017 魔女レアリーとシコクヨコエビ
駐車場に停めてあるバスの前で仁王立ちをして、私は言った。
さて、行くぞ。
あれ、どうした二人とも、青い顔をして。
「師匠、これって魔法でばーんと動かすんですよね?」
「ああ、もちろんだ。見ろ、魔術でくすねておいた」
ふふーん。自慢げにバスのキーを二人に見せる。じゃらりといい音がする。
「それ、盗むのに魔法をつかっただけだよね? 運転するの? 誰が?」
「もちろん私だ。ちょっとなら代わってやってもいいけど、少しだけだぞ」
「あの、もしかして普通に運転するつもり、ですか?」
「当たり前だ。誰しもが平等に力を得てこその錬金術だろう」
錬金術と魔術は明確な区別がある。
ざっくり言えば個人の持つマナや資質に依存するのが魔術であり、器具などを使い誰でも同じ効果が期待できるようにしたものが錬金術だ。一部の魔法道具のように、魔錬合成技術というのもあるのだけど。
そういうわけで、この世界で発展している機械類は、間違いなく錬金術の分野だ。
「ごめん、私、部屋に戻るわ……」
「師匠、魔法ならともかく、交通事故で死ぬのはちょっと……」
おい、お前ら。
その後、二人の必死の説得により、バスの使用は断念した。
結局私たちは≪飛行≫の呪文により、大正洞まで飛んでいくことになった。直線距離だと近いからな。
「こわっ! こわ、かった! さむいし!」
「死ぬかと、げほっ、ごほっ、暗いし! 高いし!」
こいつらめ、だからバスを使おうと思ったのに。
「≪灯火≫」
入り口で唱えたのは、明りの呪文。
ふわふわと浮かぶオレンジ色の光球が、周囲を照らす。
入り口の柵を越え、山道をてこてこ抜けて、大正洞の入り口へとたどり着く。
牛隠しと名付けられた岩の隙間を、ゆっくりと下っていく。でごちんっ! いたっ! 途中、仁王門と名付けられたせり出した岩に、頭をぶつけてしまった。
うう、たんこぶにならなければ良いが。
ここまでくれば、探知呪文など使わなくてもわかる。もちろん、私だからわかるほどのかすかなものなのだが。
厄介なのは、このマナから、隠蔽呪文の臭いがすることだ。
攻撃呪文だけ覚えているやつなんか、ちっとも怖くない。ようは当たらなければ済む話だし、そのための術もある。なんならこの世界の銃火器のほうが、へっぽこ魔術よりもよっぽど早くて強力だ。
が、使うのが「隠蔽」魔術となると、話ががらっと変わってくる。
そういう類の術を使う相手からは、ある程度以上のレベルと知識、そして慎重さが透けて見えてくる。
この地がティルナノーグだったなら、ここまで警戒はしなかっただろう。だがここは、マナも魔術師も少ない世界。
そんな場所でわざわざ「隠蔽」という手段を取る慎重な相手とは、一体どんな奴なのか。
相手を別世界の魔術師かもしれないと判断したのは、そのあたりも理由のひとつだ。
と、話しながら洞窟を進んでいく。
ときわがひとつ質問をしてきた。
「なんでそんな、かすかなマナに気付いたんですか? 隠蔽呪文ってことは、相手も隠そうとしてたってことでしょ」
うむ、さすが弟子。いい質問だ。
「あー、コツがあるんだよ。隠蔽呪文は二種類ある。こちらのマナの干渉を吸収したり逆の波をぶつけたりして、打ち消すタイプ。もう一つはマナの流れをほとんどゼロまで停止させ、目立たなくするタイプ」
他にも別次元に片足突っ込んで、探知呪文自体を避けるタイプもあるのだが、これはさすがに特殊なやつだ。
「なんだかステルス戦闘機みたいね」
「電波とかレーダーの本を読んだのだが、あの本は参考になったぞ。マナと特性が似ていることもあり、応用できる。ああ、話が逸れたな。どちらにせよ、呪文を使って隠すということは、別のマナの流れが新しく発生するってことなのさ」
「えーと、もっとわかりやすく言ってよ」
「探知呪文を二重にかける。隠蔽されたほうを探すのではなく、一つ目の探知が打ち消されたときの波を探すのさ」
もっとも多重詠唱のスキルがいるので、言うほど簡単でもない。ああいう呪文は、マナの量よりも繊細なコントロールが必要なのだ。
しばらく歩き、たどり着いたのは、一つの池。
「洞内淵か」
「この奥なの?」
私は黙って頷く。
「真っ暗ですね、奥のほう」
縦に細長く続く池だった。奥はときわの言う通り、真っ暗で見えない。
灯火を進めてみたが、途中まで進んだところで、ふっとかき消されてしまった。
阻害呪文に隠蔽呪文。どうやら相手は本格的な引きこもりのようだ。
右をむくと、シコクヨコエビと書かれた看板があった。
エビ(*)が捕れるのか。どのくらいの大きさか知らんが、エビは好きだぞ。無事に終わったら、土産にいくつか持って帰るか。
※エビ……秋穂町では車海老が有名で、毎年えび狩り世界選手権が行われる。




