王との対面
「こ、こちらへどうぞ!」
卒業したはずのOBが訪ねてきた野球部の後輩くらいの勢いで怯える衛兵に案内されつつ、王都の中を移動する。大通りは古いながらも異国情緒があって面白い。粘土や吹付の壁のような見た目の建物が並んでおり、衣料品店や飲食店らしき店も多く見受けられる。しかし、人が殆どいない。居ても大人か衛兵ばかりだ。明らかに通常の状態ではない街の様子に、同じ馬車に乗っているティルとアルテが不安そうな顔をした。
「……警戒されているのでしょうか」
「……やっぱり、警戒しますよね」
「小声で話さなくて良いよ、二人とも」
敵国だった地に来た為か二人が怯えたように小さな声で会話をする。それに苦笑しながらそう言うと、カムシンが剣の柄に片手を添えた状態で馬車の窓から顔を出した。
「……もし何かあっても、必ずお守りいたします」
「うん、頼りにしてるよ」
カムシンの力強い言葉に微笑んで答える。どんどん騎士らしくなっていくカムシンにお父さんのような気持ちになるが、よく考えたら元々カムシンは立派に騎士として活躍してくれていたと思い直す。
と、それを傍で聞いていたディーが馬に乗った状態で胸をそらして笑った。
「わっははは! 言うではないか! これは騎士団長として負けられんな!」
ディーの声は静かな街に良く響き、驚いた衛兵達の中には引きつった声を出す者もいた。まぁ、大剣を肩に背負って馬に乗るディーは戦っている最中でなくても迫力があるのは間違いない。
「こりゃ余程恐れられてやすね、お二人とも」
ポロッとクサラが聞き捨てならないことを口にしていたが、それには異議を申し立てる。
「いやいや、パナメラさんが恐れられてるんだよ。どう考えてもこんな可愛らしい少年ヴァン君を怖がるはずがないでしょ?」
そう指摘するが、オルトを含めて冒険者たちは顔を見合わせて苦笑するばかりだ。
「ヴァン様、それはちょっと無理が……」
なんと、プルリエルまで苦笑と共にそんなことを言ってきた。地味にショックを受けていると冒険者たちは「だって色々やらかしてるしなぁ」「あんなことやこんなことをな」みたいな会話をしてクスクスと笑っている。脱税冒険者たちめ。
心の中でヴァン君特製武器の値上げを決定しながら、オルトを見る。
「普段のこの街ってどんな感じなのかな?」
そう尋ねると、オルトは周りを一瞥して口を開いた。
「そうですね……まぁ、大国の第一都市に相応しいだけの賑やかさだったと思いますよ。正直、行ったことのある街の中では一番豊かな街だったはずです」
と、オルトが答える。ここでスクーデリア王国の王都に行ったことがあるか確認するのも酷である。僕は「そうなんだ」とだけ相槌を打っておいた。
よく見れば、二階部分や路地の奥の方から人々の視線は感じる。かなり人口の多い街であることは間違いなさそうだ。これは色々警戒しておいた方が良いかもしれない。そう考えて気を引き締め直していると、やがて大きな城が近づいてきた。
四角を組み合わせたような無骨な城だが、中々趣のある雰囲気だ。しかし、長い歴史のありそうな石造りの城だ。この城はもしかしたら街が出来る前から砦として建っていたのかもしれない。これをエスパーダに尋ねたら途端に歴史の授業が始まるだろうが、以前受けたイェリネッタ王国の歴史を殆ど忘却している為聞くのは躊躇われた。
王城の前に到着して振り返る案内人の衛兵。
「……こちらが王城、スリーポイントです。陛下含め王族や家臣の多くはこの城内に軟禁状態となっている為、お早めに疑いを晴らしていただきたいのですが……」
最初は少し厳しい口調で語り出したが、パナメラが視線を向けると徐々に尻すぼみになってしまう衛兵さん。どうやら、自国の王族がぞんざいな扱いをされてご立腹の様子だったが、パナメラの視線に負けてしまったようだ。
衛兵が貴族を相手に意見をすること自体が相当な覚悟が必要だろうから仕方がないとも言える。しかし、パナメラは弱気な態度が気に入らなかったようだ。
意見をした衛兵を一瞥し、低い声を出した。
「それならイェリネッタ王に伝えることだな。無駄な抵抗はするな、と」
パナメラがそれだけ告げると、衛兵は返答はせずに黙って一礼するのみに留めた。
その後ろ姿を見てから、王城の城門を守る兵士達が開門する。城の入り口が開かれると、すぐに城のホールらしき広間が目に入った。
かなり広いらしく、奥には大きな階段があり、天井からは豪華なシャンデリアの一部が見えていた。
そして、数十人もの豪華な衣装をまとった人々の姿も、である。
「……よくぞ来られた。パナメラ伯爵。そして、ヴァン子爵」
中心に立つ初老の男が硬い表情でそう口にした。




