049 ムカツクン・ロック
「暑いなー」
「暑いねー」
ドタバタと充実した一学期が終わり、学校は夏休みに突入していた。
休みといっても夏季の課外授業と部活動のため、学校に来ている生徒は多い。私たちも例外ではなく、ほぼ毎日のように学校で顔を合わせている。
午前中は課外授業。午後からは部活動として、理科室でマナトレなどを行うのが日課になっていた。
夏課外は任意の補助授業ではあるが、ほとんどの生徒が取っている。
休みで時間がたくさんあるからといって、ごろごろしているのは寿命の浪費だ。生命に対する冒とくだ。
まあ、家にいてもやることがないとか、農作業の手伝いから逃げるといった理由も多いのだが。
「海、行きたいわねー」
すべては、蛍のその一言から始まった。
「それだ!」
つられたように、ときわもさけぶ。
「師匠、夏と言えば合宿ですよ!」
――合宿。
知っているぞ、仲間やライバルたちと、泊りがけできゃっきゃうふふとやりながら、合同で研鑽を積むのだ。
私も行きたかったのだが、そのたびに「今年は中止になったのー」だの「ごめん、こないだ終わったばかりなんだ」だの、皆との予定が合わなかったりだの、なかなか参加することはできなかったのだ。
ああ、にやにやが止まらない。ついに私も、合宿デビューできるんだ!
「いや、無理でしょ。子供たちだけでどうするのよ」
「むー、じゃあ日帰りなら? 土井が浜(*)なら近いしさ」
弟子ときわ、簡単にあきらめるのは魔術師失格だぞ。
私は固く握ったこぶしをつきあげて言った。
「ダメだ、合宿といえば宿だぞ、宿。絶対に泊りで行くんだ! キャンプファイヤーとかやりたくないのか、お前たち!」
女子二人は顔を見合わせる。
「うーん、そりゃしたいけどさー」
「青海は男だからいいかもしれないけど、そのー、……私たち、一応女なんだけど。おかーさんがいいって言うかなー?」
ああ、そうか。……って、私も女みたいなものなんですけど! 襲ったりしませんけど!
もじもじと恥ずかしそうに目線を合わせようとしない蛍だが、何とかならないかなーという空気は出している。結構乗り気のようだ。
うーん、旅も野宿も慣れているので、食料も夜の警護もすべて私に任せてくれてもいいのだが。親の許可となるとなあ。
腕を組み、一休さんのように考える。と、この世界にすっかり溶け込んだ私の脳内に豆電球がともる。ぴこーん。
「ダグザを誘おうぜ」
……ちなみに。
「おかーさん、キャンプ行ってくるよ!」
「ええけど、ちゃんと蛍ちゃんの親には話してるんよね?」
「もちろん!」
我が家の母は軽かった。
三日後、土井が浜海水浴場。わが魔術研究部の夏合宿が幕を開けたのだった。
参加者は魔術研究部員三人と、顧問の油谷先生。
海を見るのは(レアリーとしては)初めてだった。私のテンションは有頂天だ。
やっべえ、めっっっちゃ嬉しいぃぃ!!
「うみだーーーー!」
私は大声で叫ぶ。
「うるっさいわねえ、あんたも早く荷物持ちなさいよ。ゴザしくわよ」
更衣室から戻ってきた蛍は、日焼けが嫌なのか、だぼっとしたシャツに麦わら帽子をかぶっていた。
落ち着いているように見えるが、待ちきれないのはバレバレだ。私の肩越しに、ちらちらとビーチを眺めている。
「みんなー、お待たせー」
ときわは、黒いのっぺりとした水着を着ていた。
「あんた、それ、スクール水着じゃん」
「むう、しかし私はこれしか持っていないんだ」
「いいんじゃない? 私のだって学校のやつだぞ」
せっかくの私のフォローを、蛍は冷たく弾き飛ばす。
「あんたは男だからいいの」だと。この世界は男の子に厳しいようだ。
ゆっくりともったいぶるようにシャツを脱ぐ蛍。
蛍の水着は、その髪の色に合わせたのか、鮮やかな赤。彼女は戦士志望なのだろうか、ビキニアーマーと呼ばれる鎧を模したタイプの水着だった。
独り言が聞こえる。まったくもう、私だけこんなのって恥ずかしいじゃん。
セリフとは裏腹に、胸元にある二つのシュークリームはえらく自己主張が激しかった。
ときわは眉間にしわをよせ、憎々し気に自分の胸元を見ている。
大丈夫だときわ、今は千畳敷でも、そのうちきっと三倉岳のようになるさ。あれ、でも千畳敷もけっこう膨らんでるような?
うう、それにしてもうらやましい。
私だってそういうの着たかったなあ。次に転生したときは、必ず……ぶつぶつ。
「あんまり見ないでよ、恥ずかしいなあ」
「あ、ごめん」
お互いに顔を赤くして、うつむく。なんだか体が火照ってきた。早く水に入ろう。
と、そのときだ。
「ごめーん、みんなー。おまたせー」
「あ、油谷せんせー」
砂浜に溶け込むような白い肌。蛍以上の巨乳をばいんばいんと震わせながら走ってくる。回りの男からの舐め回すような視線を1ミクロンたりとも気にしていないその態度は、さすが脳筋王。
蛍が少しむっとしたような表情を見せていた。
なにを贅沢な、とは思わない。元女の子として、わかるぞ、その気持ち。私もあの体を奪いたい。
「ねえ、蛍と師匠で、テント借りて来てくれないかな。荷物は見とくから」
「あ、うん。お店はどこかわかる?」
「むこう、波乗りジミーだかジェニーだか、そんな感じのとこだよ」
ああ、あれか。あれがうわさに聞く海の家。
まずいカレーやしょぼい焼きそばを高値で売っているのに、なぜか客足が途切れないという謎の店。
おーけー、行くぞ、蛍!
私は蛍の手を握り、歩き出した。
※土井が浜……遠浅で美しい海水浴場。特産品は弥生時代の人骨。




