来客2
第二の防壁はしっかりしたものにしよう。城塞都市さながらといった頑強なものが良い。
そんなアバウトな構想の下、僕は第二の城壁を築くべく資材集めを行いつつ、エスパーダと打ち合わせをする。
「今後の発展を考え、一万都市ほどで城塞を築くのが良いかと」
「一万?」
僕はエスパーダの言葉に首を傾げた。一万都市とは、一つの街に一万人が住む街という意味だ。
ちなみに、アプカルル達を含めても村の規模は二百人程度である。
「一万人が住める街作り? ちょっと、広くない?」
そう尋ねるが、エスパーダは首を左右に振った。
「今の村の発展する速度に鑑みれば、一万でも少ないほどです。しかし、城壁を築けば管理をしなくてはならず、周囲を警戒する者も相当数配備しなくてはなりません。そのため、少し狭くなりますが、一万都市の規模で作るべきだと進言致します」
まるで今日の予定を話す秘書のように淡々と口にしたが、こちらは驚いて内容を上手く飲み込めていない。
なにせ、規模で言うなら王都が三十万都市で、フェルティオ侯爵領の第一都市で二十万都市なのだ。第二都市になると十万都市。他の町などは五万から一万都市である。
つまり、我が村が立派に発展したところで、流れてくるような民がそんなにいないのだ。
三国志とかの中国の街でも中には五十万人が住む都市なんてのが出たりするのに、この世界ではまだそこまで人口の多い街は聞いたことが無い。
そんな中、この二百人もいないような辺境の地の小さな村に、これから一万人もの人が住むようになるというのか。
田舎暮らしが素敵! なんてレベルじゃない田舎だが、わざわざ引っ越してくる変わり者がどれだけいるか。
「……千人か二千人くらいの規模で良いんじゃない?」
控えめにしてみようと提案するが、エスパーダは眉根を寄せた。
「駄目です。必ず、あとで余計な手間と作業が発生するでしょう。そうなるくらいなら、最初にそれらも考慮して計画をするべきです」
むぅ。エスパーダは頑固者で有名である。執事長であり、主人を立てることにおいて右に出る者はいないような人物だが、意見を申し立てる時は父が相手でも引かなかった。
「分かった。じゃあ、今の防壁の位置から四方に百メートルずつくらいの距離でどう?」
「全く足りません。住居だけならばそれで何とか収まるでしょうが、防衛施設や宿、各ギルドの拠点なども入ることを考慮し、一辺が六百メートルずつは欲しいところです」
「一辺六百メートルずつ!?」
もはや、今の村の規模からは想像も出来ない広さだ。しかも、 今度作るのは本気の城壁だ。城壁を名乗るなら高さ十メートル以上は欲しい。
だが、それを自分で作ると思うと気が遠くなる。
僕が嫌な顔をしていることに気がついたのか、エスパーダは真顔で頷く。
「勿論、今後ヴァン様の下に人が集まり、十分な人手を確保した時が本格的に城壁を構築する時となります。今は後に改良しやすい形で防壁のみを築ければと思います」
「防壁は作るのか……」
と、やはり引く気配は無い。
溜め息を吐きつつ、アーブとロウが作成した簡単な地図を眺める。手作りであり、測量という感覚も無い騎士が作っただけに、かなり雑だ。
しかし、それでもなんとなく雰囲気は掴める。
街道が延びて行き止まりが我が村だ。後ろには人工湖があり、その奥には森、そして山脈が控えている。左右は拓けているが、奥にはまた森や川がある。
つまり、正面の街道は人間の騎士団や盗賊団などの為に備えて、それ以外は魔獣への対策をした方が良いだろう。
人間相手ならば手数と多様性。魔獣相手ならば威力重視かな。
それらを踏まえて、こちらの手数を増やすべく形状を変えても良いかもしれない。
「四角い城塞都市じゃない方向でやってみようか」
そう告げると、エスパーダは片方の眉を上げた。
「それは、円形の城塞都市を、ということですか? 百年ほど前までは円形城塞都市が多かったものですが、強力な魔術師の台頭により、一点突破にて城塞を破られる事例が増えてしまいました。それにより、防衛のし易さから正方形に近い形の城塞都市が主流となりましたが」
丁寧にも過去の歴史を紐解いて円形よりも四角の城塞都市の方が優れていると教えるエスパーダ。
それに、僕は頷き、でも、と否定する。
「真正面から受けることが出来れば四角の城塞都市は力を発揮するけど、角は少し弱いよね。城壁の強度を上げるから円形よりマシだけど」
「……角を失くす、と?」
疑問符を浮かべるエスパーダに、僕は首を左右に振る。
「いや、角を増やす」
曖昧な言い方で答えると、あのエスパーダが固まった。長考し始めたエスパーダに、僕は先に自分の考えを伝える。
地図に直接書き込み、六芒星を描いた。
「……こういう、星形の城塞都市なんだけど」
「これは……しかし、街道側に迫り出したこの二箇所の角は、先程指摘された防衛し辛い箇所になるのでは?」
困惑するエスパーダに、分かりやすくなるようにもう六ヶ所書き込みを加える。
六角形に、三角が六つ付くような形だ。角を切り離した形とも言えるだろう。
「この角の部分は、破壊しても街には入れない。独立した要塞が六つあるのと同じだと思ってくれたら良いよ。屋上部分は城壁と繋がっているけど、城壁側に跳ね橋を設置すれば分離も可能なんだ。だから、攻める側は時間をかけて角を攻略してからじゃないと本体には辿り着かない。無視して城壁を崩しにかかっても三方向から集中攻撃を受けるからね」
と、説明するが、エスパーダは無言で唸るのみである。
これは大砲とかが出た頃に地球で考えられた要塞の形だが、この剣と魔法の世界でも有効だろう。長距離射程の迫撃砲のような魔術が無ければ問題無い。
まぁ、そんな事情を知らないエスパーダに理解しろというのも酷だろうな。
そう思って詳細を説明しようとしたが、エスパーダはそれよりも早く、口を開いた。
「成る程」
「ん?」
首を傾げると、エスパーダは地図を指差す。
「正面から攻めれば集中攻撃、角を攻めても左右に広がることが出来ないため、少数で要塞の攻略をしなくてはならない……これは、とてもよく考えられた形です。強力な魔術師も、これならば盾となる歩兵を十分に並べることが出来ない。つまり、玉砕覚悟で要塞攻略に挑まなければならない、と……」
そう言った後も、エスパーダはぶつぶつ言いながら地図を眺め続けていた。
「ヴァン様、お茶のおかわりは如何ですか?」
「あ、頂戴。ありがとう」
話が一段落したと思ったのか、ティルがお茶をくれた。飲みやすくて美味しい。紅茶とかフルーツティー的なホッとする味のお茶だ。
と、のんびりしていると、突然館内を走り回る足音が響いてきた。
カムシンだろうか。それにしてもドタドタとよく響く。
我が館の防音性はどうなっとるのかね。誰だ、建てた奴は。
頭の中で文句を言っていると、領主の執務室の扉が外から勢いよく開かれた。
「ヴァン様!」
現れたのはまさかのアーブである。騎士が廊下を走るでない。
「どうしたの?」
聞くと、アーブは目を見開いて外を指差す。
「どうしたじゃありませんよ! 隣接するフェルディナット伯爵家より使者が来ております!」
「は?」
僕が首を傾げると、アーブの後ろからロウが顔を出した。
「フェルディナット伯爵家の風車と剣の紋章の旗だけじゃありません。伯爵家の派閥の新興貴族であるカイエン子爵のユニコーンと盾の紋章の旗もありました。馬車は三台。兵士は百名程度です」
ロウの補足した情報に、思わずティルとエスパーダの顔を見る。
「まだ、目立ってないよね?」
そう聞くと、エスパーダが曖昧な顔で答える。
「目立つことは十分になさいましたが、まだ各地にその情報は流れていない筈です。噂を聞きつけて動いたとしたなら、あまりにも早過ぎるでしょう」
「そうだよね……ん?」
僕はエスパーダの言葉に頷いた後、しばらくして疑問符を上げた。
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