ヴァン君のとんでも船造り その1
トランとの食事会は遅くまで続いた。かなり心を開いてくれたのか、最終的にはトランとパナメラが飲み比べなどを始めて大騒ぎとなった。ちなみに、勝ったのはパナメラである。
これは皆朝早くから動くことはないだろう。そう思ってゆっくりとした朝を迎えるつもりだったが、僕は飲んだくれ達を舐めていたらしい。
「少年。起きたか」
「起こされました……」
朝一番でパナメラが訪ねてきたらしく、大慌てのティルに起こされて寝ぼけまなこでそう呟く。宿の外にある大通りにはパナメラを先頭にパナメラ騎士団と近衛兵を連れたロッソの姿があった。
「おお、ヴァン卿。今日は、よろしく頼む」
「おはようございます。ロッソ侯爵閣下。頑張ります」
「はっはっは! 眠そうだが、大丈夫かね」
目を擦りながら返事をすると、ロッソに思いきり笑われてしまった。なんなら一部の騎士達もこっそり笑っている。
若干気恥ずかしい気分になりながら後方を確認する。同じくらいの時間に寝たはずなのに、エスパーダやディーはともかく、ティルもカムシンもしっかり起きている。タルガにいたっては正装のつもりか鎧を着て待っていた。なんでやねん。
朝からゆっくりしていたのは僕とアルテだけのようだ。
「眠いよねぇ、アルテ」
「あ、はい。でも、ヴァン様が船をお造りになると聞いていたので楽しみで早くに起きておりました」
ニコニコとアルテがそんなことを言う。可愛い女の子にそんなことを言われたら頑張るしかない。男の子は単純である。
「よし。それじゃあトランさんが卒倒するくらい凄い船を造ろうかな」
そう言って拳を握り込んでいると、エスパーダが咳払いをして小さく呟いた。
「……今回は、少し力を抑える必要がありますぞ」
「はっ」
エスパーダに指摘されてハッとする。そう言えばそうだ。思わず巨大戦艦大和みたいな船を造るところだった。
「そ、そうだね。じゃあ、昨日と同じくフリートウードの模倣で船を造ろうか。まぁ、今回はトランさんが一緒だから、造りながら助言してもらおう」
「それがよろしいかと。後、連続して作るのではなく、途中に何度か小休止をとるべきです」
「あ、そうだね。魔力量についてもちょっと控えめにね」
エスパーダの言葉をしっかりと聞き、心のノートにメモしておく。
そんな話をしている内に、トラン達が揃ってやってきた。
「おはようございます。皆さん、お揃いのようですね」
トランが挨拶をすると、ロッソが頷いて答える。
「うむ。トラン殿も昨日の酒精が残っていないようで安心したよ」
「いや、それは言わないでもらえると助かります。まさか、自分が飲み比べで負ける日が来ようとは……」
「はっはっは!」
食事会をしたお陰だろうか。ロッソとトランの距離感が大きく縮まっている。その空気に乗っかるように、僕やパナメラも親しげな雰囲気でトランに話しかけることが出来た。
「トラン殿、お身体に問題はありませんか」
「う……ぱ、パナメラ殿……いえ、大丈夫です」
何故かロッソに対するよりも気圧された様子でトランがパナメラと会話している。その気持ちは分かるぞ、トランよ。パナメラは怖いのだ。前世は悪魔王か何かだったに違いない。もしくは苛めっ子だ。
「ヴァン子爵。今日は船の建造を見せていただけるのですね?」
余計なことを考えていると、気が付かない内にトランがこちらを見ていた。トランの質問に頷きつつ、返事をする。
「はい。それで、ちょっとお願いが……」
「ん? 何でしょうか」
「造っている最中で構わないので、助言を貰えると……」
「ああ、そんなことですか。構いませんよ」
トランはこちらのお願いを快く了承してくれた。簡単な会話だったが、お互いの国の存在を考えると驚くべきことだ。なにせ、他国の造船を海洋国家フィエスタ王国の重鎮が手伝うのだ。事実上の同盟関係が出来上がったと言えなくもない、ような気がする。
ただ、僕の興味はフィエスタ王国の造船技術のみである。
ウキウキで海に行き、二隻の大型船を皆で眺めた。右に停泊しているのがフィエスタ王国のフリートウード。左に停泊しているのがヴァン君の試作船第一号だ。トランの指示により、昨晩からヴァン君特製桟橋、通称ヴァンバースに停泊している。ちなみに名付け主は調査中だ。まったく、誰だヴァンバースなんて付けた奴は。桟橋をバースとも言うと教えた相手は数人しかいないのだが。
「それでは、まずは材料をディー達に運んでもらいます。次に、僕の造った試作船第一号を沖に移動。その後、桟橋の先に船を造っていきますね」
そう言って指示を出そうとすると、トランが目を丸くして振り返った。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。海の上で船を建造していく、ということだろうか。そんなこと、我が国でも前例が……」
建造現場を海の上と聞き、ものすごく驚くトラン。それは船員達も同様だったようで、顔を見合わせて驚いている。
これは、説明してもとても信じて貰えないだろう。よし、実際に目の前で造って納得してもらおう。そう決めて、僕は笑顔で皆に指示をしたのだった。




