031 アナーキー in the 校庭
「ふん、不可視化の使い方がヘタクソだな。バレバレだぞ」
レアリーは心の中で笑みを浮かべた。
教室を満たす白煙の中に、透明な空間がぽっかりと浮かんでいる。探知系や阻害系の魔術は特に、術の特性と相性を把握しておくことが重要だ。敵が犯したのは、白煙と透明化を同時に使ったための、初歩的なミスだった。
数は三つ。レアリーは即座に対応について考えを巡らせる。
久しぶりの戦場だ。装備は貧弱で、相手の正体もわからない。しかし、ひりついた空気を吸い込むと、自然と頭の芯は冷えていった。
「ときわ、私が敵を引き付ける。お前は蛍を守ってやってくれ」
「え? は、はい!」
「できる限り他の生徒に混じっていろ、目立つなよ」
「ちょっと、青海、待ちなさいよ!」
返事はしなかった。これ以上話していると、離れたくなくなってしまうから。
レアリーは小声で呪文を唱えると、腕をさっと振り下ろす。
複数の光輪が現れる。いまだ姿を見せない敵を、空間ごと乱暴に束縛する。
虚空からホワイトオークの杖と紺色のローブを取り出すと、フードを深くかぶる。杖に魔力を込めると、一番近い空間に向かって、力任せにぶち当てた。
砂袋を殴ったような感覚があった。
魔力光に似た小さな光の筋が走り、銀色のスーツを着た兵士がよろけながら姿を現す。
レアリーはマナで筋力を強化すると、そのまま窓から飛び降りた。行きがけの駄賃によろける兵士を蹴り落とす。
落下する途中で、グラウンドに小型の機械が複数降下するのが見えた。
『B-2、行動不能! 一人は部屋から突き落とされた』
残された兵士は即座に通信を飛ばす。
屋上に陣取っていたデイルは、通信を受け取ると他の兵士たちに指示を飛ばす。
銀の兵士たちの動きがとみにあわただしくなる。
『現れたぞ。目標は一人、外へ逃げた。東側だ!』
『裏へ向かう。D班へ応援を回せ』
『間に合わん、こちらで追うぞ、そっちの部屋は任せる』
デイルが唸る。
『標的が現れた。いいな、捕えようなんて思うな。殺せ。手加減できる相手ではないぞ』
黒い影が校庭にふわりと降り立ち、さっと植え込みの陰に隠れる。
ほぼ同時に鉛玉の雨が襲い、哀れな植木は木っ端みじんになる。
レアリーは既に≪影の召使≫を唱えていた。
影の身代わりを作り出す術。目くらましにしかならない初歩的な術だが、マナを感知する手段に乏しい異星人たちにとって、それを見抜くのは至難だった。兵士たちの銃撃は、蜃気楼を一瞬かき消しただけに終わる。
レンガや土が、乾いた音を立てて飛び散る。顔をぬぐいながら魔術師は走った。
複数の窓から銃弾が飛んでくるものの、いずれも本体に届きうるものではなかった。
校舎の入り口付近に、高さ2メートルを超える機械仕掛けの鳥が見えた。二足歩行でひょいひょいと器用に歩き回る、ダチョウかヒクイドリのようなフォルムだ。
鳥はレアリーに向かって銃口を向ける。ガラスの瞳がきいきいと小刻みに動く。
ぞくりと悪寒がした。
レアリーはほとんど反射のみで横に飛んだ。窓ガラスをぶち割って教室内へと退避する。一瞬遅れ、レアリーが走っていた空間を、無数の弾丸が引きちぎった。
魔力は一切感じない熱い金属の塊。この世界の知識を持っていなければ、今頃どうなっていたかわからない。
飛び込んだのは特別教室棟だった。廊下を見回すが、生徒はいない。兵士も。
不可視化、認識阻害、熱遮断。移動しながら、念入りに隠密系の術を重ねがけしていく。
適当な教室に入り、レアリーは静かに校庭の様子をうかがった。
先ほどの鉄の鳥は、ここからは見えない。おそらくは持ち場を動かずに、入り口付近を抑えているのだろう。
両手にしっかりと杖を構え直し、集中する。
長門家所有の山で、魔力線上に位置していたホワイトオークから(勝手に)削りだして作り上げた杖だ。込められた魔力は、以前愛用していた杖とは比ぶべくもない。そのかわり、こちらの世界の魔力のクセに合わせ、操作感にオリジナルの設定を加えてある。
レアリーとて、考え無しに目立つ行動を取ったわけではなかった。
頭の中には、もう一人の戦士、ダグザの存在があった。自分に兵士たちの目を集めておけば、彼女が動きやすくなる。
戦場において、彼女ほど頼れる存在はいない。ただ、ダグザがこの学校の生徒を助けようとするかについて、少しだけ不安はあった。
「……信じるしかないか。あいつはバカで脳筋で、殴ることくらいしかできないからな。引っかきまわすのは私がやらなきゃ」
五つの光弾を作り出し、グラウンドに展開する航空機に狙いをつける。
最後に遅延魔術の術式を組み上げると、レアリーは部屋を出て、次の戦場へと歩き出した。




