侵入者への罰?
厄介なことに、僕の拠点に侵入しようとした不埒な輩の背後に騎士団がいると分かった以上、調査しないわけにはいかない。
それは敵対するものは許さないぞ、という貴族としての在り方であったり、力を示すことで間接的に他の貴族への牽制を行うことであったりと、理由は様々である。
とりあえず、貴族としては自分に害を為そうとする者を放っておくと、命の危険以外の部分でも色々と不都合が起きてしまうのだ。面倒くさいが仕方がない。
溜め息を吐きつつ、怒れるディーの後ろを歩く。十分ほど遅れてやってきたアーブやロウもかなりお怒りである。それに感化されてか、カムシンも肩を怒らせて歩いている。
ちなみに僕の休む拠点付近を守っていたセアト村騎士団も同様だが、拠点の廻りを夜間パトロールしていた二名の若者はお通夜状態だ。どうやら、他の騎士団の人から食事のための交代を申し出されて受けてしまったようだ。立派な騎士の鎧を着ていた中年二名から、職務の都合で動けないため交代で食事休憩を取りたいと言われたようだ。そんな高い身分の騎士が休憩もとれずに夜の番などしないだろうが、若者二人はまんまと騙されてしまった。まぁ、他の貴族や騎士団が入り乱れての行軍では勝手が分からないこともあるだろう。
それに関しては見張りをしていた二人がディーにこっぴどく怒られてしまい、可哀そうなくらいである。
一回失敗をした方がミスをしなくなるというのはよく聞く話なので、怪我人も被害もなかったのだから僕は気にしていない。何なら次はわざと同じ状況を準備して囮になっても良いくらいである。
しかし、今はイェリネッタ王国との戦いに備えた大事な行軍の最中である。貴族として力を示したり、敵対者を許さないという強い意志を見せるのは大切だが、その塩梅が難しい。行軍の邪魔をするのは愚行であり、陛下だけでなく他の貴族からも悪感情を持たれる可能性がある。
とはいえ、何もしないわけにもいかない。
そんな面倒なことをグルグルと頭の中で考えながら、とりあえず山道の舗装工事を続けていく。
「どうしたものかなー」
「え? 何か仰いましたか?」
馬車の前で舗装工事をしながら呟いた独り言に、傍で飲み物を用意していたティルが反応する。ついでにとばかりで差し出されたコップを受け取り、中に入っていた水を口にした。
「ありがとう……いや、昨夜不法侵入した犯人なんだけど、たぶん、トロン子爵とヌーボ男爵の騎士団が手引きして僕の暗殺を目論んだんだと思うけど……」
そこまで言ってセリフの続きを濁すと、ティルが眉根を寄せる。
「証拠がない、ということですね?」
と、ティルは怒ったように答えた。静かに怒っているが、ティルがプリプリしてもあまり迫力がない。僕はその様子に苦笑しながら肩を竦める。
「いや、証拠は見つけられると思う。アルテが半端に開いた扉ごと吹き飛ばしたから、相手は怪我もしているだろうしね。鎧が大きく傷ついてたり、扉の形に跡が残ったりもしてるんじゃないかな? ただ、問題は別のところにあって、トロン子爵とヌーボ男爵はとある侯爵の派閥に入っているんだ。つまり、二人の背後にはもっと大きな権力を持つ人物がいる」
それだけ言って顔を上げると、ティルはハッとした顔でこちらを見た。
「……まさか、フェルティオ侯爵様が?」
すぐに僕の予想に辿り着いたティルに、曖昧に頷いて苦笑する。ジャルパが暗殺まで考えたかは不明だが、盗む物も無い以上、僕の拠点に侵入する意図は他に考えられない。
最低でも陛下からの評価が高い僕を脅して何かしらの事をさせようとはした筈だ。ジャルパの狙いが僕なのであれば、最も良くて脅しや警告。次点が奴隷契約をすること。最悪は暗殺だろう。
我が父ながらえげつないほど貴族らしい行動である。とはいえ、目的を達成する為の手段や時期の見極めについては短慮に過ぎる。いくら武力で成り上がってきたジャルパであっても、これほど大雑把な行動には出ないだろう。
これは、もしかしたらトロンやヌーボの独断での犯行の可能性もある。それならば、ジャルパに恩を売る為、有用な力を持つ僕を奴隷にするつもりだった、というのが濃厚だろう。
「……よし。じゃあ、ディーを呼んで調査をお願いしようか。余計な事態にならないように、分かりやすく調査してもらおう」
そう言うと、ティルは目を瞬かせて首を傾げた。
「分かりやすくって、何故ですか?」
そんなティルの質問に浅く頷いて答える。
「下手に貴族を何人も引っ張り出すのは影響が大き過ぎるからね。こちらはしっかり調べようとしてますよーって周囲に見せて、黒幕が簡単に捕まらないようにしたいんだ。そうすれば陛下も僕の意図を理解して協力してくれるだろうし、陛下が動けば誰も僕に手出しできなくなる」
簡単に説明すると、ティルは難しい顔で唸った。
「な、なるほど……でも、それじゃヴァン様を狙った悪い人もそのままですか? 確かに誰も怪我はしていませんが……」
納得できない、そんな口ぶりでティルが口ごもる。それに片手を振って否定し、微笑んだ。
「大丈夫。衛兵が盗賊を捕まえるみたいな分かりやすいことは出来ないけど、貴族らしく反撃するよ。誰にも、それこそフェルティオ侯爵にも文句が言えないやり方でね」
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