表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/37

27 毒姉

「おねえさま、これ、素敵、素敵、素敵ー!」

 エスターがジョアンナの製作したドレスのレースに歓喜した。

 触れたそうな顔をして、けれど触ることはできないと、レースの周りをうろうろ歩き回る。


「触るなよ?」

「触ってないわよ! ああ、絶対素敵ー。楽しみねえ。お兄様」

「ごほん。まあ、当然」

「なにが当然よ!」


 ばしり、といい音が聞こえて、ジョアンナは口を開けて見てしまった。勢いよく叩かれたアルヴェールが震えて背中を押さえている。その隙にエスターが部屋から逃げていった。

 仲が睦まじすぎて、つい笑ってしまう。


「すまない。いつもうるさくて」

「いいえ。毎日賑やかで嬉しいわ。結婚式のドレスがどのようになるのか、私より気にしてくれていて、楽しみにしてくれているみたい」

「時間が足らず、ドレスの飾りだけの製作になってしまってすまない」

「そんな。私のわがままを聞いてくれたのだから、嬉しいわ。モニカたちにも手伝ってもらっているし、自分で手がけられる部分が多くて嬉しいの」


 編んでいるレースもすぐに終わる。スカートに合わせたレースは何枚にも重なり、シンプルながらボリュームのあるスカートになるだろう。


「ブティックの商品も製作しているのだから、あまり無理をしないでくれ」

「結婚式に寝不足でクマになるようなことはしないわ」

「寝不足でも、体調が悪くならなければいいんだ。君が元気で笑ってくれるのならば」


 言いながら、アルヴェールが隣に座る。大きな手でジョアンナの手を包み込み、けれど少しだけお茶をして休憩しないかと誘ってくる。それに頷いて、休憩を挟むことにした。


「こちらが商品か?」

「ええ。次の新作で」

「加護を付与しているから、取り合いだろうな」


 アルヴェールの言葉に、ジョアンナは小さく笑う。モニカの店で、ジョアンナの加護を付与した物として、大々的に売っているのだ。今まで製作している物に加護を付けてしまうと、他の者たちが製作した物と違いが出てしまう。そのため、ジョアンナが製作した物として、加護付きであることを前提に販売をすることに決めた。


 大きな物ではなく、ハンカチなどの小物であるため、そこまで高額ではない。

 アルヴェールの妻となる者が製作など、と言われそうだが、加護を付与した特別品を提供するため、問題はないと結論づけた。むしろ注目され、欲しがる人が続出したので、結果として良かっただろう。

 販売にモニカも喜んでくれているし、少しは恩返しができただろうか。


「アルヴェール、これを」

「これは?」

「私が作ったハンカチよ。前に、約束したでしょう。作ってくれないかと言ったじゃない。遅くなってしまってごめんなさい」

「そんなことは。いや、ありがとう。大切にする」


 アルヴェールが顔を綻ばせる。

 子供のようにハンカチを見つめて、再び微笑んだ。その顔を見ているだけで、幸せな気持ちになってくる。

 渡そうと思って渡せなかったハンカチ。拉致された時に汚してしまったので、新しく作ったのだ。


「アルヴェールに、お礼を」

「お礼? なんのだ?」

「私を、助けてくれたこと。私に声をかけてくれて、私に歩み寄ってくれて、ありがとう。マリアンやモニカたちが助けてくれて、私はなんとかあの家から出ることができたけれど、アルヴェールがいなければ、ずっと隠れて生きていくことになっていた。それだけではなく、殺されそうになったところを助けてくれた。アルヴェールがいなければ、今私はここにいないわ」

「ジョアンナ。私こそ。君のような人に出会わなければ、こんな幸福を得られることはなかっただろう。君を助けたいと思いながら、君の気を引きたいという下心もあって、ゴホ。いやとにかく。油断して君が連れて行かれたと気づいた時には、自分の愚かさを悔やんだ。もっと早く、君を保護していれば良かったと。まあ、婚約が長くて、色々と我慢が……」

「我慢?」

「いや、なんでもない。もうすぐ結婚式だから」


 アルヴェールが頬を赤く染める。一瞬意味がわからなかったが、なんとなく察して、ジョアンナも顔を赤くした。


「も、もう少しで結婚式ですから」

「そ、そうだな。もう少しで」

「もう少しです」

「うん。もう少しだ」


 言い続けて、お互いに目を合わせれば、おかしくて吹き出してしまう。

 あの時、絶望に身を置いていた時、結婚など二度とできず、はるか彼方の夢の先となってしまった。それなのに、こんな風に笑いながら、結婚する日を待ち侘びるとは。


 結婚式に家族は呼ばない。アルヴェールがジョアンナに近寄らないことを誓わせた。父親は母親と離婚し、母親は実家へ帰った。実家といっても母親の兄が継いでいるため、領土で小さな家を借りて平民のように暮らしているそうだ。父親は社交界に出てきているが、事実を無視し放置していたことで、事業にも信頼がおけないとされ、顔色悪く過ごしているとか。お金はあるためレオハルトのように借金まみれになっているわけではないようだが、まともに相手にされず、隠居生活のようになっている。


 結局、家族離れ離れになってしまった。皆がジョアンナのせいでラスペード家がひどい目にあっていると噂をしていた頃、ジョアンナを妹を殺そうとした毒姉と呼んでいたそうだ。家族を壊す、毒姉と。


(そうね。たしかに毒姉だわ。争わず従ってきた結果、家族をばらばらにしたのだもの)

 しかし、ジョアンナは悔やんでなどいない。もう捨て去った家族だ。その家族たちを思うことはなかった。


「愛しています。アルヴェール」

「私もだ。ジョアンナ」

 触れ合って、抱きしめあって。お互いを感じて、幸福を与えあえる相手に出会えたことを、感謝したい。


(これからはあなたのために祈るわ。あなたが幸せであることを)

 そして、自分のために。


 これからは、別の大切な、自分の家族ができるのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ジョアンナが何回も悪意に晒されながらもそれを乗り越え、アルヴェールという伴侶と、本物の妹より妹らしいエスターと家族になる幸せな結末が最高でした。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ