第13話「ライバル登場」
工房の前に、長い行列ができていた。
弟子募集の張り紙を出してから三日。応募者は予想を遥かに超える数になった。
「すごい人数ですね…」
エミリアが窓から外を見て驚いている。
「ああ。でも、全員を採用するわけにはいかない」
俺は面接用のノートを開いた。今日一日で、二十人以上と話をする予定だ。
「品質へのこだわりを理解してくれる人だけを選ぼう」
「はい」
ルーカスが真剣な顔で頷いた。
「じゃあ、最初の人を呼んでくれ」
最初の応募者は、三十代くらいの男性だった。
「失礼します。ロバートと申します」
「どうぞ、座ってください。まず、なぜ錬金術師になりたいのか教えてください」
「はい。実は、前職が薬草商でして…」
ロバートは落ち着いた口調で話し始めた。
「でも、商売が上手くいかなくて。それで、錬金術師なら儲かるんじゃないかと思いまして」
「儲かるから、ですか」
俺は眉をひそめた。
「はい。この街で一番人気のポーションですし、需要もありますよね」
「確かに需要はあります。でも、うちは品質を最優先にしているんです」
「品質ですか…まあ、そこそこの品質なら大丈夫でしょう」
そこそこ?
「すみません、ロバートさん。うちには合わないと思います」
「え?」
「品質は『そこそこ』じゃダメなんです。最高を目指さないと」
ロバートは不満そうな顔をしたが、何も言わずに帰っていった。
二人目は若い女性だった。
「マリアと申します。よろしくお願いします」
「よろしく。マリアさんは、なぜ錬金術を学びたいんですか?」
「はい。実は、幼い頃から薬に興味があって…」
マリアは目を輝かせながら話した。
「病気で苦しんでいる人を助けたいんです。だから、良いポーションを作れるようになりたくて」
良い動機だ。
「でも、正直に言うと…」
マリアは少し恥ずかしそうに続けた。
「私、あまり器用じゃないんです。手先も不器用だし、計算も苦手で…」
「それは問題ないですよ」
俺は微笑んだ。
「器用さは練習で身につきます。計算も、やり方を教えれば大丈夫です」
「本当ですか?」
「ええ。大事なのは、真面目に取り組む姿勢です」
マリアの顔が明るくなった。
「頑張ります!」
「では、一週間の試用期間を設けます。それで判断しましょう」
「ありがとうございます!」
昼過ぎ、面接は続いていた。
「次の方、どうぞ」
扉が開き、入ってきたのは——
「失礼します」
見覚えのある顔だった。
「君は…」
「覚えていますか?王都のギルドで、同期だったマルクスです」
マルクス!
あの時、追放される俺に唯一優しい言葉をかけてくれた人物だ。
「どうしてここに?」
「実は…俺も、王都のギルドを辞めたんです」
マルクスは苦笑した。
「アレンが追放された後、ギルドの雰囲気がどんどん悪くなって。新しいことを試そうとすると、すぐに否定される。そんな場所にいても、成長できないと思ったんです」
「そうだったのか…」
「それで、アレンの噂を聞いて。ここなら、本当の錬金術が学べるんじゃないかと思って来ました」
マルクスは真剣な目で俺を見た。
「弟子にしてください」
「マルクス、君は王都で三年修行したんだよな」
「はい。でも、正直言って…あそこで学んだことは、ほとんど役に立たないと思ってます」
「どういうことだ?」
「経験と勘ばかりで、理論がない。なぜその温度なのか、なぜその分量なのか、誰も説明できない」
マルクスは悔しそうに言った。
「でも、アレンは違った。いつも『なぜ』を考えてた。データを取って、分析して、改善して」
「覚えててくれたんだな」
「ああ。正直、当時は面倒くさいと思ってた。でも、今なら分かる。アレンのやり方が正しかったんだって」
マルクスは深々と頭を下げた。
「俺を、一から教えてください」
その日の夕方、面接は全て終わった。
「疲れたな…」
椅子に座り込む俺の隣で、エミリアとルーカスが応募者リストを見ていた。
「二十三人も来ましたね」
「でも、採用できそうなのは…」
ルーカスが指を折って数える。
「マリアさん、トーマスさん、それからマルクスさん。三人ですね」
「うん。あとは…」
その時、工房の扉が開いた。
「失礼します」
入ってきたのは、見知らぬ男性だった。四十代くらいだろうか。立派な服を着ている。
「遅れて申し訳ありません。面接はまだ受け付けていますか?」
「え、ええ…どうぞ」
男性は椅子に座り、名刺を差し出した。
「私はダニエル・グレイと申します。王都で錬金術店を経営しております」
王都で店を?
「実は、貴方の評判を聞いて参りました」
ダニエルは真剣な顔で言った。
「弟子にしてほしい、というわけではないのです」
「では?」
「技術提携をしたいのです」
ダニエルの話はこうだった。
彼は王都で小さな錬金術店を経営している。しかし、最近は大手ギルドに押されて経営が苦しい。
「品質で勝負したい。でも、うちには技術がない」
「それで、俺のところに?」
「はい。貴方の製造方法を学ばせていただきたい。もちろん、相応の対価は支払います」
ダニエルは懐から袋を取り出した。
「これは前金です。金貨十枚」
金貨十枚!
それは銀貨千枚分。かなりの金額だ。
「ダニエルさん、一つ聞いてもいいですか」
「どうぞ」
「なぜ、そこまでして品質にこだわるんですか?」
ダニエルは少し考えてから答えた。
「私の娘がね、冒険者なんです」
「娘さんが?」
「ええ。で、あるダンジョンで重傷を負って…その時、粗悪なポーションを使ったせいで、傷の治りが遅かったんです」
ダニエルの顔が曇る。
「幸い、娘は助かりました。でも、あの時思ったんです。もっと良いポーションがあれば、こんなことにはならなかったと」
「なるほど…」
「だから、私は品質の高いポーションを作りたい。娘のような冒険者を、一人でも救いたいんです」
ダニエルの目に、嘘はなかった。
「分かりました。技術提携を受け入れます」
「本当ですか!」
ダニエルの顔が明るくなった。
「ただし、条件があります」
「何でしょう?」
「学んだ技術を、さらに他の錬金術師にも広めてください」
「え?」
ダニエルは驚いた顔をした。
「それでは、貴方にとって不利なのでは?」
「いいえ。業界全体のレベルが上がることが、俺の目標なんです」
俺は微笑んだ。
「ライバルが増えても構いません。むしろ、それが健全な競争を生むと思います」
「…なるほど」
ダニエルは感心したように頷いた。
「分かりました。その条件で、お願いします」
その夜、工房で四人が集まった。
エミリア、ルーカス、そして新しく採用が決まったマリアとマルクス。
「明日から、君たち二人も加わる。よろしく頼む」
「よろしくお願いします」
マリアとマルクスが頭を下げた。
「まず、基礎から教える。温度管理、計量、記録のつけ方」
「はい」
「エミリアとルーカスが先輩だ。分からないことがあれば、遠慮なく聞いてくれ」
「はい、任せてください」
ルーカスが力強く答えた。
「それと、来週からダニエルさんも来る。彼は経営者だから、少し違う視点で学ぶことになる」
俺はノートに新しい教育計画を書き込んだ。
五人体制。これなら、月に千本も夢じゃない。
でも、問題は品質だ。
「全員が、俺と同じレベルのポーションを作れるようになるまで、油断はできない」
翌朝、工房は活気に満ちていた。
「おはようございます、師匠!」
マリアが元気よく挨拶してきた。
「おはよう。今日は温度計の使い方から教えるよ」
「はい!」
隣では、マルクスがエミリアから薬草の選別方法を学んでいる。
「なるほど…葉の色だけじゃなくて、触感も重要なんですね」
「はい。この柔らかさが、新鮮な証拠です」
ルーカスは新しく入った二人に、製造マニュアルを説明している。
「この手順を守れば、誰でも同じ品質のポーションが作れます」
みんな、真剣な顔で学んでいる。
「良い雰囲気だな」
その時、工房の扉が開いた。
「おはようございます」
入ってきたのは、リリアだった。
「おはよう、リリア。今日は早いな」
「うん!今日は大事な依頼があるから、ポーションを多めに買いに来たの」
「そうか。今日は在庫があるよ」
リリアが工房の中を見回す。
「わあ、人が増えてる!」
「ああ。昨日から、新しい弟子が二人加わったんだ」
「すごい!アレンさんの工房、どんどん大きくなってるね」
リリアは嬉しそうに笑った。
「でも、無理しないでね。アレンさん、最近疲れてるでしょ?」
「え?」
「顔に出てるよ。ちゃんと休まないと」
リリアは心配そうに俺を見た。
「…ありがとう。気をつけるよ」
「うん。アレンさんが倒れたら、みんな困るからね」
彼女は満面の笑みでポーションを受け取り、また冒険者ギルドへ向かっていった。
昼過ぎ、工房に来客があった。
「失礼します」
入ってきたのは、見覚えのある商人——マーティンだった。
「マーティンさん、どうしました?」
「実は、良い知らせと悪い知らせがありまして」
「悪い知らせ?」
「ええ。実は、隣街に新しい錬金術店ができたんです」
「それは…別に構いませんが」
「問題は、その店がアレンさんの真似をしているということです」
「真似?」
「はい。『高品質・低価格』を謳っていて、しかも価格をさらに下げているんです」
マーティンは困った顔をした。
「銀貨1枚で、下級回復ポーションを売っているそうです」
銀貨1枚?
俺の半額じゃないか。
「品質は…どうなんです?」
「それが…正直、良くないみたいです。効果がバラバラで、クレームも出ているとか」
「なるほど…」
俺は少し考えた。
「マーティンさん、それは問題ないと思います」
「え?」
「粗悪品は、いずれ淘汰されます。品質が悪ければ、客は離れていく」
俺は微笑んだ。
「俺たちは、品質で勝負し続ければいいんです」
「…そうですね」
マーティンは安堵の表情を浮かべた。
「では、良い知らせを。実は、王都の大手商会から、取引の申し込みがありました」
「王都の大手商会?」
「ええ。ギルバート商会よりもさらに大きな、『シルバーリーフ商会』です」
それは…すごい話だ。
「でも、ギルバートさんとの契約がありますから」
「もちろん、承知しております。ギルバート様にも既にお話しされています」
「そうなんですか」
「はい。ギルバート様は、『アレン君が納得するなら、私は構わない』とおっしゃっていました」
さすがギルバートさんだ。
「分かりました。詳しい話を聞いてから、判断します」
「ありがとうございます」
その夜、五人で今日の振り返りをした。
「今日はどうだった?」
「はい。温度管理が思ったより難しいですね」
マリアが苦笑した。
「でも、楽しいです。ちゃんと理由が分かるから」
「俺も同じです」
マルクスが言った。
「王都では、『こうするもんだ』としか教わらなかった。でも、ここでは『なぜ』を教えてくれる」
「それが大事なんだ」
俺は微笑んだ。
「理由が分かれば、応用ができる。そして、自分で改善できる」
五人は真剣な顔で頷いた。
「さて、ライバルの話は聞いたか?」
「はい」
「正直、少し不安です」
マリアが言った。
「向こうは安いし、客を取られるんじゃないかと…」
「大丈夫だよ」
エミリアが優しく言った。
「師匠のポーションは、本物ですから。必ず、分かってもらえます」
「その通り」
ルーカスも頷いた。
「品質は、嘘をつきません」
俺は五人を見回した。
良い仲間に恵まれた。
「ライバルがいるのは、悪いことじゃない」
「え?」
「競争があるから、俺たちももっと良くしようと努力できる」
俺は拳を握った。
「だから、恐れることはない。品質で勝負し続ければ、必ず勝てる」
「はい!」
五人の声が、工房に響いた。
その夜、一人で製造記録を見返していた。
ライバルの出現。
それは、予想していたことだ。
良いものを作れば、必ず真似される。
でも、表面だけ真似しても、本質は真似できない。
「品質管理の本質は、プロセスの管理だ」
温度、時間、分量。全てを記録し、分析し、改善する。
このサイクルを回し続けることが、品質の安定につながる。
「向こうは、それを理解していないだろう」
安く売ることだけを考えて、品質を疎かにする。
そんなやり方は、長続きしない。
「俺たちは、正しいやり方を続けるだけだ」
窓の外を見ると、満月が輝いていた。
工房の裏手の畑では、薬草が順調に育っている。
全てが、順調だ。
ライバルが現れても、恐れることはない。
「さあ、明日も頑張ろう」
俺は小さく笑って、ノートを閉じた。
【第13話 完】
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