044 山野くん(モブ)、未知との遭遇
その日、朝から教室はざわついていた。
昨夜遅く、部活帰りの山野が襲われたのだ。
様々な情報が飛び交うが、しょせんはうわさであり、本当のところはわからない。
お母さんが言ってた。お母さんが知り合いから聞いた。お母さんの知り合いが病院の看護師さん。小さくなるだけ、マトリョーシカの方がまだマシだ。
本人は登校しておらず、容体も不明。
「ねえ、どう思う? やっぱりケガがひどくて来れないのかな」
蛍が心配そうに聞いてくる。
「そうだな。明るいなら危険も少ないだろうし、親に車で送ってもらうこともできる。それができないというなら、ケガのせいだと考えるのが自然だろ」
「やっぱりそうだよねー」
のんきな蛍に、ときわが言う。
「蛍、私はお前が一番心配だ。私たちはそのままでも戦えるけど、蛍はカタナがないとパワーアップできないんだろ? しばらくは師匠と一緒に登下校したほうがいいぞ」
せっかくの提案だが、既にそれはやっている。
瑠璃光寺から帰ってからというもの、蛍は私と一緒にいる時間が増えた。向こうからやってくることが多いのだが、押しつけがましいこともなく、ごく自然な感じだ。
そこへ、一人の生徒が入ってくる。
「ういーっす、おはよー」
お、来た。私は挨拶もそこそこに、その男子生徒に声をかける。
「あ、中山ー、待ってたぞ!」
「おう長門、おはよ。待ってたって、どうしたんだよ?」
「お前、たしか家が山野の隣だったろ? 昨夜のことについて、何か知らないか?」
ああそのことか。
中山は納得がいったようで、かるっていたカバンを下ろすと語り始める。
「ほら、あいつ、野球部でいつも遅いだろ。昨日の帰りも真っ暗だったんよ。で、自転車ですっ飛ばして帰ってたら、後ろから自転車のカゴをコツンコツン叩かれるんだ。最初は友達がふざけて蹴ってきたのかと思ったらしいけど、よく考えたら同じ方向に帰る友達なんかいないじゃん」
よく考えなくとも、この地方で同じ方向に帰る友達がいる生徒はほとんどいない。まあいいけど。
「ほう、それで?」
「なにかなーと思って振り返るけどさ、後ろには誰もいないんだよ」
「妙だな」
「だろ? でさ、走り出すとまた、コツンコツンって音がするのさ」
「どうせ車輪に木の枝でも引っかかってたんじゃないの?」
蛍がバッサリ切り捨てる。
冷たいようだが、実は違う。
私は最近、蛍の弱点らしきものを見つけた。彼女は血みどろの霊体が怖いらしい。
こちらの世界の霊体は、無意味に出たり消えたりを繰り返す特徴があるので、似たような性質を持つモンスターも怖いのだろう。
「だと思うだろ? だからさ、少し止めて確認しようと、スピードを落としかけたらしいんだ」
「そしたらどうなったんだ? 早く聞かせろ」
鼻息荒く、ときわが身を乗りだしてくる。
そしたらよ。
そう言いつつ、今度は中山のほうが身を乗り出し、小声になる。
私たちもついつられて、頭を寄せ合う。
「見たんだってよ、月明りでちらちらっとだけどさ」
ときわの鼻息が一段と荒くなり、顔にかかる。
「腰ぐらいの高さだけど、四本足でどたどた走って。白い牙があるけど、鼻先をどんどん自転車にぶつけてきて。色は茶色のような黒のような。そして、鼻息が荒かった」
「……イノシシじゃない」
「イノシシですね」
「ニホンイノシシだな」
私たちの意見は一致した。
イノシシと言っても、バカにしているわけではない。
私たちの住む山口県ではありふれた獣なのだが、別の地方では街中に一匹現れただけで大騒ぎになる亜種もいる。
見た目は同じように見えるけれど、武装した多数の人員で追い立てるのだ、きっとそれはそれは強力な亜種なのだろう。
もし今回のやつがそれなれば、確かにただの高校生には危険過ぎる。
「師匠、私たちで山狩りを行うというのは? 他の生徒の危険が危ないのです! 魔研部部長として、ほっておけません」
ときわが小声でささやくように言ってきた。
うーん、気持ちはわかるけど、野生の獣というのは以外にタフなんだぞ。筋肉の塊なのだ。半端な炎で焼いたところで、かえって怒らせるだけだ。
「……やっぱり、イノシシしかないよなあ?」
ん?
中山が天井をぐるんぐるんと眺めながら、言った。
その言い方に何か引っかかるものを感じ、聞いてみる。
「なあ中山、ニホンイノイシ以外に心当たりがあるのか? その、ニホンジカとか、ニホンザルとか」
※さすがにニホンザルは食べません
「いや、俺もイノシシだと思うぜ、特徴を聞いた限りじゃさ。けどあいつ、言うんだよ。絶対にイノシシなんかじゃなかったって」
ふむ。
「あのさ、あいつ、ケガとかはないんだ。実は怖がって家から出てこねえのさ。化け物を見たって言って」
「その化け物の特徴は?」
「だから、さっき言った通り。特徴だけ聞いたらイノシシしか思い当たらねえんだけど、違うってさ。なんだかわからないけど、初めて見る化け物だったって」
横を見ると、目をぎらつかせたときわがいた。
「まっすたー? これはもう、魔術研究部の領分ですね。ですよねっ?」
蛍が小さく「え゛ー」と言うのが聞こえた。私も同じ気分だ。
「ほら、月明りの下だと見間違えたりもするしさ。野生動物なら、猟友会の皆さんにお願いしたらどうかな?」
「だめでっす! 危険ですよ、キケン! もし妖怪やUMAの類だったらどうするんですか。未知の力で銃なんか効かないんですよー!」
ときわがまた私の知らない分類をしてきた。
ゴーストの例もあるので、あとでしっかりUMAだかなんだかの定義をを聞いておかねば。同じ失敗を繰り返すのは、魔術師として二流だからな。
とはいえ、私もこの地に来てそれなりに過ごしてきた。そんな強力なモンスターなど見たことがないのだが。
……納得しないだろうなあ、それじゃあ。
こうして魔術研究部は、しぶしぶ魔物退治に乗り出すことになった。




