パナメラとタルガの今後
城塞都市ムルシアの将来を案じてなのか、パナメラとタルガは何とも言えない顔で項垂れるムルシアの頭頂部を眺めている。
それを横目に咳払いを一つして、タルガに声を掛けた。
「次にタルガさんへのお願いですが」
「はっ! なんなりとお申し付けください!」
声を掛けるとタルガはすぐに気持ちを切り替えて返事をする。流石は根っからの騎士である。
「タルガさんには、いずれ代官として街を統治してもらいたいと思っています。男爵家当主に対して申し訳ない話ですが、エスパーダと一緒に新たな人材育成に尽力してください。その中で、エスパーダの領地経営の知識を学んでほしいと思っています」
タルガにそう告げると、パナメラがけらけらと笑いだした。
「結局、それはエスパーダ殿の弟子になれと同義じゃないか」
「うぅ……代官をやるなら絶対必要なことなんですよぉ……!」
パナメラに言い難いことをハッキリと指摘されてしまい、泣きそうになりながら言い訳をする。タルガはそれに苦笑して首を左右に振る。
「いえ、構いません。私はまだ自分が男爵になったなどと思っておりませんから……ただ」
「……ただ?」
タルガの言葉尻に迷いのようなものを感じて聞き返す。すると、タルガは意を決したような表情で口を開いた。
「出来たら、私はヴァン様のお側で領主の仕事を学びたいと思っております」
「え? 僕の側で?」
衝撃の言葉にタルガの口にした言葉の一部をそのまま反芻する。それに深く頷かれた。
エスパーダは目を瞑り、思案するように唸る。
「……それも良いかもしれませんな。些事はいずれ部下に任せるようになります。領主として最低限の知識を学びさえすれば、主義思想や先を見通す眼といった部分はヴァン様から学び、今後の同盟関係に役立てると良いかもしれません」
と、エスパーダまで変なことを言い出す。
「えー? 僕から学ぶことなんて無いよー」
二人とも何を言っているのか。そう思って答えたのだが、揃って首を左右に振ってきた。
「いえ、あります」
「ヴァン様は普通ならば従えることの出来ないアプカルルやドワーフ達を味方にしています。また、陛下からも気に入られ、誰よりも早く独立、陞爵されています。むしろ、上級貴族であってもヴァン様から学びたいと考える方はいるでしょう」
「うわ、完全に誤解されてる」
二人の反応に思わずそんなことを口にしてしまう。だが、ティルとカムシンが首を激しく左右に振る。
「そんなことはありません!」
「ヴァン様ほど素晴らしい領主はおられません!」
「あはは、ありがとう」
物凄く贔屓目に見てくれる二人の感想に自然と口元が緩む。アルテも隣で優しく微笑んでくれていた。
「セアト村に住む方々を見ていれば、誰でもそう思いますよ」
そのアルテの言葉に、パナメラがにやにやと笑みを浮かべる。
「……おやおや」
「な、なんですか、その笑みは……」
気恥ずかしさからそう聞いたのだが、パナメラは肩を竦めて僕とアルテを見比べた。
「生まれつきこの顔だ。文句を言われる筋合いはないな。まぁ、セアト村の様子をもう少し観察してから領地に行くとするか。我が領地運営の参考にさせてもらう」
パナメラはそう呟き、椅子の背もたれに体重を預けて軽く伸びをした。その様子に苦笑しながら、タルガはこちらを見た。
「……私は真面目にヴァン様の下で学びたいと思っていますので」
「タルガ殿? 私が真面目ではないかのような物言いだが?」
タルガとパナメラのそんな会話に乾いた笑い声を上げてから、ハードルが極端に上がったことに溜め息を吐く。
「……はぁ。分かりました。それでは、そんな感じでやってみましょうか。あ、ちなみに、パナメラさんは領地をどうやって運営するつもりですか? 今もまだイェリネッタ王国の国民だった方々で管理、運営されている町ですよ? しかも、規模は五千人以上です」
つい先日まで敵対していた国の中規模以上の町だ。それも、防衛の要となる砦を守り、補助する為の城塞都市の一つである。スクーデリア王国に関する教育は仮想敵国を相手にするものだったに違いない。敗戦してしまい属国になったとはいえ、その敵対意識は簡単には変えられない。
そこへ、これまで領地を持っていなかったパナメラが私兵である数百人程度の騎士団を連れて赴くのだ。下手をしたら反乱される恐れもあるだろう。
そう思って心配して尋ねたのだが、パナメラは何でもないことのように片手の手のひらを振った。
「まず、現在の代官と文官を教育する。後は、もしも町が直接運用する騎士団があったら、その辺りは力ずくで従える」
「そうですよねー」
うむ、パナメラならば問題ないだろう。数年で元イェリネッタ王国の街はパナメラ王国の城塞都市カイエンに変わるに違いない。
「……い、一ヶ月後で大丈夫ですか? 街を改造するつもりなら、先に領地の管理者と騎士団をまとめた方が良いのでは?」
ムルシアの方が心配してそう尋ねた。しかし、パナメラは面倒臭そうに目を細める。
「問題はあるまい。一週間もあれば全員と顔を合わせて反乱する気も起こさないように出来る」
「そ、そうですか。差し出がましいことを申しました」
ムルシアが恐縮して頭を下げた。それにディーが声を出して笑う。
「わっはっはっは! うむ、流石はパナメラ卿! 心強い同盟相手ですな、ヴァン様」
「いや、本当に……」
敵じゃなくて良かった。心の中でそう続ける。
こうして、今後のヴァン子爵家とパナメラ伯爵家、タルガ男爵家の行動方針が決まった。気が付けば領地も仲間も増え、頼もしい限りである。しかし、どんどん武闘派寄りの雰囲気になっている気がする。
まぁ、気が付けばセアト村もどんどん人口が増え、農業や林業、狩猟などの一次産業だけでなく、二次産業や三次産業についても多くを自営で出来るようになってきた。もう少しすれば、いたいけな天才少年ヴァン君ものんびり堕落した貴族生活を送れるようになるだろう。
さぁ、頑張るぞ。




