幕間 蛍とコンビニ
「蛍ー、コンビニ(*)行くけど一緒に来るかん?」
「待ってお母さん! 行く行く!」
母の言葉に、蛍はバタバタと玄関に飛び出してくる。
コンビニ。なんと都会的な響き。
年頃の女の子である蛍だが、コンビニを利用するのは月に数回ぽっちに限られていた。
なぜなら、店が家から車で20分はかかる場所にあるから。しかもバス停や通学路からは離れている。
あっち方面に帰る友達を、以前はずいぶんとうらやましく思ったものだ。いや、それは今もなのだが。
別にコンビニを必要以上に持ち上げるわけではないけれど、この田舎町の中ではひっじょーに有用な情報源だということを、蛍は知っている。
お菓子も小物も、オリジナルのパン類も、野暮ったさはなく洗練されている。どこでも売っているはずの雑誌だって、近所のスーパーで扱っているようなおばさんくさいやつではない。ぱりっとした光沢はそのままに、天井のLEDを反射している。
もちろん中身が変わるわけではない。しかし、何を置いているのかという品揃え自体が、都市から降りてくる重要な情報の一端なのだ。そのラインナップを眺め、必死でそのセンスを吸収しなければならない。
蛍にとってコンビニとは、山口県でありながら山口県ではないのだ。
「む-、最近はこういうのが流行ってんのかー」
田舎を言い訳には出来ない。はやり物には敏感にならなければ。
そうやって蛍はずっと、背伸びして生きてきた。
蛍は、自分で髪を赤く染めている。美容院はたまに(他県に)行くものの、お小遣いだってい少ないのだ。そうそう自由は利かない。
ということでベースは美容院にお任せし、あとは自分で研究した結果が、この赤いドリル髪である。
「あ、こんなの売ってる。アイツに買って行こうかな」
見つけたのは、ちいさなアニメキャラのフィギュア。たしか青海が好きだったキャラだ。
「でもあいつ、最近趣味が変わっちゃったしなあ」
蛍は幼馴染の男の子の顔を思い浮かべる。
家が近く、唯一の幼馴染というやつで。
昔から女の子っぽいと言われていた。そして、蛍はそのはにかんだ顔が可愛いくて大好きだった。
趣味の方は気付かなかったが、いつの間にか男らしくがっしりしてきたことには気付いていた。
同じ距離で接しているのに、今まで触れなかった肩が触れ合い、どきりとしたこともある。そのたびにバレないかひやひやして、鼓動を必死で収めようとしたものだ。
そんな彼の様子が、最近目に見えておかしくなっている。
「最近変なんだよねー、あいつ。いつからだろ? いつの間にか手品まで覚えてから」
まあ手品程度ならいいのだが、ついでに浮かんでくる少女の顔が蛍の心をきりきりと締め付ける。
――二見ときわ。
最近青海が仲良くしている女の子だ。彼女とはどうも波長が合うらしく、どうやら二人きりでも遊んでいるらしい。
うー、イライラするわ。 あいつは私のものなのに。
黒い衝動が襲ってくる。落ち着かなくては。
蛍はあの時のことを思い出して昇華しようとする。
――好きにしていい存在じゃない。
――お前の体は私のもの
……あ、やばい。
思い出しすぎて、顔の温度が明らかに上がっている。
蛍はごまかすように冷たいコーラを頬にあて、お目当ての雑誌と、それとアニメキャラのフィギュアを手に取った。
※コンビニ……あなたが観光で山口県を訪れているなら、国道沿いだからといって安心しないこと。トイレ休憩なんていつでもできると思わない方がいい。




