051 ゾンビ―!
青海たちがときわとダグザを探していたころ、二人は逆方向の海の家で、仲良くかき氷をほおばっていた。
「ときわちゃん、ふたりをおいてきちゃって、よかったの?」
「大丈夫、私たちはジャマものだからね。……あいちち、ひやーい。」
キンキンの氷をかき込みながら、ときわは頭を押さえる。油谷先生は、遠くに見える青海たちを、ぼんやりと見守っていた。
「そもそも蛍が意気地なしだからなー。師匠が蛍以外の誰を選ぶっていうんだよ」
「んー、でもさ、ときわちゃんは長門くんのことをどう思ってるの? 好きじゃないの?」
油谷先生は、プラスチックのスプーンをくわえたままで聞いてくる。
「そりゃ好きだけどさー、男女としての好きもあるけどさー、蛍ほどじゃないもん。私は蛍のことも師匠のことも好きだから、トータルで考えると、二人がくっついてくれるのが一番幸せなんだけどなー」
「おとなねー」
「どうだろーねー」
ときわはあいまいに答え、ずずずーっとカップの底のシロップを吸い込んだ。
「ごちそーさまっ!」
このあと、どうするの? 油谷先生が聞くと、ときわは砂浜の端っこを指さして、探検しようぜと言った。
泳ぐのも良いが、岩場の節足動物たちは、ぞくぞくとした魅力を備えている。
きもーい!とか言いながら、蛍に投げつけてやりたいなー。
そんなことを考えながら、ときわは歩いていく。
と、そのとき。
「うわっしょっ!」
派手な声をあげ、ときわはジャンプする。知らない間になにかにつまづいたらしい。
半回転して体勢を整えると、地面を確認する。
砂山がもこりと動き、砂の下から――、いや違う。
透明な何かが、寝ころんでいたのだ。
ときわがマナを込めて目を凝らすと、その塊は徐々に色が濃くなり、次第に人間の姿になった。
「痛いのう、何するんじゃ、クソガキめ」
「うわ、なにこいつ、ゾンビじゃんっ!」
ときわがゾンビと言ったのも、あながち間違いではない。
骨が浮いたようなよぼよぼの老人姿で、霊体だと思われるくせに砂に埋もれ、薄汚れていた。
「ときわちゃんも、変なのによくからまれるのねー」
油谷先生はあきれて言った。
「どうしましょう、ダグザ先生。私としては親友のデートの邪魔になりそうなので、さっさと燃やしてしまうべきかと思うのですが」
めんどくさそうなときわだったが、先ほどの浮かれた雰囲気から一転、落ち着いて戦闘モードに入っていた。
軽く開いた両腕から、魔力光がぴきりと走る。
「ちょっと待て、何を物騒なことを言っとるんじゃ、小娘が」
「まあまあ、二人ともおちつきましょー」
ときわの言葉に身の危険を感じたのか、謎の老人は妙なことを言い出した。
「おい小娘。いや、その隣の女もだが、わしが見えるし触れるようじゃな。ひとつ仕事を引き受けんか?」
仕事? 二人は顔を見合わせる。
なあに、簡単な話だ。
老人は言う。
自分は、不老長寿の霊薬を探して旅をしていた。なんとか手に入れたはいいけれど、使うための道具が必要だ。
この浜にそれを持つ女がいるのだが、よこせというのに聞く気はない。どころか、逆にこちらの持っている霊薬を狙ってきたというのだ。
「あの女、ムカつくのじゃ。お前は干からびてるから手遅れじゃとか言いやがって。だいたい、年上ならば敬うべきじゃろう。あいつ、わしより900歳も年下なんじゃぞ。ここはわしに譲って、もう1000年待ってから文句を言えというのじゃ」
ぶつくさと老人の文句は続く。
話を聞き流しながら、ときわは思った。なんだ、意外と仲いいじゃないか。半分こで手を打てばいいのに。
「で、わたしたちにどうしてほしいの?」
わかりきっていたのだが、一応確認のために聞いてみる。
「簡単じゃ。その女を倒し、霊薬の瓶の鍵を奪って欲しい」
そらきた。
「やだよ、強盗なんて。だいいち、私たちにメリットなんかないじゃん」
「そうか? 不老不死じゃぞ。秘密だけでも知りたくないか?」
老人の誘惑を、ときわはきっぱりと断った。
「いらない。力は自分で手に入れてこそだ。ってゆーか、だいたいうさんくさいし。いこ、油谷せんせー」
ところが油谷先生はメトロノームのように首を振り、なにやら考えている。
うーんー、と可愛らしいうなり声。
そして――。
「うん、いいじゃない。不老不死か。ときわちゃん、どうせヒマなんだし、少し手伝ってあげましょーか」
ダグザはレアリーの呪いについて考えていた。
異世界の霊薬だ、もしかしたら自分たちの知らない、呪いを解くヒントになるかもしれない。そう思ってのことだったが、ときわたちには知る由もない。
うええ? っと驚くときわのよこで、満足そうにうなずくゾンビ……もとい、老人。
これも修行よー、と笑顔で押し切る油谷先生に、しぶしぶ折れるときわだった。
「まあいいか。私はときわ。お前の名前は?」
「徐福(*)じゃ。西の海の向こうにある、秦という国から来た」
※徐福……秦の始皇帝の命令で、東の地に不老不死の霊薬を求めて旅立った。土井が浜にたどり着いたという話もある。




