なのですよ。給湯口じゃなく」
掛湯をして体を流し、タオルを使って髪をまとめます。
その代わり、身体が剥き出しになってしまう訳ですが、もう五年も付き合ってるので興奮したりしませんよ?
「なんせツルペタンですからねぇ。もしグラマーな身体だったら、一人遊びも捗るんでしょうけど」
汗と埃を流してから湯船に浸かると、熱めのお湯が染み入るような心地になります。
「んふぅ、これは効きますねぇ。イーグの気持ちがわかる気がします」
多分今のわたしは、世の人にはお見せできない表情をしているでしょう。
ぶっちゃけ気持ちいいです。これはヤバイ。師匠の膝に匹敵するのです。
そんな蕩けきった、隙だらけの状態の時に――ガラリと、仕切り戸が開いて……師匠が入ってきたのです。
「ふぉあ!? しししし師匠、なんすかいきなりっ!」
「おう、ユーリも入っていたのかぁ。邪魔するぞぉ」
「わたし入ってるんですよ! 遠慮してください」
「ここ、混浴だろう?」
「……なんか語尾が長いです。酔ってますね?」
「おう、いささかな」
よく見ると顔も真っ赤です。そんな状態でお風呂に入って大丈夫ですか?
「ああ、もう! 待ってください、湯船にはいるのは身体を流してからで……」
「すまんなぁ」
師匠の手を引っ張って、洗い場に連れて行きます。
うう、ブランブランしてるですよ……なにがって? ナニがです。
「ついでだから身体も洗っちゃいましょう。いいですね?」
「今日は気が利くじゃないか」
師匠を椅子に座らせ、タオル……師匠持ってきてませんね? 仕方ないので頭に巻いたのを解いて、使います。
お湯で一頻り流して、石鹸を泡立て、背中を洗います。
「ユーリは力が無いから、こそばゆいな。でも気持ちイイぞ」
「……それは良かったです」
その、身体を洗うのはラーホンで慣れていたのですが、お互い裸というのはちょっと。以前のイタズラが脳裏を過ぎりますし。
それに色々と覚悟とか、出来てませんので。
――か、会話! 会話で気分を誤魔化すデス!
「こんなに酔ってるのに、なぜお風呂にきたんです?」
「んん? ソカリスに来たら温泉だろう?」
「そんな単純な。酔ってる時にお湯に浸かると危ないんですよ」
「それに、ユーリもいるだろうと思ってな」
「へ?」
つ、つまり……このシチュエーションは師匠が狙って作り出したということですか?
わたしと一緒にお風呂を? 師匠が望んで?
「なぜ、そんな真似を?」
「お前が心配だったんだよ、ユーリ」
「ここ、宿屋ですよ。危険なんてないでしょう」
「変な奴に付きまとわれてるんだろう?」
「う……でも、出入りは宿の人がちゃんと見張ってますよ?」
「じゃあ、素直に言おう。一緒に入りたかったんだ。お前が好きだから」
「ふぁ!?」
い、今なんて言いましたか? 聞き間違いとか……いや、きっと家族間の感情のアレやコレやですよ。
フフフ、勘違いとかしないですよ?
そんな風に自己完結していると、師匠はわたしを少し乱暴に抱き寄せました。
背後にいたわたしは、師匠の脇から絡みつくような格好で抱き竦められます。
「もう一度言うぞ、ユーリ。俺は、お前を愛している」
師匠が……自分のことを『俺』って言うくらいテンパってるのは、わかりました。
あれほど自分が望んでいた言葉です。嬉しくないわけがありません。
わたしは、師匠の身体を抱き返し、涙を流しました。
「わたし、で……いいんですか?」
「お前がいいんだ、ユーリ」
「わたし、子供ですよ?」
「こないだ十五になっただろう」
この世界では、十五で成人扱いされます。そういう意味では、わたしはもう大人扱いです。
「その、エッチとかできませんよ? 神器の効果で」
「この『指輪』があれば、なんとかなる」
「子供産めません」
「養子をもらえばいいさ。なんだったらアレクを養子に取るか?」
「それは勘弁してください」
冗談めかした様子の師匠。ですが、抱きしめる腕の力はさらに強く……まるで逃がさないと言わんばかりに強く抱きしめてきます。
顔を上げると、不安そうな表情。いつも余裕綽々な師匠にしては珍しい。
――なぜそんな不安そうな……?
「それで、な……返事は、くれないのか? それともこんな年寄りは嫌か?」
「……あ、そんな! 嫌なんかじゃ……ありません」
そう応えて身体を入れ替え、師匠の膝に乗る形で抱き合います。
首に腕を絡め、顔を寄せ――
「こんなわたしでいいのなら――喜んで」
溜め息のような微かな声で、わたしは申し出を受諾しました。
その後、初めて男女としての口付けを交わし――
「初めてがお風呂場ってどうなんでしょうね、師匠?」
「勢いが止まらなかったんだ」
あっさり目ですが、2章のクライマックスです。




