プロの目で見学
モンデオの考えは手に取るように分かる。
たとえドワーフといえど、船の甲板から船内を見て回ったところで、重要な外洋を渡る技術は盗めないと踏んでいるのだ。それにどうも会話をした感じだと、モンデオはトランから僕が船を作ったという話は聞いていなさそうである。
なので、ハベルの動きは細かくチェックしていたが、僕の方へはあまり視線が向いてこなかった。
「ふむ……これを回すと軸が動き、船の中を通って尾が動くのか」
「舵輪ですね。基本的には自然の風か風の魔術により推進力を得て、この舵輪により方向を決めます」
「なるほど。風の魔術を使えば相当な推進力となるな。外から見ても良いか? 形状と大きさが気になるな」
「水面からしか見られませんが、それで良ければ構いません」
ハベルがどんどん質問する為、モンデオは付きっきり状態で見学をすることとなった。モンデオとハベルが先行して進む中、ロウとクサラは二人で手分けしてメモをしていく。
「ロウ殿、これは描きやしたかい?」
「あ、クサラ殿。そちらはもう描き写しましたので問題ないかと……」
何故か古いオタクのような会話をしながらメモとイラストを作成していくロウとクサラ。初めてのコンビだが、中々面白いかもしれない。
そんな様子を眺めながら最後尾を歩いていると、隣にいるロッソが顎を片手でつまみながら笑みを浮かべた。
「……ふむ、この一回の見学で十分な情報を得ることが出来そうだな。しかし、素人の目だからかもしれんが、トラン殿の船とそれほど大きな違いは無さそうに見えるな」
残念そうに呟くロッソに、僕は不敵な笑みを返しておく。
「大丈夫です。前回の反省を生かして、今回は本気でフィエスタ王国の造船技術を盗むつもりで来ましたから」
小さな声でそう答えると、ロッソは面白そうな顔で顎を引いた。
「ほう……それは、楽しみにしておくとするか」
本当に楽しみにしていそうなロッソの声。かなり常識的ではあるが、陛下に似た部分を見た気がする。今のところ、悪ガキランキング上位はアペルタ、陛下、パナメラの順番だったが、ロッソも意外とダークホースかもしれない。
そんなことを考えていると、ほどなくして船の見学も終了となった。甲板や内装、船の造りで以前自分が気付かなかった点がないかハベルに調査を依頼していたのだが、ハベルは純粋に楽しんでいた気がする。終わったと聞いて物凄く残念そうだった。
「本日はありがとうございました!」
見学が終わってすぐにお礼を述べると、モンデオは満面の笑みで頷く。
「こちらこそ、ありがとうございました。まだフィエスタ王国としては特定の国と同盟を結ぶ予定はありませんが、この私、モンデオ・オーカスはスクーデリア王国の良き友でありたいと思っております。ロッソ様、ヴァン様とも最高の友人であれたらと思いますので、宜しくお願いいたします」
モンデオは丁寧にお辞儀をしながらそう言った。ロッソが深く頷き、挨拶を返していた。
トランの時は食事などもしたが、今回は食事までは無いようだ。ロッソが別れを告げたところでモンデオたちも船の中へと戻って行き、こちらもトリブートの町中へと戻る。
「……それで、どうだったのだ?」
船が見えなくなるほど離れてから、ロッソが静かにそう聞いてきた。僕の作戦が相当気になっていたのだろう。
「そうですね……それでは、あちらの川の上流へ向かいましょう」
「川?」
首を傾げるロッソ達を引き連れて、皆で川の上流へと向かう。トリブートの端を流れる川だが、あまり幅が無いせいか大型魔獣の心配もないということで、周囲には多くの建物があった。
その中で最も大きな建物の陰に移動し、川の方へ合図を送ってみる。
「……何をしておるのだ?」
ロッソが不思議そうな顔で川を覗き込む。すると、タイミングよく大きな魚影が出現した。
「む、魔獣か……!」
驚いて一歩下がり、剣の柄に手をかけるロッソ。ロッソの護衛をする騎士達もすぐに抜刀して前に出てきた。素早い反応だと評価しつつ、片手を挙げた。
「大丈夫です。僕の村の住民ですから」
そう言った瞬間、水面からラダヴェスタが顔を出した。少し警戒した様子で眉根を寄せ、顔の半分を水面に出した状態で動かなくなる。
「……あ、アプカルル、だと?」
驚愕するロッソとその護衛達。一方、ラダヴェスタは周りを確認して水面から肩まで出して近づいてきた。
「ラダヴェスタさん、どうだった?」
そう尋ねると、ラダヴェスタは腕を組んだ格好で顎を引き、低く唸る。
「かなり不思議な形状をしていた。そして、複雑だ。石板に図は描いてみたが、正確に描けているかは分からない」
そう言って、ラダヴェスタが水中から大きな平べったい石を取り出した。そこには、船の底の形状が大量に描き込まれていたのだった。




