もはや村じゃない
急ピッチで進めた工事のお陰で、城壁とバリスタが完成した。なんと、バリスタの数は一方向に対して百台ずつである。ちなみに、村人の人数は百人しかいないので全部が同時に稼働することは絶対に無い。
「ヴァン様。そろそろ休憩にされてはいかがですか?」
ランチボックスと水筒を持参したティルにそう聞かれて、僕はもうお昼かと頷く。
「そうだね。じゃあ、折角だから塔に登って景色を眺めながら食事としようか」
そう言って、南北に二つ建てた高さ五十メートルの塔を見上げた。
「あ、それなら街道が見えるオリゴ塔が良いです!」
高い所が好きなカムシンがノリノリでそう言い、ティルは苦笑しながら頷く。
「私は湖を一望出来るブドウ塔も好きですが」
二人の会話に笑いながら、僕はオリゴ塔の前に立つ。
と、そこにはディーとアーブ、ロウの三人が鎧姿で立っていた。既にアーブとロウは死にそうな顔をしているが、ディーは満面の笑みを浮かべている。
「おぉ、ヴァン様。オリゴ塔に登られるのですか。ちょっと訓練で登ろうかと思いましたが、それならば我々はブドウ塔を登りましょう。では」
そう言って村の反対側に立つ塔まで走り出したディーに、アーブとロウは「ひぃいいいっ」と悲鳴を上げながらも付いていく。
なんだかんだ、あの二人もかなり根性あるよな。
笑いながら、僕たちは塔の扉を開けて、螺旋階段を登った。休まなければ十分ほどで登りきる高さだが、中々キツい。
カムシンは皆の荷物を持っているのに、階段を段飛ばしに登っていく。
「元気ですねぇ」
「ティルも結構体力あるね」
「私は登り終わったら動けなくなりますから」
体力普通組の僕とティルはそんな会話をしながら、ゆったりと階段を登った。
最上階に着くと、ほどよい風が僕たちを出迎えてくれる。柱と屋根だけの最上階は見晴らしが良く、気持ちが良い。
「ふぅ……やっと着きました」
ティルはそう言うと、柱に寄りかかるようにして眼下に広がる景色に目を向ける。
手摺りは細く邪魔にならないようにしたため、端に移動すると景色はまさに大パノラマである。
高い山脈と森、どこまでも続く草原と街道。下を見れば六芒星を模った城壁と見回りの村人。水路にはアプカルルの姿もあった。
「百人の村人しかいないのに、ちょっと広過ぎるよね」
手摺りに寄り掛かりながら苦笑してそう呟くと、ティルは「そうですねぇ」なんて相槌を打ちながら弁当を広げ始めた。
「それでも、建物も設備も村とは言えませんし、そろそろ名前をつけて町としても良いかもしれませんね」
「えー。また皆してふざけてヴァンタウンなんて名前にするでしょ? ヴァン・ヴィレッジも却下したのに中々引き下がらなかったし」
そう言うと、ティルは困ったように笑う。
「良いじゃないですか。私はヴァンタウンも素敵だと思いますよ。ヴァンシティとかも」
「絶対に馬鹿にしてるよね? 弄って遊んでるとしか思えないんだけど?」
「ち、違いますってば」
目を細めて疑惑の眼差しを向けると、ティルは焦りつつ否定した。
気を付けないと変な名前をつけられるのは間違いない。それならいっそ、ヴァンランドとしてやろうか。
そんなことを考えていると、さっきから街道の方を見ていたカムシンが口を開いた。
「……ヴァン様、あれを」
「ん?」
言われて見てみると、街道の奥の方に薄っすらと何か見える。しかし、目を凝らしても線くらいにしか見えない。
「最近、妙に目が良くなったよね。ここの村の人と同じ進化遂げてるよね。僕はまだその域にまで達せないんだけど……」
自分の身体能力に関して自信が揺らぐのを感じながらそう言うと、カムシンは頷いて答えた。
「恐らく、兵士や冒険者じゃないです。かといって、行商人にも見えないですね。子供や老人も多いですけど、奴隷商人の一行にも……」
「え、本当に? どんだけ視力が上がったの? 立派にこの村の人になったね、カムシン」
カムシンの報告を聞いて僕はただただ驚愕である。
一方、下の城壁からも誰か来るぞみたいな声が聞こえてきた。本当、この村の人達は視力超人だな。
半ば呆れつつ、僕はティルに向き直ってその場に座った。
「こっちに来るまで一時間以上はかかるだろうし、昼食にしようか」
「え? あ、は、はい。今日はヴァン様の好きな卵焼きのサンドイッチですよ。ベルさんのお陰でパンの質が良くなったので美味しいと思います」
「わーい」
僕達は美味しく昼食を楽しんだ。
塔から降りてみると、こちらに向かって走ってくるアルテの姿があった。揺れる白い髪が光に反射して白銀の糸のようで美しい。
パナメラがこの村を離れる時、アルテはどうしようか迷ったのだが、伯爵の言葉もあったため暫くは村で暮らしてみることになった。
というか、パナメラがそう決めた。
「ヴァン様……!」
アルテが名を呼びながら走ってくるのを見ると可愛いなとは思うが、まだお子様である。可愛いなーと頭を撫でたいくらいの感覚だ。
「どうしたの、アルテ」
と、思わず頭を撫でてしまった。すると、アルテは見る見る間に赤くなり、言葉が出なくなってしまう。
なんだ、この可愛い生物は。
「あ、あ、あの……この村? に、尋ね人が来たとのこと、で……」
今、村に疑問符を付けたな。
やっぱり、そろそろ町と称するべきか。その場合は流石に名前も付けないとな。
そう思いつつ、僕はアルテの言葉の続きを促す。
「街道の方からかな。人数とか分かるかい?」
「あ、はい。街道の奥から歩いてきているとのことです。人数は多数。どうされますか? 城壁からこちらは村まで何もありませんし、領主の館でお話をされますか?」
気を取り直したアルテはしっかりとした声音でそう言った。最近は慣れてきたのか、かなり普通に会話出来るようになってきたようだ。おっかなびっくりといった感じはまだあるが、それでも前向きな姿勢が見られるようになってきている。
村の子供とも少し仲良くなったようで、たまに会話している姿を見ると微笑ましい気分になる。
そんなアルテに笑いかけ、頷いた。
「そうだね。流石にこの塔で会話もあれだから、やっぱり家で会談するとしようか。ただ、まずはその訪問者がこちらに対して友好的な人かどうか、かな。オルトさん達はまた森に行ってるんだっけ?」
「はい。昼前に行かれたばかりですので、恐らく夕方か夜までは戻らないかと」
ティルの返答に、僕は腕を組んで唸る。
「じゃあ、ディー達を呼び戻して、エスパーダにも同席してもらおうか」
「分かりました! 呼んできます!」
僕の言葉を聞いてすぐに、カムシンは村を挟んで反対側にあるブドウ塔に向かって走っていった。
元気だなぁ。やっぱり、僕が建築作業中も筋トレとかしてるからかな。随分と体力では差をつけられた気がする。
「……カムシン様、凄いですね」
アルテが目を瞬かせてそんなことを言う。むむむ。やはりこの世界でも子供の中でのヒーローは足が速い子、運動が得意な子は鉄板か。
まぁ、いいや。
とりあえず、領主の館に戻って威厳たっぷりな感じで待つとしよう。
ただのお客さんや旅人なら、この村のアピールもしないとね。
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