106話:5章 攻勢
103話の続きです。全編ハスタール視点です。
スピード感ある戦闘って難しい……
◇◆◇◆◇
轟音を立てて飛来する炎弾。
直撃すれば、俺も即死は免れないだろう。
だから、左手をかざした。最悪のケースでも腕一本で済ませるために。
「――頼むぞ、ユーリ!」
あまりにも巨大な炎弾の火力に『獣王の爪』の止め具が溶け崩れ、武装が弾け飛ぶ。
だが、俺の左手はまだ健在だった。
――水蔦のグローブ。
以前手に入れて、魔王によって破壊された『水蔦のマント』を、ユーリがグローブに再生させた品だ。
強靭が付与されたそれは、余りにも硬すぎて負担の大きかった獣王の爪の衝撃を緩和してくれる。
そして、元来アイテムが保持していた炎耐性を、更に二重掛けした結果発生した、炎完全耐性。
炎弾の炸裂した衝撃は無理でも、炎の熱量は完全に防げるはず!
「く……おぉぉぉぉぁぁぁぁっ!!」
かざした手が結界の如く炎を防ぐ。
指の隙間から漏れた炎が、まるでシャワーのように拡散した。
ズドン、という地震の様な衝撃。だが俺はまだ無事だ――なら、動け……行け!
炎と衝撃の余波を掻き分けるように、吸血鬼のいた方向に駆ける。
炎幕の先には自分の魔術で視界を奪われた吸血鬼がいた。
――自分の術で見失うとか、初心者か!
突然目の前に飛び出した俺に驚愕の表情を浮かべる吸血鬼。
その顔面に向けて、残った右の獣王の爪を叩き込む。
「があぁぁぁ!」
顔面の左側半分を削られ、もんどり打って地に転がる吸血鬼。
そこへ更に蹴りを撃ち込み、追撃。
今度は逃がさないように、服の一部を掴んで引き摺り倒す。
そのままマウントポジションを取ろうとするが、そこは吸血鬼。怪力に任せて跳ね飛ばされてしまう。
「……ち、なかなか決定打を打たせてはくれんか」
態勢を立て直し、再度向き直った時には顔の傷はすでに大半が消えていた。
やはり吸血鬼は、再生力を如何に封じるかになってくるか。
「よくもやってくれたね……」
「それはこっちのセリフだな」
「だが、それがアンタの限界だよ。わたしには物理的なダメージは通じないからね」
「そのようだ。吸血鬼を相手にするのは初めてだが、本当に効いてないんだな」
ダメージは与えてないわけじゃない、が瞬時に再生されて、無かったことにされてしまう。
これでは、こちらの体力が先に尽きるだろう。
「今更後悔しても遅いよ。アンタの血は一滴残らず吸い尽くしてやる!」
「やってみろ」
「強がっても無駄だよ、アンタの攻撃は通じない」
「そうかな?」
そういえばコイツ、俺が魔術を使うところははっきり見たことが無いのか?
五年前に一度使っただけだからな。まあ、わざわざ教えてやる義理も無い。
「試してみたいなら――」
「何度も好きにさせるものか!」
こちらの言葉をぶった切って、吸血鬼が肉薄する。かなり余裕を失ってきたようだ。
さすがの身体能力で、その速さに魔術を展開する余裕はない。
だが早い動きをする敵は何度も相手したことがある。対処の方法は身に染み付いている。
「死になさい!」
「断ると言ったはずだ!」
襲い掛かる爪を躱し、懐に潜りこむ。振りぬいて体勢が不安定になった所を狙って、投げ、転ばす。
地面に転がして逃げられなくなったところに、風刃をぶち込む。
皮膚は削れる。
肉も抉れる。
だが筋肉となると、風の刃を受け止めてしまう。
この筋肉の強靭さこそ、吸血鬼の頑強さと怪力の源なのだろう。
皮膚を裂き脂肪を抉り、首を落とすために何度も喉元に風刃を撃ち込む。
「ごふっ、この……調子に、乗るなぁ!」
「――ぐっ!?」
吸血鬼が放ったのは魔術でもなんでもない、何の制御もされていない魔力。
本来、属性も指向性も持たないそれは、何の威力も持たないはず。
だが圧倒的魔力量によって放たれたそれは、物理的な力すら伴って俺を押し退けた。
「くそっ!」
再び格闘戦の間合いから突き放された。
今度は魔術を放ってこない。俺が魔術も扱えることを知ったからだろう。
「魔術まで使えたとはね……侮ってたよ」
「隠していたつもりは無い。そっちが早合点しただけだ」
さすがに魔術による攻撃なので、傷の治りは遅い。爪で攻撃した時は、すでに回復されていたと言うのに、まだ喉から血を流している。
魔術の攻撃は有効なようだが、如何せん風刃では浅い。
上位の風塵を使えばもっと深手を負わせることは可能だろうが、動きの早いあの相手に当てられるかどうか。
それに攻撃範囲もかなり広いから、下手をすれば自分が巻き込まれる。
不死だから死ぬことは無いが、自分だけ死んで相手は生き残ったなんて状況になると、先に行った連中の背中が狙われることになる。
「……やはり、ここで仕留めておく必要があるな」
「ふん、ちょっと傷を入れたくらいで、もう勝ったつもりかい? 残念だけど、私はまだまだ元気よ」
「ならば、一息に殺すとしよう」
俺は腰を落として、迎撃の態勢を取る。
さっきのように向こうから踏み込んでこられるのは余り良い状況じゃないが、幸いにして相手は近接戦も素人丸出しだ。
こちらが迎撃の態勢を取ったことで、逆に相手は踏み込むことに躊躇を覚える。
「フン、だったら!」
吸血鬼は両手をこれ見よがしに翳し、氷剣を起動。頭上に作られた氷の剣は、まるで槍と言っていいレベルだった。
それを力任せに投擲。術式に追尾や幻惑する為の改造はされていない。
やはり術式も戦術もまだ甘い。自身の能力に奢り力押しで勝ち続けてきたがゆえの、未熟さ。
「喰らいな!」
「いつまでも力任せの術が通じると思うな!」
飛来する氷剣の軌道上、僅かに左にずらして風弾の魔術を生成。右側に指向性を持たせて、風弾を破裂させた。
破裂の余波で氷剣の軌道が逸れて、俺の右側の空間を薙ぎ払う。
自らの魔術が受け流されたことに驚愕する吸血鬼。
「なにっ!?」
「その程度で驚いてていいのか? まだ続きはあるぞ!」
更に今度は俺が踏み込む。
前方の空間は風弾によって空気が大幅に弾き出され、気圧が低い。そこに吹き込む大量の風に乗るように、一気に加速。
抵抗の薄い前方の空気と、そこに吹き込む後方から背を押す風。その二つが俺の身体を更に加速させる。
先程までの俺の速さに慣れた吸血鬼は、完全に不意を突かれていた。
一気に間合いを詰めて、用意していた切り札の魔術を起動。
「――蒸着」
合言葉によって、起動した転移。
次の瞬間、俺の手の中には 自宅から転送されたアグニブレイズが握られていた。
アグニブレイズに押し出される様に弾け飛ぶ、獣王の爪。
「点火――!」
キーワードに反応して、斧全体から炎が噴き出す。
本来ならこの炎は俺の手を完全に焼き焦がすが……再生された水蔦装備が炎を防ぎきる。コイツをグローブに加工したユーリの発想に感謝だ。
炎を纏った大戦斧、コイツなら貴様の首も刈れるだろう。
「この……っ!?」
しかし相手もさすがに吸血鬼。驚愕からすぐさま抜け出し、首元に薙ぎ払われた炎の刃を跳躍して躱そうとする。
だが、僅かに間に合わず、逆に跳び退った事で刃は胸元を抉り、骨を砕く感触を手に残した。
致命傷は避けられたが、大きなダメージは与えた手応え。行ける!
「がはっ、キサマ――その武器っ!?」
その特性から、魔王しか使えないと判断されたアグニブレイズ。
だが残念ながら、俺もユーリも魔術師だ。
「俺は魔術師だ……足りない部分を魔術で補うのが本職なんだよ!」
更に今度は身体強化を発動。
『竜の血』を獲た事で使う機会がめっきり減ってはいるが、本来この魔術は俺の十八番だ。
それにこの身体強化には維持の式を組み込むことで、起動中でも別の術式を行使できるように改造してある。
これで俺もユーリのように、高速機動しつつ魔術を使えるようになる。
その分魔力消費も、一般人には使えない程桁外れになっているが、俺の魔力は『竜の血』と『心臓』の効果で跳ね上がっているから、今は問題ない。
苦痛と無理な跳躍でバランスを崩している吸血鬼に追い縋り、再度炎斧を振るう。
体勢を崩しながらも爪を伸ばし、刃を受け止めようと動く吸血鬼。
いつもなら受け止められて終わりだっただろう、しかし――
「風弾!」
斧の背に向けて風弾を放って加速。
指向性を持った風の後押しを受けて、斧刃が急激に速度を上げる。無茶な加速に右肩と手首に負担を感じるが……無視!
身体強化の剛力と、風弾による加速。さらには吹き込む風が炎を煽り、灼熱の刃と化して爪を切り落とす。
炎斧は止まらず、そのまま吸血鬼クラウディアの首を――刎ね飛ばした。
ゴム毬の様に跳ね、地に転がった吸血鬼の首。
さすがに首の再生は不可能だろう。そう判断して俺は大きく息を吐く。
「……はぁ、全くしぶとい連中だ」
「その言葉、そっくりそのまま返すよ。ボウヤ」
地面から聞こえる声。多少しゃがれてはいるが……吸血鬼か。
まだ息があるとは驚きだ。
「まだ生きているのか」
「残念ながらね。もっとも首を落とされちゃ、長くは無いね」
「安心しろ。すぐにトドメを刺してやる」
「まぁ、落ち着きなって。どうせもう死ぬ。それより……まったく次から次へ、ややこしい手を思いついて……これだから人間は嫌いなんだ」
「創意と工夫こそが人間の本質だからな」
その点において、俺はユーリに遠く及ばない。
「だから私は陛下に惚れたんだよ。あの人はシンプルさ……良くも悪くもね」
「フン、そういうのの裏をかくのは俺の嫁の得意とするところだ」
「アンタの嫁はどれだけずる賢いんだよ……」
見抜く能力、対応する能力。魔力馬鹿なだけでは『賢者』は名乗れない。
それに、力だけの輩をあしらうのなんてのは、見ての通りだ。
吸血鬼の頑強さが無ければ、この戦いももっと早くに済んでいただろう。
「まあいいさ……最後の最後に、面白い、戦いが……できたよ」
「逝くか?」
「ああ」
「……すぐに、お前の主も送ってやる」
「ハハッ、そいつぁ……いいねぇ。期待、して……待って、るよ……」
その言葉を最後に、吸血鬼クラウディアは塵と化した。
「さて、少し時間が掛かったが……後を追うとする、か……」
階段に向き直った所で、眩暈を感じる。
この感触は魔力切れだ。新型の身体強化の消耗が激しい。それと無理な高速機動による身体への負担か。
俺は床に膝をついて呼吸を整える。だが、いつまで経っても呼吸が落ち着かない。
貧血のように、目の前が暗くなって意識が朦朧としだす。
「まずい、これ……ユーリが言ってた、『ブラックアウト』って、ヤツか?」
最後の加速で、頭の中の血液が前から後ろに偏ってしまったのだろう。あのまま戦闘が続いていたら危なかった。
脳の血管が破裂しなかったのは幸運だったか?
余程の無茶を行った。その自覚が出ると同時に、身体中から痛みを訴えてくる。
特に足首と右肩、それと右手首の痛みが酷い。最後の強引な加速の代償だ。
「すまん、ユーリ……少し、遅れそうだ」
俺はそのまま、床に崩れ落ちた。
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