銭湯とエレベーター
あなたの街にもあるだろうか、スーパー銭湯。嗚呼、スーパー銭湯。あれば素敵ね、スーパー銭湯。そう、そこは魅惑の湯ートピア。
これが僕の幼少時にお世話になっていたスーパー銭湯のキャッチフレーズである。
今聴いても中々エッジが利いていて良いキャッチだ。これには老若男女全てキャッチされてしまうに違いない。
実際、僕はたいそうお世話になったものだ。そんな思い出に残る銭湯を作りたい。
そう思った僕は、まず冒険者にとって何が一番なのかを考えた。
まずは、冒険から帰ってきて汚れを落とすことだろう。少し広めのお一人様用シャワーコーナーを五人分、つぼ湯も同じ数作る。後は露天風呂と寝湯、打たせ湯でいこう。
周りには大きなクサラホテルや商店があるので、必然的に露天風呂は三階建ての屋上になってしまう。一階と二階で男女を分けてしまうと片方は露天風呂が使い難い。
なので、一階はスーパー銭湯らしく受付とくつろぎスペースにする。
広めの入り口をくぐると売店があり、風呂用品と冷たい飲み物などを売っている。フロアの半分は土足厳禁の寝転べる休憩ゾーン。残りの半分は荷物置き場とテーブルセットの休憩ゾーンだ。
入り口の売店と奥の受付から見える位置に置けるから、荷物も問題ないだろう。盗難事件などがあれば鍵付きロッカーも検討しよう。
受付の左右に男女分かれて二階に上がる階段を作れば、利用しやすいだろうか。二階と三階のフロアを半分に区切り、それぞれに同数のシャワーコーナーとツボ湯を設置。三階は打たせ湯、寝湯があり、屋上が露天風呂。
おぉ、これなら結構広めに作れそうだ。お湯は常に流しっぱなしにしよう。この世界だと王族クラスの贅沢な仕様だが、冒険者達はこの街の稼ぎ頭である。多少の費用はまったく問題ない。
そう思い、一気に作っていく。冒険者が乱暴に使っても大丈夫なように、素材もかなり厚めのウッドブロック製だ。
セアト村と同様に、銭湯は我が家の事業として運営しよう。管理人を一人選任し、従業員の雇用はその人に任せる。
また、他の店舗やベルランゴ商会の支店などからも代表者を選任してもらい、商店街の組合みたいなのを作っても良いかもしれない。
そうすれば、冒険者の街の代官に任命しているエスパーダも仕事が楽になるはずだ。
と、冒険者の街の管理について思案しながら通りを確認する。もう道沿いの店舗は殆ど出来上がっている。残るはベルランゴ商会用の建物だけだ。
「よし、じゃあベルランゴ商会の店を建てるよ! 要望はあるかな?」
そう尋ねると、ベルはいつの間に用意したのか、図面を描いた紙を取り出した。
「ヴァン様の浴場施設を見ていて思ったのですが、やはり、地下から三階まで荷物を運ぶのは大変ですし、時間の効率も悪く感じます。なので、地下から地上まで物資を運ぶ滑車があると……」
「滑車? あ、エレベーター作るってことね」
「エレベーター……?」
首を傾げるベルに簡単に説明する。
「井戸とか王都の城門とかは実際に使ってるけど、それの人や物を上下に移動させるためのものかな。滑車の数があればあるほど重さは軽くなるから、四個か六個使ってみようかな?」
「成る程。私も井戸の水汲みを想像していました。しかし、数が増えるとそんな利点があるんですね」
と、商人のベルが意外なことを言ってきた。まあ、地球でも滑車によるエレベーターやクレーンが出来てすぐに世界中に広まったわけではないだろうし、この国はまだまだ滑車の応用について研究が進んでないだけかもしれない。
もしくは、誰かが特許みたいに知識の独占をしてたりして。
「……まぁ、良いか」
色々考えてみたが、特にそんなことを追求しても仕方がない。船を作ったり牽引するクレーンなどは昔からあったと聞くし、海洋国家なら独自に発展した滑車の設備もあるかもしれない。今度、商業ギルドの人に聞いてみよう。
「ヴァン様。その、人や物を運ぶ滑車とは……」
と、エレベーターについて馬車の上からアルテが尋ねてくる。
「床が動いて運んでくれるんだけど……ああ、じゃあ作るところ一緒に見てる?」
「良いのですか? 是非見てみたいです」
そんなやり取りをして、アルテが付いてくることになった。何となく良いところを見せたい気分だが、エレベーターは初めて作るのでハードルが高い。ちょっと困った。
「……よし。じゃあ、一先ず建物から先に建てようか。各フロアの間取りは後で変えることが出来るから、エレベーターの場所だけ決めてくれる?」
「あ、分かりました。では、入り口を二箇所作っていただいて、各階層の倉庫に通じるように設置をしてもらいたいです」
「搬入用の出入り口ってことだね。それなら冒険者の街の表の出入り口から遠い方に作ろうか。階段は真ん中に作るね」
「お願いします」
簡単に建物の構造を話すと、一気に建築を始める。材料はベルランゴ商会の人たちが山のように持ってきてくれるからどんどん作れる。
地下一階から地上三階まで吹き抜けを一箇所作り、それ以外は間仕切りすらない。階段は四人くらい並んで登れる広いものにしておいた。
その階段をせっせと登り、三階まで上がる。アルテも付いてきたが、かなり疲労感を漂わせており、ティルがずっと側に付いている。
「はぁ……疲れたね」
笑いながら広いフロアを見回す。階段を柱代わりにしているため、鉄筋コンクリート構造のビルのようにフロアが広々としていた。
一方、アルテとティルは地下一階まで続く穴を見て顔を青くしていた。
「こ、怖いですね……」
「アルテ様。覗き込んでは危ないですよ」
しゃがんで穴を見下ろすアルテと、その少し後ろでアワアワするティル。カムシンは四つん這いになって穴を覗き込んでいた。
「落ちないように気をつけてね」
笑いながらそう言って、僕は天井に滑車を設置する。大きめの滑車を横に段違いで並べる形だ。学校の勉強でよく習うのは四つくらいだった気がするので、最初はまず滑車を四つ並べて作ってみよう。
そして、吊るす箱を作る。箱は落ちないようにウッドブロックで作った仮設の床で固定している。次は吊るす紐だ。これは頑丈さがとても重要なので金属ワイヤーにしておこう。細くした金属を撚り合わせて作る頑丈なロープだ。豪華にミスリル製のロープにしておいた。
「……やっぱり、ミスリルは一気に魔力を持っていかれるなぁ」
脱力感を覚えつつ床にそのまま座り込む。木、土、鉄、銅、銀、金、ミスリル、オリハルコンの順番で魔力の消費が増えるようだ。木ならば全然疲れないが、ミスリルやオリハルコンの場合一時間ほど連続で加工していると魔力が尽きてしまう。
だが、ゆったり休んでいる暇もない。エレベーターの安定性を向上するために箱の左右にレールを設置し、落下防止の手すりなども素早く作った。
「滑車に交互にワイヤーロープを巻き付けて、人や物を載せる箱とがっちり固定したよ。本当ならボタンを押せば自動で動くようにしたいけど、今はそこまで思いつかなかった」
苦笑混じりにそう言ってから、箱を支えていたウッドブロックを取り外す。
箱を吊り支えるワイヤーロープの端を持っているため落下することは無いし、何も載っていないので殆ど重さも感じない。
「これで完成ですか?」
ワイヤーの端を握って動作を確認していると、ティルが目を輝かせてそう聞いてきた。
「そうだね。じゃあ、こっちをディーに握ってもらおうかな。しっかり持ってね」
そう言うと、ディーはよく分からないままワイヤーロープの先を握った。両手でしっかり握っている姿を確認してから、僕は出来たばかりのエレベーターに乗り込んだ。
「ちょっ!? ヴァン様!」
「ひゃあああっ!?」
慌ててカムシン、ティルが駆け付けてくる。ディーは慌ててワイヤーを掴んだまま腰を落とした。アルテは手すりにしがみ付いてこちらに手を伸ばそうとしていたので良いが、カムシンとティルは勢い余ってエレベーターに乗り込んでしまっている。
「み、皆で乗っちゃダメだよ。降りて降りて」
「ヴァン様の方が乗っちゃダメですよ!」
「降りてください!」
三人揃ってエレベーター内でバタバタと争う。それを見てアルテとベルが悲鳴をあげた。
「と、とりあえず皆さん降りてください」
アルテに言われて、ようやく三人揃ってエレベーターから降りる。
とりあえず、滑車は問題なく機能していたのでディーに持たせていたロープの先端に錘を入れる箱を用意し、重量を調整することでエレベーターを使うことにして完成したのだが、その後ティルに物凄く怒られたのだった。
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