046 レアリーさん、闇堕ちする
帰り際、私は二人に向けて言った。
「あのモンスターは危険だ。今回は、私一人で戦いに行く。二人とも大人しく待っていてくれ」
二人は顔を見合わせる。対照的な表情だ。
しばしの沈黙の後、ときわが口を開く。
「師匠に比べたら、私たちが足手まといなのは理解しています。けど、私たちも努力しています。覚悟だって。……だいたい、自分たちだけが安全なところに逃げておいて、師匠に全てを押し付けるのは、自分が許せないんです!」
そら来た。
「私は行きたくないから、どちらかといえばそれでもいいんだけど……」
蛍が小さくつぶやく。ときわは一瞬そちらを向いたけれど、スルーした。
「お願いします、連れてってください。じゃないと、私は……、師弟としてではなく、親友としてすら、隣で心から笑い合うことができなくなってしまう」
涙目のときわ。
私のハートは罪悪感という名のナイフで既に血みどろだ。スプラッタだ。
「ときわの言いたいこともわかるけど、でも、今回ばかりは本当に、わかってくれ」
そう、今回だけは決して一緒に行くわけにはいかない。
だめなのだ。あれを他の、とくにときわの目に触れさせるわけにはいかん。
すべてバレてしまうから。
翌日、理科室でときわと蛍はこっそりと話し合っていた。
「師匠は一人であの異形の化け物と戦うつもりだ」
「そうね、怪しすぎて何か隠してるのがバレバレだったわね」
「だいたい優しすぎるんだ、師匠は。自分を犠牲にしてまで私たちを守ろうだなんて。いくら強いからと言っても、一人でいろいろ背負いこみ過ぎなんだ」
「たしか昔、部屋にえっちな本を隠してたときが、似たような感じだったわ」
「蛍、君には師匠のあの態度がわかんないの? ウソ泣きまでしたのに、断られるなんて思わなかった。なんだかんだで優しいから、連れてくかと思ったのに。なんて高潔な人なんだろう」
「え、あれウソ泣きだったの?」
レアリーはときわを気にするあまり、忘れてしまっていた。
自分のことを一番よく理解しているのは、豊田蛍だということを。
「そんなに気になるなら、ダグ……油谷先生に相談してみたら?」
さて、と。
日が暮れるのを待って、私は再び事件現場へと立っていた。
今回は道もわかっているし、追跡も簡単のはず。
杖とローブを身に着けると、さっと山の中へと飛び込んでいく。
一人だし、果樹園まではちゃちゃっと飛ばしていくか。
≪飛行≫を弱めに唱え、半分浮くように走っていく。邪魔な枝葉は≪風刃≫で刈り取る。
おっと、ニホンイノシシ発見。子連れか。
自分のせいで殺されてしまうのは申し訳ない。猟友会の皆さんに見つからないことを祈りつつ、会敵回避の呪文をかけてやる。
似たような地形に少しだけ迷いつつ、マナの流れを頼りに、昨日の果樹園へとたどり着く。
昨日と違うのは、隠密魔法の量と質。
走る勢いそのままで、じょばっと鹿よけネットを跳び越す。
空中できりもみしながら、索敵。
――いた。
警戒して今日は現れないかと思ったのだが。意外とのんきなのか、マヌケなのか。
音もなく華麗に着地すると、杖を胸元に構えてさっと身を低く伏せる。
こんなことをしなくても見つからないとは思うけれど、そこはあれだ、雰囲気?
じゃくじゃくと、葉を咀嚼する音が聞こえる。
私は慎重に歩みを進める。
逃がすわけにはいかない。そして、痕跡を残すわけにも。
さて、ここで問題がひとつ残っている。
この証拠をどう隠滅したものか、まだ答えは出せていない。
殺すのは……無しだ。
正直、一番最初に浮かんだ解決策だが、悪さもしていないこいつを手にかけるのはさすがにできない。
自分の都合で生み出しておいて、いらなくなったら殺すのは、道徳的にもアウトだし。
ティルナノーグに送るのが一番なのだが、あちらの座標がわかるなら、とっくに自分が帰っている。
うちで飼うのはダメだ。うちにはすでにプラザという名の猫がいる。もとは野良なので気が強いのだ、いじめられてしまう。
かといって、蛍のうちも、難しいだろう。敵だったのにどうやって仲良くなったのかと言われたら、答えようがない。いやでも、蛍は可愛い動物とか好きだし、けっこう気に入ってくれるかも?
色々考えたけれど、答えは見つからない。
とりあえずは、魔力結晶に封印するしかないだろう。
いざとなったらダグザにでも押し付けるつもりだ。大正洞の奥なら、エビも食べ放題だし、意外と気に入るかもしれない。
はあ。
深い深いため息をつき、杖を高く振り上げる。
気が進まない。それでも、ゆっくりとマナを杖に集めていく。
「さて、すまんな、ゲテモノ太郎。今回の騒動の原因が私だとばれるのは、まずいのだ」
ときわには「ますたー、なにやってんですか」なんて言われて、さげすまれるのだ。今まで積み上げた尊敬も崩れ去ってしまう。
蛍はもっと怖い。単純に怒られる。ぜったいにめっちゃ怒られる。
なにより、親友をクビになっちゃうかもしれない。それは嫌だ。それだけは、もうぼっちには戻りたくない。
そうだ、私の平穏ライフのために、犠牲になってもらうしかないのだ。
私はなんまんだぶと唱える。
そのとき。ゲテモノ太郎は、つぶらな瞳で私を見た。見えてないはずなのに。
ぴきー? 愛らしい鳴き声が聞こえる。
野生の勘のせいか、それとも親である私がかつて分け与えた魔力に反応したのか。
くりくりした目が赤く光る。
うう、そんな目で見るな、汚れた私を見ないでくれ。
杖はぷるぷると小刻みに震え、術は発動しなかった。




