王城を初めて見た
見上げるような城に、思わず感動してしまう。剣を持って野山を走り回っていそうな陛下や、腹黒さが顔から滲み出る宰相が住む城とは思えない見事な城だ。あ、アペルタはここに住んでいるわけではないか。
「……何か、失礼なことを考えていないか?」
「いえ、そのようなことは決して……」
野生の獣のように鋭い勘を働かせる陛下に追及され、恭しくチガイマスヨと答えておく。
しかし、本当に見事な城だった。多くの尖塔も迫力があるが、何よりも重厚な王城そのものが圧倒的な存在感を放っている。ちなみにデザインはパナメラの城の方が凝ったものになった筈だが、この重厚な存在感には勝てない。城の大きさも一つの要因だが、何よりも歴史が感じられる佇まいだろう。
やはり、建築物は歴史を感じさせる重厚さ、空気感が良いのだ。時代によって丸みのあるデザインや、シンプル過ぎるほど無骨なデザインもある。個人的な好みはその時代の最盛期に建てられた豊かな装飾に彩られた豪華絢爛なる建造物だが、それぞれに時代背景を感じさせる魅力というものがあると思っている。
「……それにしても、見事なお城ですね」
お世辞抜きでそんな感想を口にしたのだが、陛下とアペルタが顔を見合わせる。後ろではパナメラも目を瞬かせていた。
「ふむ、そう言ってもらえるのは嬉しいが、ヴァン子爵ならばより強く、堅牢な城を作れるのではないか? せっかく王都に来たのだから、王城も改良してもらおうかと思っていたのだが」
「いえ! これだけ情緒ある美しい城を改造するなど烏滸がましい! このお城はそのままの姿を維持しましょう! これが完成された姿ですから!」
どうやら陛下はとんでもない依頼をするつもりだったらしい。そのような無体は赦せぬと、珍しく真っ向から反対した。届け、この想い。
そんな本気の訴えが功を奏したのか、陛下は何度か頷いて意見を認めてくれた。
「そうか? まぁ、城造りに長けたヴァン子爵がそう言うなら、そうなのやもしれんな」
陛下はそう呟き、改めて自分の住まう城を見上げる。その雄大な姿に愛着を持ってほしいところである。しかし、そんなことを考えているとアペルタが悪そうな顔で陛下に対して口を開いた。
「……陛下。ヴァン子爵が城の改良をしたくなくて嘘を吐いている可能性は?」
「な、なんだと?」
と、アペルタの一言で陛下が驚愕の表情になってこちらに振り向く。
「アペルタ様の勘違いです。本当に、まごうことなき勘違いです。どこに出しても恥ずかしくないほどの見事な思い違いですね」
不服であると前面に出して陛下に訴える。その様子を見て、陛下が口を開くより早くアペルタが軽く頭を下げた。
「……どうやら、本当のようです。申し訳ありません。ヴァン卿の御不興を買ってしまったことに対して、深く謝罪したい」
珍しく、アペルタが真摯に謝罪の言葉を口にした。立場がずっと上である為、アペルタが口にできる範囲では最大級の謝罪だろう。それを理解して、渋々頷く。
「まぁ、良いです。美味しいお菓子で手を打ちます」
「それは助かりました。ちょうど、準備を進めているところです」
こちらの返答を聞き、ホッとしたようにアペルタが答える。それに陛下が笑みを浮かべて肩を揺すった。
「珍しい光景を見たぞ。これは今日は祝賀会も兼ねて豪華な晩餐会をするとしよう。腹黒宰相の意気消沈した顔を眺めながら酒を呑むのが楽しみだ」
「陛下も十分に腹が黒いように見えますが?」
「わっはっは! 皮肉もキレが無いな! さぁ、皆の者! ヴァン子爵が褒めた最高の城を案内するぞ! 中に入るが良い!」
アペルタの様子を見て陛下は大笑いしながら先に王城の中へと歩いていった。その後ろ姿を恨めしそうに眺めた後、アペルタも城内へ向けて歩を進める。
近衛兵を引き連れて先に行く二人を見て、それまで黙っていたパナメラがこちらに顔を寄せて口を開いた。
「……少年! 凄いじゃないか! このことはすぐに城内で働く執事やメイドの間で噂になるだろう。アペルタ殿の手際は見事だな」
「え? 手際?」
パナメラの言葉に首を傾げて疑問符を上げると、苦笑が向けられてしまう。
「そういえば、少年は王都は初めてだったな。王都……特に王城や城門前というのは数多くの目や耳に晒されていると思って良い。ここでの出来事は、下手をすれば辺境の領地を守る領主の耳にまで入るのだ。なにせ、王城に勤める執事やメイドの中には貴族の三男や四男、子女が何人もいるからな。ここで陛下に相手にされなかった貴族は舐められるだろうし、逆に陛下や宰相が気を使うような人物は爵位に関係なく評価を大きく高めることとなる」
「へぇ、そうなんですか」
評価が高まると聞いても特に嬉しくはない。どちらかというとパナメラの話を聞き、王都って面倒だな、などと思ってしまった。それを察したのか、パナメラはフッと息を漏らすように笑って僕の背中に手を置いた。
「つまり、今後はこれまで関係がなかった多くの耳聡い貴族が少年に協力的になるということだ。前回のイェリネッタ王国との戦いでも思っただろうが、爵位が低いと侮り、無理難題を言ってくる輩がいる。そういった輩が、少年に対して何も言えなくなるということだ。何なら自分から便宜を図ってきたり、色々と珍しい物を手土産に挨拶をしてくるかもしれんぞ」
「おお、なるほど! 美味しい物が好きということも宣伝しておいた方が良いですね!」
各領地からのお土産。その言葉には物凄く心ときめいた。頭の中では既に各地の名産品をリストアップ中である。そんなヴァン君の横顔を見て、パナメラは歯を見せて笑う。
「……これから先、戦いの場で少年の意見を通りやすくしようという考えだろうが、少年にとっては美味しい物を食べられるかもしれないという方が優先順位は上か。可愛いものだな」
パナメラは小さく何か言って、くすくすと笑っていたのだった。
え? もしかして、ヴァン君が可愛いって言った?
前々から書きたかった新作を掲載しました!(*'ω'*)
タイトルは『僕の職業適性には人権が無かったらしい』です!(*'▽')
是非読んでみてください!




