和解?
「……あ、ありがとう」
セストはそれだけ言って、出来たばかりの馬車の方へ歩いて行った。それを見て、思わず自分の頬を指でつねる。
「痛い! 強くつねり過ぎちゃった……」
思わず夢から覚めようと強めにやってしまったのだろうか。それだけ、セストのお礼の言葉は予想外だった。
「大丈夫ですか? ほっぺが赤くなられて……」
「何故、自分で自らの頬を……」
心配そうにティルやカムシン、アルテが僕の頬を見学に来る。はーい、これが珍しい赤ホッペのヴァン君だよー。写真撮影は有料だからね!
そんな間の抜けたことを考えつつ、皆に振り返る。馬車作りに時間が掛かっていた為、既に皆の準備は完了しており、いつでも出発できそうである。それを確認して、歯を見せて笑みを浮かべるディーに声を掛ける。
「とりあえず、皆で新しい馬車に荷物を移してしまおうかな。あと、古い馬車は侯爵家の物だから、一時的に上部を取っ払って新しい馬車に引かせよう。そうしたら荷物もそっちに載せられるし」
「荷台が増えたということですな!」
「そうそう。それじゃあ、よろしくお願いね」
「分かりました! よし、皆の者! すぐに行動せよ!」
簡単な指示を出しただけなのに、ディーは即座に動き出す。素晴らしい。
結果、馬車を作る時間はかかったが、それ以降は物凄く移動速度が上がった。街道は一部ボコボコしているが、それでも基本的には綺麗なものだ。ヴァン君特製になったことで、馬車を引く馬も体力の消耗が減ったに違いない。
そんなこんなで夕暮れ空までに遅れは取り戻せたと思う。そこで夜営の準備が始まり、今回はディー達だけでなく、フェルティオ侯爵家の騎士達も同時に準備することが出来た。
「バッチリだね」
結果に満足して準備する様子を眺めていると、新しく作った馬車の方からセストが降りる。心なしか足元が覚束ない様子だったが、やはり揺れが酷かったか。
そんなことを考えながらセストの動向を見守ってみる。すると、セストはこちらに気が付き、爪先を向けようとした。しかし、苛立ちを隠さずに舌打ちをして視線を逸らす。そのまま何も話さずにどこかへ歩いて行くセストを見て、ティルが一言呟いた。
「どうされたのでしょう?」
その一言に苦笑しつつ答える。
「……時間無かったから、馬車内の床とか座面とか硬い素材のままだったからね。うちみたいに魔獣の革とか色々使って過ごしやすくしないと、長時間の移動はちょっときついのかも」
「なるほど。それは痛そうですねぇ」
「お尻を痛めたのですか」
「痛みを抑える薬草をお渡ししますか?」
僕の言葉にティルとアルテ、カムシンが口々に同情の言葉を発する。まぁ、お尻が痛いんですかと尋ねたところで、セストなら強がって受け取らないかもしれない。というか、話しかけたら怒られそうだ。
「とりあえず、ちょうど今から夜営だしね。明日の朝までに何か室内の環境を整えるようなものを準備しようかな」
そう答えつつ、何か良い物を持ってなかったかと頭を巡らせるのだった。
翌朝、すぐにセストの下へ向かう。セストはどうやら馬車の中で食事をしたらしい。馬車に向かうと眠そうな顔を見せた。
「……なんだ」
不機嫌そうにそう言うセストに、朝の挨拶をしておく。
「おはようございます!」
「……何の用だ」
眉根を寄せつつ、セストから返事があった。予想通り、機嫌はあまり良くなさそうだ。しかし、今からこの川に転がった石を掘り込んだような仏頂面のセストが、わたがしを貰った子供のような笑顔に変わることだろう。
そんな期待をしつつ、後ろから付いてきてくれたアルテとティルに顔を向ける。
二人の手には折り畳んだ布が大量に重ねられていた。クッションになりそうな物が見当たらなかったので、布を重ねて座面代わりにしてもらおうと思ったのだ。
「これを下に敷いてください。そうすれば、もう少し快適に馬車で過ごせると思います」
そう告げると、セストは目を細めて僕の顔を見下ろし、次にアルテとティルを見た。
「……罠じゃないだろうな」
セストが低い声でそんなことを言う。それには流石に聖人君子と称されるヴァン君でもご立腹である。
「罠じゃないですよ! 馬車だって時間がないから内装まで対応出来なかっただけで、ちょうど良い素材が手に入っていれば物凄く快適な馬車になっていたんですから!」
ぷりぷり怒りながら文句を言う。まさか怒られると思っていなかったのか、セストは目を瞬かせて「あ、あぁ」と、返事をした。
短く息を吐き、短気は損気と念じながら気持ちを落ち着ける。
「……失礼しました。馬車はとても良い最新の造りです。後は内装だけなので、そちらはご自分でお好きに改造してください。布だけお渡ししますので、次の町まではそれで我慢してもらえると助かります」
「……分かった」
誤解は解けたのか、セストは素直に返事をして布を受け取った。まったく、困った兄である。ムルシア兄さんとの違いに溜め息しか出ないではないか。
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