【別視点】商人会議
本日8月13日昼よりコミックガルド にて
お気楽領主の楽しい領地防衛コミカライズ版が
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領主の館の応接室に、魂が抜けたような顔の三人の姿があった。見事な装飾の一人掛けソファーに腰掛けたアポロ、ディアーヌ、ロザリーの三人だ。
三人は知らないが、セアト村内で最も豪華絢爛な部屋がこの応接室である。照明、家具、調度品だけでなく、壁や床、窓枠にまで拘って作られている。
だが、部屋にはメイドもおらず、それぞれのソファーの横に置かれたサイドテーブルの上には、フルーツジュースとパンケーキが並んでいる。食器は銀製だ。
座り心地の良いソファーに座ったまま、ロザリーが二人を見て口を開く。
「……まだ信じられないけど、ここは価値無しと判断された辺境の村、ですよね?」
ポツリと、呟く。その言葉に、ディアーヌは眉を八の字にして顔を上げた。
「今それを言われると、本当に無能になった気がするのでやめてください……商会の持つ情報は過去の辺境の村についてです。ヴァン様が領主になられてからの情報は、私が王都に戻ってすぐに作成します。それと、この村へ定期的にキャラバンを派遣する準備をしましょう。ベルランゴ商会は頑張っているようですが、全く追いついていませんからね」
溜め息混じりにそう答えてから、ディアーヌは自嘲気味に笑う。
「それにしても、この村の驚異的な発展もそうですが、何よりヴァン様の魔術には驚かされましたね。魔術の使い方もそうですが、あの発想力は異常です。十歳にも満たない御年ということを除外しても、あれほど斬新かつ有用な考えが思い浮かぶものでしょうか」
まるで懺悔のように後悔の色が窺える表情で語るディアーヌに、アポロは腕を組んで顎を引いた。
「……特に、この城壁の形状、防衛兵器の数々、ですね。ヴァン様はとても温厚な方のようですが、その才能は明らかに争い事に向いています。もし、ヴァン様がその気になれば、ヴァン様を擁する国が覇権を手にするなどということもありえますよ」
「それは流石に……」
アポロの言葉に苦笑しながらディアーヌとロザリーが顔を向けたが、冗談を言っているような空気ではないと気が付き、口を噤んだ。
それを横目に見つつ、アポロは深く溜め息を吐く。
「……出来たばかりの商会が、辺境の貴族とグルになって小銭を稼いでいた……それが本当であった方が余程悩まずにすみましたね。今回の調査結果は、おいそれと口外出来るものではありません。しかし、捨て置いて良いわけもない」
アポロの言葉に、ディアーヌが頷き答える。
「もちろんです。ただ、商業ギルドとしては、こちらの大陸で根を伸ばすならヴァン様と良好な関係を築く以外に選択肢は無いと思います。我々、メアリ商会も同様にヴァン様と良い関係を、と考えています」
ディアーヌが薄く微笑みながらそう口にすると、アポロが苦笑とともに首を左右に振る。
「……メアリ商会の思惑通りになるのは少々悔しいですが、協力し合うのが最も堅実でしょうな。ヴァン様の話を聞くに、必需品は大半が自給自足できているようです。後必要なものは調味料や違う地域の食物、そして他の文化の品です。あれだけ発想力豊かな方ですから、自らの想像力を刺激する代物には目がないでしょう。それらは、様々な国と取引がある我ら商業ギルドが最も得意な分野です」
アポロが自らの胸に片手を当ててそう告げ、ディアーヌも真似するように自らの胸に手を当てた。
「そして、王国内で最も多くの流通経路と隊商を持つ我々なら、商業ギルドの商売のお手伝いを滞りなく行うことが出来るでしょう。まぁ、他国へセアト村の品を運ぶ場合は費用が少々高くなるかもしれませんが」
「……承知しました」
二人がそんなやり取りをしていると、タイミングを見計らうようにドアをノックする音がした。
扉の外から声が聞こえて、アポロ達が無意識に扉の方へ向く。扉を開けて現れたのは元奴隷のメイドだった。メイドは静かに一礼し、口を開く。
「ご歓談中失礼いたします。よろしければ、ヴァン様がお話を聞きたいとのことです」
そう言って、メイドは三人の顔を見る。三人は顔を見合わせてから、すぐにメイドへ向き直った。
「もちろんです」
「お伺いいたします」
アポロとディアーヌが返事をし、ロザリーも首肯して返事をした。
メイドに連れられて三人は領主の館の二階奥に行き、突き当たりの両開き扉の前に立った。先頭に立つメイドがノックすると、扉が内側から開かれる。
開かれた扉の向こう側に広がったのは、まるで博物館のような景色だった。部屋の入り口には真っ白な台が置かれており、その上には緻密な装飾が施された直剣が飾られている。
さらに周囲には等間隔に白い台が並び、様々な物が展示されていた。
予想外の光景に三人は戸惑いながらも、商人の習性か、並ぶ展示物を順番に見ていく。
「……これは、武具、魔獣の素材……鉱石……? いや、まさかこれは……」
「お、オリハルコン、ですか……?」
その中で、一つのものに三人の目が集中した。アポロとディアーヌが絶句し、ロザリーが目を見開いてオリハルコンを凝視する。
「これが、オリハルコン……初めて見ました」
そう言うロザリーに、ディアーヌが首を左右に振った。
「私もこれが初めてです。隣国の王家が所有していると聞いたことはありますが……」
「……私は二回目ですが、これほど大きな物ではありませんでしたね」
その場で何かに取り憑かれたようにオリハルコンの原石を凝視する三人。その背後に、ヴァンがティル、カムシン、ベルを連れて現れる。
「皆様、お疲れ様です」
ヴァンが声をかけると、三人は肩が跳ねるほど驚き、体ごと振り返った。
「あ、こ、これは、ヴァン様!」
「触ったりしていませんよ!?」
「お、驚きました…!」
まるで泥棒が犯行寸前に見つかったような驚き方だったが、ヴァンは三人の様子を見て微笑み、口を開いた。
「皆さんが来るということで、急遽この部屋を準備したんですよ。面白いでしょう?」
と、無邪気な子供らしい質問をするヴァンに、三人は台の上に並ぶ品々を見て頷く。
「なるほど。つまり、この部屋はセアト村の特産品を紹介するための部屋、ということですか。これはとても面白い趣向だと思います。商談をまとめるなら、実際に品物を見ながらの方が良いですからね」
「はい。それに、そのまま品物が出てくるよりもこの方が気分が高揚します。不思議ですね」
「普通なら、見せられた特産品の状態や質がどれだけ維持されるか尋ねるものですが、ヴァン様の場合はそのようなことは不要ですよね」
と、三人は肯定的にヴァンが用意した趣向に興味を示す。その様子に嬉しそうに微笑み、ヴァンは三人の間をすり抜けて展示されたオリハルコンの原石に手を触れた。
「これは仲良くしているアプカルルの方々から譲り受けたものです。数はあまり多くありませんが、年に何回かこれと同じくらいの物が届きます」
「アプカルル……!」
「……噂では聞いていましたが、実際に交流があるのですね」
ヴァンの言葉に息を呑む三人だったが、更に目の前で起きたことには度肝を抜かれた。
ヴァンが無言で動かなくなったと思ったら、オリハルコンの原石が徐々に形を変え、更に輝きを増していくのだ。
一、二分という黙って見ているには少し長く感じる時間を、三人は微動だにすることが出来なかった。
そうして、オリハルコンの原石がオリハルコンとして精製され、美しい細身の曲剣となるのを確認し、ようやくロザリーが口を開くことが出来た。
「……これは……」
その呟きをどう受け取ったのか、ヴァンは深く頷きながら出来たばかりの曲剣、日本刀を手にする。
「オリハルコンなら耐久性は十分なので、斬れ味にどこまでも特化したカタナという剣を作ってみました。恐らく、僕が作った中でも一番だと思います。ドラゴンの鱗も牙も紙を切るみたいに斬れる筈」
と、ヴァンはとんでもないことを言い、日本刀を空中で振ってみせた。焼き入れをしたわけでもないのに日本刀には刃文があり、装飾はあまり無いというのに恐ろしいまでの存在感を放っている。
それを呆然と眺めるアポロ、ディアーヌを見て、これまで黙っていたベルが口の端を上げ、わざとらしく咳払いをしてみせた。
「……おほん。ここまで見ていれば、取引をしたくないなんて商人は皆無でしょう。なので、今からは商人同士、堅実な話し合いのもと、今後について相談しましょう。僭越ながら、これまでヴァン様と取引をしてきた我々ベルランゴ商会が主となって会合を行います。宜しいですね?」
ベルはこれまでの疲労感が滲んでいた表情を、まるで嘘だったように引っ込め、代わりに野心に溢れた商人の顔で笑みを浮かべ、そう口にした。
これにはアポロもディアーヌも笑うしかなかった。
「……勿論ですよ。商業ギルドはこの村に品を卸す時は先ずヴァン様に、次にベルランゴ商会に卸すことにしましょう」
「メアリ商会も、協力は惜しみません。こちらにベテランの商人を数名常駐させますので、自由にお使いください」
あれよあれよという間に、ベルがアポロ達と同等以上の立場になっていくのを見て、ロザリーが目を瞬かせてみせる。ヴァンがいる内に言葉を引き出したかったのだろうが、少々強引にも見えたからだ。
「……あのお人好しのベル少年が、変われば変わるものねぇ……よほど、商売で苦労したのかしら」
二人の協力を約束するという言葉を聞けたベルがホッとしている様子を見て、ロザリーは独り言を呟きながら苦笑したのだった。
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