海の町だし
海の町。そう聞いた時から、頭の片隅に一つのことが消えずにいた。
それは、海の幸である。
「海の魚! マグロ! 青魚! 白身魚! カニ! エビ!」
「ヴァ、ヴァン様!?」
「どうされたのですか!?」
トリブートの町中でロッソと別れてから、我慢していた欲求が爆発した。首を左右に振って飲食店を探すヴァン君に、ティルとカムシンが驚いて声を出した。アルテは目をぱちくりさせている。
「魚か? 普段から川の魚を食べているだろう」
パナメラが不思議そうにそう言ってきたが、それには否と言わざるを得ない。
「川の魚と海の魚は別物です。淡白かつ旨味の強い川魚も最高ですが、赤身や白身、甲殻類にタコやイカなどの海の幸も最高です。何か、異論はありますか?」
「い、いや、異論はない……いつにない迫力だな、少年」
真剣に海の幸の魅力を伝えると、パナメラは目を丸くして返事をした。素直なパナメラ姉さんは可愛いと思う。
「カムシン。悪いけど、近くに飲食店がないか調査をしてくれる? オルトさん達がいるから、情報収集はすぐ出来ると思う」
「は、はい!」
指示を出すとカムシンはすぐに気持ちを切り替えて走り出そうとする。しかし、それをアーブとロウが止めた。
「あ、飲食店なら分かりますよ」
「一度だけですが、フェルティオ侯爵閣下がこちらを訪ねられた際に同行したことがありますからね」
そんな二人の言葉に振り向く。
「美味しい店はある!?」
振り向くと同時に尋ねる。すると、何故かアーブとロウは一歩後ろに退いて顔を引き攣らせた。
「た、多分……」
「わ、我々も一度しか食べたことがないので……」
「よし、行こう!」
二人の回答は曖昧なものだった。ならば、自ら確かめるまでだ。美味しかったら一か月は滞在したい。
「わっはっはっは! ならば、このディーにお任せあれ! この町には三回来ていて合計十日以上過ごしておりますぞ! 魚を食べられる店は三軒知っております!」
「おお、流石はディー! どのお店がおすすめかな!?」
とんでもなく頼りになるディーが現れた。期待に胸を膨らませて尋ねる。すると、ディーは町の通りから奥、中央、手前を順番に指さした。
「奥の店は量が一番多くておすすめですな! 中央は量が少ないですぞ! 手前にあるその店はまぁまぁの量ですな!」
「味は!?」
「違いは分かりませんぞ! しかし、奥の店は量が……」
「ありがとう! 分かったよ!」
あまり参考にならなかった。ディーが色々と追加情報を出そうとしているが、恐らく料理の種類でどれだけ量が違うかだけだろう。勢いで聞き流した。
ちらりとエスパーダにも目を向けてみるが、無言で目を瞑り、首を左右に振っていた。おシャレな知らないよアピールだ。参考にしよう。
そんなやり取りをしていると、最後にタルガが口を開いた。
「ヴァン様、発言をしてもよろしいでしょうか」
「タルガさん! そうだ、貴族の人がいた!」
「あ、いえ、その、爵位をもらったのは最近なので……と、とりあえず、この町ではムルチとシラーなどの魚が主です。ムルチは白身のあっさりとした味わいで、シラーは脂ののった赤身だったかと」
「おお、すごく有益な情報が! ありがとう、タルガさん!」
「い、いえ! お役に立てたなら幸いです!」
御礼を言うとタルガは物凄く嬉しそうだった。筋肉の壁のような巨体なだけに、ギャップが可愛い。これはマッチョ好きの婦女子が大喜びだろう。参考にはならない。
手に入れた情報を整理して、行く店を決める。
「よし、中央にあるお店に行こう。量が少ないなら複数の料理を試せるし、最初の一軒にはちょうど良いよね」
「はい!」
「海の幸、楽しみですね」
店を決めると、アルテとティルがすぐに喜んで返事をした。一方、ディーは難しい顔で唸る。
「むむ、中央の店ですか。量が少ないのですが……」
「いっぱいおかわりして良いよ」
「ならば、良いでしょう! わっはっはっは!」
ディーも納得してくれたようである。良かった。
「果実酒の種類が多いと良いですな」
「確か、トリブートは二国の行商人が必ず通る場所の為、酒精の種類は豊富であると聞いたことがあります」
「ほう! それは楽しみだな! 強いものはあるか?」
エスパーダとタルガが酒の話をしていると、パナメラも加わって盛り上がり出した。まぁ、楽しみが色々あると良いよね。
そんなことを思っている内に、店に到着して席を確保した。騎士団までは入れない為、セアト村騎士団とパナメラ騎士団の面々は各自好きな店での飲み食いを許可している。一時的にだが、この町の全ての飲食店が満員御礼となっていることだろう。
ちなみに量が少ない店という前情報だったが、予想していた通りの高級店だった。気になった料理は全て頼んでみる。ディーとタルガがいるから全て平らげることだろう。そう思っての注文だったが、来た料理を見て目を剥いた。
体長五十センチはあるだろうか。厚みのある赤い魚が湯気を立ててテーブルの中央に鎮座している。香りは甘辛い味を連想させるもので、食欲をそそる。しかし、デカい。
さらに、油で素揚げしたような魚料理、茹でた甲殻類もあった。カニとかエビは食べない地域も多い為、きちんと料理として存在したことが大変有難い。
何より、ものすごく美味しかった。味付けはシンプルなものが多いが、素材が良いのだろう。少し濃い味付けにも負けない甘辛い焼き魚。素揚げの魚は白身の味に合う塩と香辛料の味付けだ。そして、甲殻類はちょっと大き過ぎたが、身はぷりぷりで美味しかった。
「……トリブートに一か月くらい滞在しようかな」
「陛下を待たせるつもりか、少年。大物だな」
冗談で口にしたのだが、豊富な種類のアルコールを楽しむパナメラは満更でも無さそうな顔で上機嫌にそう言ったのだった。




