平和な時間が……
あれから三週間。
そろそろイェリネッタ王国軍との戦いは開戦しただろうか。以前セアト村に攻めてきた王子くらい何も考えていなければ、多分同じ戦法を使って城塞都市ムルシアに攻め込んでくるだろう。
それならば、十回攻められても負けることはない。なにせ、今はパナメラやベンチュリーのような強大な魔術師も待機しているのだ。あんな原始的な大砲ならば近付く前にいくらでも対処出来るだろう。
問題は相手が別の手段に出た時である。本来なら、海側から幾つも砦や要塞を突破していかなければイェリネッタ王国へ侵攻することは出来なかった。だからこそ、ウルフスブルグ山脈を通過してイェリネッタ王国のど真ん中へ侵攻出来たことは想像以上の成果となる。
逆に、イェリネッタからしたら最悪の場所を押さえられた状況だ。城塞都市ムルシアを拠点として王都に向けて進軍されたら、最短数か月で王都が陥落する可能性すらあるのだ。それを防いだとしても、海側に攻め込まれたら一気に国土の二割ほどを奪われる。
両方を同時に防衛することが出来ない上に、そんな戦況であることが周囲の国に知られれば、何処かの国がスクーデリア王国に同盟を申し出ることもあり得る。そうなればもう終わりだ。臆病に駆られた貴族達から順に、一気にイェリネッタ王国は内部からも崩壊が始まるだろう。
今、イェリネッタ王国がとるべき手段は城塞都市ムルシアを奪還することしかない。しかし、もし相手が別の手段に打ってでた場合、予想外の事態が起きることもあり得る。
「僕だったらどうするかな?」
セアト村の領主の館、執務室の中でそう呟き、商業ギルドのアポロから仕入れたこの大陸の地図を眺める。すると、隣からアルテとカムシンが顔を出して同じように地図に視線を落とした。
「イェリネッタ王国の動向でしょうか?」
カムシンが尋ねてくるので、苦笑しながら頷く。
「まぁ、僕が考えられる程度のことは陛下も考えつかれているだろうけどね。一応、何が起きても良いように備えておこうと思ってさ」
そう答えると、カムシンが小刻みに首肯した。
「流石はヴァン様! ヴァン様なら、必ず陛下でも気づかれないようなことを考えることが出来ると思います」
「ははは、ありがとう」
無条件で肯定してくれるカムシンに微笑み、もう一度地図を確認する。すると、アルテが小さめの声で質問をしてきた。
「あの、ヴァン様はどうなると思っておられるのでしょうか」
そう尋ねられて、唸りながら頭の後ろに両手を持ってくる。
「う~ん……そうだね。自国の戦力に絶対の自信を持つなら、やっぱり城塞都市の奪還かな? それが一番その後の展開が有利だし、分かりやすいよね。でも、もし勝てる確証が無かったら、どう戦うかな。城塞都市にスクーデリア王国軍を留めるように一部戦力を置きつつ、他の場所から攻めるとか……肉を切らせて骨を断つってやつだね。後は、うまく城塞都市の外に誘い出して罠にかけるってところだけど、この地図上だと分かりやす過ぎるなぁ」
呟きつつ、地図上の街道を指さす。ウルフスブルク山脈のすぐ目の前にある城塞都市ムルシア。地図上では要塞と表記されている。その要塞から北東に行くとイェリネッタ王国の王都があるのだが、途中には砦がある程度で、他はそれほど防衛力のなさそうな町しか存在しない。
更に、街道自体も平坦でなだらかな道が続き、唯一あるとしたら川を渡る橋が一か所あるくらいだろうか。普通に考えたらその橋が狙いどころだ。大軍であれば橋を渡るために隊列を細長く変更する必要がある。もし、そこで奇襲が出来たなら、タイミング次第では陣形を再編成する前に決定的な打撃を与えることが出来るだろう。
そう思って橋を眺めていると、カムシンとアルテがハッとしたような顔をした。
「橋が危ない、ということですか?」
カムシンがそう口にすると、アルテも真剣な表情でこちらを見る。答え合わせみたいな形になっているなぁ、などと考えながら苦笑する。
「まぁ、僕の考えが合っているかは分からないけどね……とりあえず、橋で奇襲するには軍を隠す場所が無さ過ぎると思う。出来ても嫌がらせみたいに遠くから大砲で狙うくらいだけど、あまり大きな戦果は得られないし、橋を落とせば進軍が遅くなるかもしれないけど、逆転は出来ないからね。だから、スクーデリア王国軍が撤退するくらいのことを狙わないと」
「……それでは、どこで戦いを挑むのでしょう?」
アルテが眉間に小さな縦皺を作って更に質問を重ねた。
「僕なら……」
前置きするようにそう口にして、地図上の一点を指さす。
「この町を囮にして奇襲をかける、かな? 強い魔術師が何人もいるスクーデリア王国軍を相手にするんだから敵の得意な戦場は避けないとね」
「得意な戦場?」
「町を囮って、どうするのでしょう?」
二人が揃って首を傾げる。それに答えようとした時、ティルがお茶を淹れてきてくれた。
「皆さん、ご熱心ですね。そろそろ休憩されませんか?」
そう言って、ティルはニコニコと微笑みながらテーブルにお茶とお菓子を並べていく。美味しそうである。
「わぁ! ありがとう!」
「ありがとうございます」
「……僕も食べて良いですか?」
僕とアルテがお礼の言葉を口にしてお菓子に手を伸ばしていると、カムシンがそんなことを呟いた。普段はティルから言われるまで黙っているので、よほどお腹が減っていたのだろう。頭を使い過ぎてしまったのかもしれない。
「もちろん、カムシンもどうぞ」
ティルは口元を隠して笑いながらお菓子を勧める。カムシンはパッと花が咲いたような笑顔を見せつつ、お菓子に手を伸ばした。ティルと一緒にその様子を見て和んでいると、アルテが地図をじっと見ながら焼きたてのクッキーを齧っている姿が目に入る。
どうやら、先ほどの話が気になっているようだ。いつも行儀が良いアルテにしては珍しい姿である。
そんなことを思いながら、自身の考えを口にする。
「……あんまりしたくない戦い方だけど、城壁のある町の中に誘い込んでしまえば接近戦になると思うんだ。だから、その状況で黒色玉を使って自爆覚悟の乱戦に持ち込む。そうすれば、魔術師も連射式機械弓の有利も失われるからね。まぁ、陛下たちは最後に町にはいるだろうから、最初の町では一般の兵や傭兵の人達が犠牲になっちゃうかなぁ」
そう告げると、考察を聞いていた三人がこちらに顔を向ける。
「……恐ろしい戦い方ですが、最初の町、とは?」
「他の町や砦でも同様の戦い方をするということですか?」
カムシンとアルテが深刻そうな表情でそう呟く。それに頷いて、地図に立てた指を前に進めた。
「この町で数千人を削る。次の町でも同様に。後は、地図上ではわからないけど、この小さな森が大軍を隠せるようなら、スクーデリア王国軍が砦を攻めようと通過したところで、背後から攻撃をする。それまでの戦闘で必ず重要な人物は軍の後方にいるだろうから、うまくいけば陛下を殺すことも出来るかもしれないよね」
あえて、淡々とイェリネッタの視点からの作戦を述べた。それを聞いて、三人は揃って息を呑む。
「それでは、このままでは……」
「きゅ、救援に向かわないといけないのでは?」
アルテとティルが不安そうな顔になってしまった。僕は慌てて手を左右に振りつつ、自らの考えを否定するように口を開く。
「いや、そうと決まったわけじゃないからね? さっき言ったように、逆にスクーデリア王国の領土内に侵攻してくる可能性もあるし、もしくは城塞都市ムルシアをどうにかしようと動くかもしれない。可能性は薄いけど、守りに入って同盟国を動かす、なんてこともあり得るかな? 流石にそんなに悠長なことはしないだろうけど、色んな戦い方があるからね」
苦笑しながらそう言ってフォローすると、ティルとカムシンは難しい顔で頷いた。一方、アルテは更に不安そうな顔になって俯く。
「……も、もしかして、またフェルディナット家を狙うなんてことも……」
アルテが震える声でそう呟くと、ティルとカムシンの方が先に慌て出した。
「大丈夫ですよ」
「以前、アルテ様が思い切りやっつけたと聞きましたし、怖くて近づいてきませんよ」
二人がそう告げると、アルテがこちらをちらりと見た。それに真剣な顔で頷き返す。
「そうだね。窮地に陥っているから、一度敗北した地点は狙わないと思うよ。う~ん、もし王都を攻められる前に侵攻するつもりなら……海もウルフスブルグ山脈側もダメだし……後は……」
独り言のように呟きながら、地図の上をすべるように人差し指を動かしていく。そして、隣の国で止まった。
直後、執務室の扉をノックする音が響く。
「ヴァン様! 至急、商業ギルドのアポロ様が面会をしたいとのことです!」
その声を聞き、不意に嫌な予感がして立ち上がった。
「……入ってもらって良いよ」
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