勝利報告
あれから一か月。激しい戦いに参加した余韻はすっかり失われ、昼間は領主の仕事、夜は勉強という毎日がやってきた。これでディーが帰ってきたら午前中に剣術の稽古まで加わってしまう。いい加減グレるぞ、ディーとエスパーダめ。
今日も疲れた体と脳を癒そうとゆったりと就寝前のお風呂に入っている。
「やっぱり、お風呂は体の洗濯だなぁ……」
あれ? 心の洗濯だったか。体が綺麗になるのは当たり前な気がする。
そんなことを考えていると、どたどたと激しい足音が大浴場の外まで響いてきた。ここは領主の館のヴァン君専用大浴場である。なにを騒々しい。静かにしたまえ。
そう思って湯舟に浸かったまま出入口の方を眺めていると、勢いよく開き戸を開けてカムシンが入ってきた。
「ヴァン様!」
「カムシンのエッチ」
「っ!? す、すみません!」
冗談で純情な乙女の反応をしてみせたら、カムシンは焦って謝りながら出て行ってしまった。そういえば、カムシンは真面目だった。
「冗談だよー! なんの用事ー?」
開き戸の向こう側に向かって声を掛けると、カムシンが静かに戻ってきた。
「……びっくりしたじゃないですか」
珍しくカムシンがぷりぷりして文句を言ってきた。ごめんて。
「冗談だってばー。それで、何の用?」
改めて聞き直す。すると、カムシンはすぐに気持ちを切り替えて真面目な顔をした。
「はい。先ほど、陛下率いる王国軍の早馬がこちらへ到着しました」
「え? 早馬? また城塞都市を改築しろとか無理難題じゃないの?」
思わず眉間に皺を寄せて返事をしてしまう。それにカムシンが首を左右に振った。
「いえ、もしそんな内容だったら追い返しておりました」
「いやいやいや、追い返しちゃだめだよ? 陛下からの早馬でしょ? そんな時は、理解を示しつつ色々理由をつけてゴネてゴネてやり過ごさないと……」
恐るべき回答をするカムシンに大人の対応について伝授する。しかし、カムシンはそれには返事をせずに話を続けた。
「内容を確認しましたが、どうやらイェリネッタ王国との戦いに勝利したとのことでした」
「……へ? 勝利って、国境での戦いにってこと? 城塞都市ムルシアの防衛戦で防衛成功ってことかな?」
驚いて聞き返すと、カムシンは首を左右に振って口を開いた。
「いえ、イェリネッタ王国側が停戦を要求し、陛下が拒否したそうです。王都まで攻め入ると宣言したところ、条件付きの降伏を申し入れられ、交渉した後に受諾したと聞きました」
「へぇ、降伏してきたってことか。シェルビア連合国と手を結んで攻勢に出たけど失敗しちゃったから、それが伝わったのかな?」
驚きつつも、降伏自体は賢い選択だと納得する。このまま戦い続けたなら間違いなくイェリネッタ王国の王都は壊滅的被害を受け、王族や一部上級貴族は一族郎党処刑という恐ろしい未来が待っていたことだろう。
「よし、報告を聞きに行こうか」
とりあえず、結果を聞いてみたい。そう思って浴場を出て、ささっと体を拭いて着替える。
ティルが着替えを用意してくれていたのだが、どうも狙ったかのように派手だ。最近はメアリ商会や商業ギルドが商品を持ってくる為、辺境とは思えないような凝った衣装が届くようになった。そのせいでティルも色々と仕入れてしまうのだろう。
自分はあまり派手な服を好まないくせに、僕には目立つ服装をさせたがるのである。
今回も真っ青な生地に銀の刺繍がされた実に貴族らしい服だった。
裸で出るわけにはいかないので、渋々それを着て表に出る。
「こちらでお待ちいただいています」
カムシンに案内されて来客用の貴賓室に行くと、扉が開いたままになっており、ティルが配膳台を運び込んでいた。
「あ、ヴァン様。湯浴みはお済みですか?」
「うん、良いお湯だったよー」
そんな会話をしつつ、貴賓室でソファーに座って待つ人物に振り返る。
と、そこにいた人物を見て、思わず絶句する。
「……ヤルド兄さんと、セスト兄さん?」
二人の名を呼ぶと、仏頂面で腕を組んでいたヤルドが鼻を鳴らして目を細めた。
「……随分と良い身分だな、ヴァン」
「陛下からの連絡をなんだと思ってるんだか……」
ヤルドの皮肉に乗っかるような形でセストが批判しようとすると、ヤルドが険しい顔でセストを睨んだ。
「黙っていろ」
ヤルドに低い声でそう言われて、セストは肩身の狭そうな顔で押し黙る。戦争中に何かあったのだろうか。二人の間に見えない壁があるように感じた。
不思議に思いつつ、僕もソファーに座りながら口を開く。
「お二人ともお疲れ様でした。他の人よりも早く自領に戻ることを許されたんですか? 良かったですね」
笑いながらそう言うと、ヤルドは腹を立てて低めのテーブルの天板を叩いた。
「馬鹿にしているのか!?」
「ひゃっ」
ヤルドの行為と怒鳴り声に、ティルが驚いてしまう。テーブルに並べようとしていた紅茶を溢さなかったのは僥倖である。
ティルが怯えていないか確認してから、ヤルドを見上げた。
「……馬鹿にしたつもりはありませんが、何を怒っているのでしょう」
無意識に声が低くなってしまったが、出来るだけ冷静に聞き返した。すると、ヤルドが舌打ちをして睨み返してくる。
「拠点として利用した城塞都市はお前の領地だ。戦場の情報も全て把握しているはずだ」
探るような態度でヤルドがそう呟いた。それに肩を竦めつつ、両手を挙げて手のひらを左右に振る。
「いえいえ、ちょっと忙しかったので、戦場からの報告はあまり聞けていませんね」
そう告げると、ヤルドは鼻を鳴らして含みのある笑みを浮かべた。
「陛下が最前線で戦われているのに、忙しかっただと? 不敬なことを口にした自覚はあるのか? 我らは勇敢に戦ってきたぞ。貴様はよく分からん魔術で壁を作ったりして貢献したつもりかもしれんが、本当の意味で戦争に参加したとは言えんのだ。多少でも貴族としての自尊心があるなら、陛下に進言して褒美や恩賞などは辞退するのが……」
と、ヤルドがグチグチと何か言いだした。恐らく、思ったように戦争で活躍できなかったのだろう。そのあたりの事情が透けて見えた為、苦笑しながらその様子を眺める。
その時、後ろで硬い物がぶつかるような音が響いた。驚いて振り返ると、怒ったような顔のティルがこちらを見ていた。いや、見ているのは奥のヤルドのことのようだ。
「ヤルド様。失礼を承知で申し上げますが……」
ティルがそう切り出すと、ヤルドが恐ろしい形相で視線を向ける。
「なんだと、貴様……この俺に何を言うだと?」
ドスの利いた声でヤルドが問いただす。その態度に思わず文句を言いそうになるが、それよりも早くティルが反論した。
「ヤルド様。ヴァン様がこのセアト村でのんびりしていたかのような仰り様でしたが、決してそんなことはありません。ヴァン様はフェルティオ侯爵領に赴き、シェルビア連合国とイェリネッタ王国の大軍団を撃退していたのです。それも、フェルティオ侯爵様が大怪我をするような激しい戦いの中で……」
「な、なに? 父上が大怪我をした、だと……!?」
ティルの台詞を聞いていたヤルドが、驚愕した様子で立ち上がった。セストも目を見開いている。二人の様子を見て、違和感を覚えた。
「あれ? シェルビア連合国と改めて同盟を結んだからイェリネッタ王国が降伏を急いだのかと思ったけど、違ったのかな?」
シェルビア連合国とイェリネッタ王国の大軍勢を撃退したという話は陛下の下まで届いていないのか。そう思って疑問を口にしたのだが、ヤルドはそれには答えてくれなかった。
「父上が重傷とはどういうことだ? 今のご容体は?」
と、矢継ぎ早に質問してくる。
「え? 侯爵は大丈夫ですよ。今は再びセンテナを守ってくれてます」
そう答えると、一瞬の間を空けて、ヤルドが腕を組んでソファーに座りなおした。
「……そうか」
ふっと息を漏らして返事をするヤルド。一方、セストは残念そうに舌打ちしていた。普段はヤルドの陰にいて目立たないが、セストはかなりヤバい奴なのかもしれない。
いや、いたいけなヴァン君からしたらムルシア以外の家族は全員エネミーなのだが、中でもセストが最も怖い性格なのかもしれないと認識した瞬間だった。
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