【別視点】侯爵の驚愕
『スクデット強襲される』
その報を受けた時、頭に浮かんできたのはイェリネッタ王国の例年の嫌がらせだった。
まともに戦うと分が悪い。その考えはあるが、着実に力を付けていくスクーデリア王国は目障りだ。
ならば、毎年小競り合いを繰り返し、防衛に力を割かせるようにしてやろう。
それが、イェリネッタ王国の行動の理由である。
だが、それでも城塞都市を攻めることが出来る程度の兵は毎回用意してくる。それに、城塞都市が囲われてしまっては食料の問題も出てくる。
「……仕方あるまい。第一騎士団及び魔術師隊のみで出陣する。また、近隣の領主にも兵を派遣するように使者を送れ」
そう告げると、執事のシルエットが口を開いた。
「スクデット近郊にはご子息のヴァン様が治める村がありますが、そちらには……」
「馬鹿か、貴様。兵を派遣出来るような村ではない。それどころか、食うのも精一杯の有様だろう」
答えると、シルエットは難しい表情で再度意見する。
「しかし、先日王都から来た行商人が言うには、ヴァン様はドラゴン退治の功により男爵位を……」
その言葉に、私は深く溜め息を吐く。
エスパーダの後任として執事長となったこの男は、確かに執事としての役割はよく理解し、実行に移すことが出来る。
だが、エスパーダほどの知識と経験は無いため、深慮に欠けるところがあった。
「くだらん。少しは自分で考えてみるが良い。噂や人伝の言葉など、如何程の価値がある? だいたい、幼竜か亜竜を退治したとしたら、その報告を一番に我が侯爵家にもたらす筈だ。だが、そんな報告は一切無い」
「そ、それはそうですが……ヴァン様は普通の子供ではありません。何か、常人には想像もつかぬことを……」
「黙れ。黙って早く準備をせよ」
言葉を遮ってそう言うと、シルエットは難しい表情で頷き、部屋を出ていった。
昔から、館内で職務を行う者からはそんな言葉がよく聞こえてきていた。
『ヴァンは天才に違いない』
特に、メイドの間でその言葉はよく使われていたようだった。
その言葉を鵜呑みにしたこともあり気になって注目してみたが、私から見れば物覚えが良いだけの子にしか見えなかった。
事実、エスパーダとディーが念入りに教育を施したが、然程他の子より優れた成果を出したことは無い。
結果を出せぬならば、私では分からない潜在能力を皆が感じているのか。
そう思ったが、魔術適性を鑑定した結果は最悪のものだった。
期待した分、失望感は大きく、急激に自分の気持ちが冷めるのを感じたものだ。
「何がドラゴン討伐の新たな英雄だ。あの小さな村で何をしたら子供に竜を退治出来るというのか。エスパーダとディーがいたところで、到底不可能だ」
鼻を鳴らして、私は窓から外を見た。
街の大通りが北に延びている。あの道を通って、ヴァンは名も無き村に旅立った。
何故慕われているのかは分からないが、ヴァンの出立に多くのメイドや兵士が同行を志願したが、失敗が確定している辺境の統治に無駄な人員は割けないと却下した。
それ故に、ヴァンが功を成し、あまつさえ叙爵したと聞いた時、真っ先に浮かんだのはフェルディナット伯爵の策謀である。
伯爵から領土を奪う形になった土地だ。伯爵がヴァンに手を貸して恩を売り、領地を取り戻そうとしているのではないか。そう考えたのだ。
だが、それはすぐに否定した。回りくどい上に無駄なリスクを生む。私を警戒する伯爵が打つ手では無いだろう。
早々にそう判断した私は、頭の中からヴァンのことを消していたのだ。
「……くだらん。が、イェリネッタ王国の軍勢を追い払ったら、一度寄ってみるか」
もし、多少なりとも村を発展させることが出来たなら、少しは援助も考えてやろうか。
スクデット近郊で最大の町に着き、近隣の町々の騎士団や傭兵をまとめ、一路スクデットを目指した。
何度も同様の行程で争ってきたため、スクデットまで僅か三週間程度で辿り着く。
報告は早馬であったし、これまででも最速といった速さで着くことが出来たはずだ。
だが、すでにスクデットの城壁の一部は破壊され、敵に完全に包囲されている状態であった。
「馬鹿な……堅牢なるスクデットの城壁が……」
思わずそう呟いた瞬間、空から小さな黒い何かが城壁に落下した。
直後、地響きを立てて炎が上がり、黒い煙が立ち昇る。
「空から、何の魔術だ……!?」
「わ、分かりません! 空にはワイバーンが無数にいますが、まさか魔術士が……!?」
私の問いに兵士長が困惑して答える。
すると、隣にいた紺色の髪の男、ストラダーレが目を鋭く細めた。
「今の攻撃で城壁は致命的な衝撃を受けたようです。崩壊は目前でしょう。先ほどの攻撃はワイバーンから何かを落とすような方法で行われたのは間違いありません。閣下の火の魔術で上空にある内に破壊するか、地上を常に動き回り、地上の敵兵を退けるのが有効かと」
その進言に、私は浅く頷く。
「分かった。だが、魔術士によるあの物体の破壊は危険度が高い。かといって斜め下から狙うのは距離が離れ過ぎる。ワイバーン本体を叩くのも同様だ」
「では、地上の兵士を退けます」
「うむ」
答えると、ストラダーレは素早く指揮を執り、用兵を開始した。
迷いなく動くその後ろ姿に静かに笑う。まったく、頼りになる男である。知略に富むストラダーレはまさに我が騎士団の団長を務めるに相応しい人材だ。
「ワイバーンからの攻撃に注意せよ! 足を止めず、素早く移動するのだ!」
簡潔な指示を出し、ストラダーレは兵を率いて馬を走らせた。
敵に陣形は無いが、真っ直ぐに全軍突撃すれば左右から囲まれてしまう。それを防ぐためにこちらも左右に広がり、城塞都市の半分を包み込むような形で向かわねばならない。
だが、それさえ気を付けておけばいつも通り、城壁に向かっていた相手を追い払うだけの作業だ。
つまり、最も意識を向けるべきはワイバーンである。
そう思って仮設の本陣から様子を見ていたが、戦況は思っていたようにはいかなかった。
各所から大気を伝うほどの衝撃と地響きが起こり、我が兵達が吹き飛ばされていく。
新手の魔術かと思ったが、そんな雰囲気ではない。しかし、無視できない事態だ。
「正面の兵を左右に分けさせろ。私が出る」
「……っ! はっ! ただちに!」
私の言葉に若い兵士長が返事をし、馬を走らせた。
暫くして、兵達に伝令は伝わっていき、正面にポッカリと穴が空いた。残されたのは城壁を背にこちらを見るイェリネッタ王国の兵達のみだ。
それを確認し、私は詠唱した。
「業火の帯」
その言葉と共に魔術を行使する。
火龍の皮とミスリルを使った籠手が炎に包まれ、生き物のように蠢く。
そして、炎は轟々と燃え盛りながら勢いを増し、イェリネッタ王国の兵士達へと向かっていった。
地を舐める炎の帯が生者も死者も焼き尽くし、百を超える人型の灰燼を作り上げて城壁に突き当たる。行き場を失った炎の帯が怒りをぶつけるように城壁の側面を焼き、さながら炎の壁のような光景を生み出した。
私の一撃に間近にいた敵兵達は恐怖に慄いて動きを止め、予期していた我が騎士団だけが間を空けずに剣を振るう。
瞬く間に戦況は変わり、我が騎士団は逃げ惑う敵兵を追撃し、スクデットの周囲半分を奪い返した。
これで何とかなるか。
そう思った矢先、今度は上空から黒い何かが降り注ぐのが見えた。
「まずいな」
そう呟いた直後、左右に広がる我が騎士団の陣形を揺るがすように、各地で地響きが鳴り響く。
「……この戦は、これまでのようにはいかないようだ」
溜め息混じりにそう口にして、私は魔術の詠唱を開始した。
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