アポロの決断
「残念ながら、中途半端な知識しか得られていませんね。木炭と硫黄、そして何かは分かりませんが、白い粉末状の物……これらを混ぜ合わせて作っているのだと思われます」
アポロからそう言われて、がっくりと肩を落とす。
「その白い粉末が何か分からないとダメですよね。黒色玉さえ作れたら色々できて面白かったんですけど、仕方ないです」
そう言って笑うと、アポロは腕を組んで唸った。
「……商業ギルド内でも意見は分かれています。ソルスティス帝国との関係を重視して全面的に協力しようという者たちと、あくまでも商業ギルドとして中立を維持しようという者たちです」
「スクーデリア王国に肩入れしようという人たちはいないということですね。それが商業ギルドから見たソルスティス帝国とスクーデリア王国との差ということですか」
様々な国と取引がある商業ギルドが一つの国に全面協力しようという意見が出ることが異例なのだと捉えることもできるか。しかし、ソルスティス帝国の持つ最新の兵器がどれだけの代物なのか。それ次第ではバリスタやカタパルトでは勝てないかもしれない。
少し不安になっていると、アポロは含みのある笑みを浮かべた。
「そうですね。確かに、商業ギルド内ではソルスティス帝国がどこまで勢力を伸ばすのかという会話ばかりです。その流れに乗って儲けるべきか否かという話になっているのが現状です。なので、私はヴァン様につこうかと思います」
「……いいの?」
思わず、素の状態で質問をしてしまった。それにアポロは嬉しそうに笑う。
「商業ギルドは数多くの構成員により運営されていますが、中には私のような者がいても良いでしょう。その代わり、もしもソルスティス帝国を凌ぐほどスクーデリア王国が成長した暁には、商業ギルドとの取引は全て私を通して頂くということで、よろしいですね?」
「もちろん! ありがとうございます!」
アポロは少々人の悪い笑みを浮かべて条件を出してきたが、こちらからしたら考える必要もないほどメリットしかない話だ。そもそも、元から商業ギルドとの取引はアポロを通してしかするつもりはないのだから、現状と変わらない。
その判断での返答だったのだが、あっさりと了承した僕にアポロの方が苦笑してしまう。
「とても信頼していただいていたようで、有難い限りです。とにかく、そうと決まったら全力で肩入れしますよ! 久しぶりに危ない橋を渡るかもしれないと思うと、年甲斐もなく興奮してきてしまいましたね」
アポロは珍しく大きな声を出して盛り上がり、声を出して笑った。これまでも随分と協力してくれていたと思うが、商業ギルドとしての範囲内ギリギリでの行動だったのだろう。だが、今後は完全にスクーデリア王国の味方になると宣言してくれたに等しい。心強い協力者の誕生である。
アポロはソルスティス帝国から仕入れてきた品物の半数をセアト村に売ってくれた。というか、優先権を貰っているようで、こちらが必要と判断したものは全て買い取ることが出来た。残りは王都へ持っていくらしい。普通は逆だと思うのだが、こちらとしては都合が良いので指摘しない。
また、アポロはセアト村の品も購入していった。武具や変わった衣料品が中心だが、面白がって作った玩具の類も売れた。
「ヴァン様の作る玩具は面白いですからね。見たことないものばかりです」
ベルとランゴはそう評してくれたが、僕としてはこの世界独特の玩具の方が面白い。知恵の輪のように複雑な工程をクリアしなければ開かない宝箱などもあるが、物凄く難易度が高くて面白かった。
「まぁ、チェス、オセロとかは確かに奥が深くて面白いよね。トランプも絵柄に凝ったから……」
「いや、そういう問題ではなかったかと思いますが……」
と、ベルとランゴからは曖昧な回答を得たが、とりあえず僕の作った玩具は好評らしい。良かった良かった。
そんなこんなで久しぶりにゆったりとセアト村で過ごしていると、十歳の誕生日を間近に控えた僕に恐ろしい書状が届いた。
「ヴァン様! 陛下からお手紙が!」
「わー、開けてー! 読んでー!」
ソファーに座ってお菓子を食べていた僕はティルに甘えて答える。もうすぐ十歳という大台に乗ってしまうのだ。九歳の特権を使えるのはもう僅かである。これぐらいの甘えは許してほしいのである。
ティルは苦笑しつつ、書状を僕の前のテーブルに置いてみせた。
「本当は陛下からの手紙を使用人が開封するなんて厳罰ですからね? 私が開けたことは秘密にしてくださいよ?」
「分かってるよー」
そう答えると、ティルは少し緊張した様子でそっと書状の封蝋割り用の小さな金づちで叩き、開封する。書状に皺が出来ないように丁寧に開き、中の文章に目を通した。
「えっと、陛下より、直筆のお手紙のようです。凄いですね。陛下の書かれた文字を見ることになるとは思いませんでした」
恐縮するティル。貴族社会において王の手紙とはそれほどのものか。いや、ティルはそもそも貴族ではないのだから当たり前だろうか。
「なんて書いてあるの?」
「あ、すみません! えっと、ヴァン様に子爵の位を与えると書いてあります! 凄いですねぇ。後、今回の戦いで増えた領土の半分もヴァン様のものになるようで……」
「うわー、面倒くさい。お断りのお手紙を書いてー」
「お断りですね。それでは、綺麗な紙に……って、お断りのお手紙ですか!?」
軽いノリで返事をしたのだが、ティルは驚愕に目を見開いて振り向いた。
「へ、陛下からの褒賞を断ったら失礼ですよ!?」
「えー……他には何か書いてない?」
そう尋ねると、ティルは困ったような顔で書状に視線を戻す。
「ほ、他にですか? 頼まれたものは全て問題なく準備が進んでいる、と……後は、それらを皆の前で表彰する為、王都に来てほしいと……」
「あ、それは嫌! 王都まで行くのは絶対に嫌ー! お願い事を聞いてくれた部分にはありがとうと書いておいてね」
「それこそ不敬になると思いますが!?」
「良いから良いから」
ティルに手紙の内容を伝えて指示を出すと、泣きそうな顔で陛下への手紙を書き始める。書いた内容は爵位や領地、お願い事についての感謝。そして、都合により王都へ出向くことが出来ないことへの謝罪である。
「ヴァン様、十歳になるからもう反抗期に……」
ティルが心配そうにそんなことを呟いていたが、反抗期ではない。ただ、セアト村を出たくないだけだ。毎日大浴場に入ってティルの美味しいご飯を食べて熟睡できる素敵な村である。王都に向かうと道中は夜営をしなくてはいけないことも多い。生活環境を考えたら雲泥の差だ。
だが、ティルが怯え半分で書状をメアリ商会に預けようと外出してから、僅か一時間後に青い顔をして帰って来た。
「どうしたの、ティル……ハッ!?」
ティルの後ろには書状を大事そうに持つエスパーダの姿があったのだ。エスパーダは笑顔で口を開いた。
「……ヴァン様。陛下への書状と伺い、拝見致しましたが……」
「ひ、ヒィイイイッ!?」
エスパーダの笑顔に恐怖し、ソファーに頭を埋めるようにして身を隠す。しかし、エスパーダは見逃してくれなかった。
「ヴァン様。さぁ、これから書状を書き直しましょう。私がご指導致します」
その言葉を聞き、僕は絶望したのだった。
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