039 「冷やしあめ売ってるよ。でも、いったい誰が買ってるんだろう?」
だんっ!
ジャンプしてバスから降りたときわは、腕をびっと顔にかざしてポーズをとる。
「やってきました、るりこーじっ!」
「はいはい、行くわよー」
黒い制服姿のときわに対し、私服の蛍。
いつもはスカートが多いのだが、今日は黒のジャージにパーカーと、動きやすさを重視している。自慢の赤い髪の毛は、今日も変わらずくるくると。
門をくぐると、早くも五重塔が見えてくる。
「うーん、小学生のころに一回来たはずなんだけど、覚えてないなー」
「私も、修学旅行で来たことあるよ」
てこてこ池のほとりを歩きながら、蛍は聞く。
「ねえときわ、これからどうするつもりなの?」
「うん、とりあえずは住職とやらにケンカをうってみる。で、それがだめなら、帰ってからダイヤに習おうかと思ってる」
あいかわらずのときわのセリフ。前半も後半も理解できない。なんでダイヤに?
「私は、魔法のカギは幽体離脱だと思ってる」
ときわは、歩きながら続ける。
「師匠が言ってた。この世界の住人はマナが少な過ぎるって。ただ、マナは魂の力だ。多い少ないはあっても、生物ならばみんな持っているものだって」
「うん?」
「つまり、力が弱いとしても、魔法自体が使えないってことはないだろう、ってことだよ」
「あー、なるほど」
「魔力結晶って何のための道具なのか、考えたことある?」
ううん、と蛍は首をふる。
「魔力結晶って、最初は電池みたいなものかと思ってた。けど、あれはいくら使っても小さくなったり使えなくなったりするようなものじゃないんだってさ。師匠のいた世界では、数世紀単位で使われ続けているものもあるらしい」
「ふむ」
「じゃあ、どこからあの魔法のエネルギー源は来ているんだろう? もしかして、燃料は私自身のマナなんじゃないかと思うんだ」
じゃあ、ときわはすでに魔法が使えるってことなのか?
だんだん混乱してきた蛍。いつの間にか二人の足は止まっていた。ときわは腕を組み、ええとーとうなっている。
五重塔を眺めつつ、ゆっくりとした時が流れた。
「実験してみたことがあるんだ。水晶を手に持って魔法を使うのと、横に置いて魔法を使うのと。結果は、水晶に実際に触れてない限り、魔法は出なかった。もっというと、触れてさえいれば、お腹でも足でも大丈夫だった」
ふむふむ。
突然始まる説明に、蛍はあわててついていく。
「他にもある。ダイヤのこと。最初は見えなかったけど、今は普通に見えるでしょ? あれは水晶に関係ないし、蛍も外郎でも見えてるよね」
「そういえば、そうねー」
「ということは、少なくとも死人を視認できる程度のマナは持っているわけだ。しかも、それをコントロールできている」
そのギャグはどうかと思ったが、話の腰を折るのも悪かったのでスルーする。
ひとつひとつ、マナを感じた時の条件を整理していく。
――つまり、だ。
結論だ。ときわは腰に手を当て、仁王立ちで言う。
「魔法が使えないというよりも、マナを体外に出せないというのが、私の仮説だ。要するに、マナと肉体ががちがちに凝り固まっているんだ。だから、それを揉みほぐしてやろうと」
「あー、そこで幽体離脱ってわけだ」
ときわはこくりと頷く。なるほど、正解かはわからないけれど、一応説明には筋が通っている。
部活作った時もそうだが、こういうことになると行動力がある。
普段は考え無しに動くことも多いけれど、スイッチを切り替えたときのときわはすごいのだ。
池にそってぐるっと回ると、観光客用の売店を見つける。
「あ、冷やしあめだー!」
目を輝かせてかけよるときわ。
「なに、欲しいの? 食べるんなら待っててあげるわよ」
「うぬぬぬ、うーん、どうしよっかなー」
ぴょんこらと跳ねながら、店の中をのぞいたり頭を振ったり。
いやいや、食べればいいじゃん。何を迷っているのかわからない蛍。
しかし、ときわの葛藤はすこぶるマジメなものだ。
昔から気になっていたけれど、お母さんにダメだと言われ、ついに買ってもらえなかったやつなのだ。
お祭りなどでもたまーに見たことがあるのだが、やっぱり買ってもらえなかったやつなのだ。
子供のころからの何年もの憧れを、安易に買っていいものか。こんなに簡単に手に入れるべきではなく、それなりのステップを踏むものじゃないのだろうか。
買ってもらえなかった原因は? 当初はお金だろうと思っていたが、もしかしたらべとべと汚れるからかもしれない。成長した今ならば、その障害は乗り越えられるのでは。
ときわは強調する。冷やしあめなんだぞ、と。
「私も、想像が容易につくものならば、ここまで悩まない。しかし敵はアメなのだ。飲むものなのか、それとも食べるものなのか。水あめ状なのか、それともキャンディのように個体なのか。うおお、気になる。すごく気になる」
「なにそれ」
理由を聞けば聞くほどに、やっぱりさっぱりわけがわからなかった。
「なあ、ときわは、おねだりしたら割と簡単に買ってもらえるのか?」
「わかんないけど、これくらいなら頼めば買ってもらえるんじゃないかな」
「くっ、このお金持ちめっ」
「おい」
「ちょっと待って、もう少し考えさせて」
「おい」
「うるっさいなあ、もう。……え、わんこ?」
ときわが振り返ると、そこにはわんこがいた。真っ白の犬だ。
蛍は言った。
「あ、かわいい。にゃんこじゃん」
「え?」
「ん?」
「おい、お前だ。さっきから呼んでいるだろう、返事ぐらいしろ」
白い獣は、ドヤ顔で言う。口元がにやりと笑っているように見えた。
「わんこだよね?」
「にゃんこでしょ」
二人の意見は再度食い違う。顔を見合わせる。
ときわは冷静に確認する。
「猫に似ている犬とかじゃなく、まるっきり猫に見えるんだよね?」
「そうね、完全に猫よ、猫。ときわには、完全に犬に見えるのね」
その手慣れた様子に、獣からにやついた笑みがすぐに消える。
無視されたこともあるが、予想していた驚きや感心が来なかったことへの不満感が、わさわさと湧いてくる。
「まず、猫がしゃべっていることに驚いたらどうだ、お前ら」




