フィエスタ王国の造船技術を模倣したい
「……と、このように船の底には不思議な溝が彫られていた」
小さな船の模型を作ると、ラダヴェスタは船の底に指で線を描いていった。木炭無かったかな? 書いてもらった方が分かりやすい。
そんなことを思って鉛筆代わりになりそうな物を探していると、ロッソの唖然とした顔が目に入る。もう五分くらいは経ったと思うが、ロッソはまだアプカルルの存在に驚いたままだった。
「……アプカルルと話している。それも、住民だと? まさか、こんな光景が拝めようとは……」
その新鮮な反応を見て、陛下がアプカルルの存在をあまり口外していないのだなと思う。
「あ、紹介しておきましょう。アプカルル、ラダ族のラダヴェスタさん。族長さんです」
「うむ、ラダヴェスタだ」
ラダヴェスタを紹介すると、ラダヴェスタは石板を持ったまま顎を引いて名乗った。それを確認してから、今度はラダヴェスタにロッソの紹介をする。
「こちらはポルト・フィーノ・ロッソ侯爵。すごい族長みたいな感じ」
「おお、族長だったか。よろしく頼む」
「あ、ああ。こちらこそ、よろしく頼む。良ければ、今後も我が領地に遊びに来てもらいたい」
ラダヴェスタとロッソがそんな会話をする姿を眺めつつ、ロウからメモに使った道具一式を受けとる。
「ラダヴェスタさん、これで描いてみて」
「む? おお、これは良いな」
今回の為に作った鉛筆を渡すと、ラダヴェスタは船の模型の底の部分に線を描き始めた。まるで草を模した紋様の絵柄が船の底に描かれ、皆がその紋様に注目する。
「……溝は左右対称で、海中の流れが強い時に不思議な音が響いたな」
「不思議な音?」
船の模型を皆に見えるように顔の前に持ち上げたラダヴェスタが、船の紋様を指差しながら解説した。それに、何かピンときたような気がした。
「もしかして、耳が痛くなるような高周波とか、身体に響く低い音みたいな感じかな?」
そう尋ねると、ラダヴェスタは腕を組んで唸る。
「……確かに、そのようにも感じる。音は高い音だけだった。それと、妙に響く振動くらいだな」
と、ラダヴェスタが答えた。音とは耳が知覚する振動だ。振動ということは、空中でも水中でも同様の作用を与える。聞くことの出来ない高音や低音も体は感じている筈である。
ならば、この溝は聞き取れるくらいの高音と知覚できないほどの超低音が同時に鳴っている可能性もあるのではないか。いや、もしかしたら超高音も加わって三つの音が鳴っているかもしれない。
「……この音と振動が怪しいね。それを聞くと、もしかしたら水棲の魔獣は近寄ってこないのかもしれない」
研究する価値はある。特に、今はそれを実際に水中で体験したラダヴェスタがいるのだ。幾つも試作品を作れば再現できる可能性はあるだろう。
ラダヴェスタから受け取った船の模型を見つめながら頭の中で素材を選定していると、不意に後ろでロッソが声を発した。
「……これは、驚くほどの大きな成果だな。陛下がヴァン卿を調査に加えたがった理由が分かったぞ」
そんな言葉に、首を左右に振って謙遜しておく。
「いえいえ、ラダヴェスタさんの力ですよ。それに、内部はクサラさん達が見てくれているし、今から実際に試作品を作るところはハベルさんが協力してくれますからね」
遠慮深いヴァン君はそう言って自分以外の皆が頑張っていることを伝えた。ちなみに、それでもヴァン君の偉業を褒めてくれるなら甘んじて受け入れるつもりである。さぁ、褒め称えるのだ。
「……いや、それもヴァン卿の人脈と采配によるものだろう。どのような手札を持っていても、使う者次第だ」
本当に褒められた。流石に照れてしまう。
「えー、そんなことないですヨー」
人差し指で自分の頬を掻きながらそう答えると、アルテとティルがニコニコと笑っていた。
「ヴァン様、嬉しそうです」
「はい」
二人のそんな会話を聞いて、ますます恥ずかしくなる。
「よ、よし! それじゃあ、早速船を作ってみようかな!」
照れ隠しですぐに働こうとする。しかし、それをロッソが止めた。
「いや、待ってくれ」
「え?」
ロッソの言葉に振り向くと、眉間に皺を寄せて難しい顔をするロッソの姿があった。
「……考えすぎだとは思うが、用心しておくことに越したことはない。モンデオ殿がフィエスタ王国に帰還してから試作品を作るべきだ」
その言葉に、成程と頷く。
「あ、それはそうですね。モンデオさんはまだ船の内側だけを紹介したと思っていますから」
それはそうだなと思い、ロッソの意見に素直に同意した。それに頷きつつ、ロッソはもう一つの懸念点を口にする。
「……それと、トラン殿はモンデオ殿にヴァン卿の能力を伝えてないように思えるのだ。まぁ、これは私の勘だがな」
そう言って、ロッソは僕が両手で持つ船の模型を見つめた。




