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26−3 パーティ

 加護について公表すると決めたのは、ジョアンナだった。


 ジョアンナが使えるカードはそれだけだ。加護を与えられる者。癒しの力もあり、国内でも数少ない、珍しい能力を持っている者。それだけでジョアンナの印象は変わる。

 妹を殺そうとした姉ではなく、加護を持つ者として、アルヴェールの婚約者となり、隣に立つのだ。


 けれど、妹を殺そうとした姉という不名誉な名は付きまとう。そうであれば、そうでないことを証明しなければならない。

 だから決断した。アルヴェールの隣に立つ者として、恥ずかしくないように。


 クリスティーンがジョアンナを殺そうとし、レオハルトが事件に関わっていることを公にしなければならない。

 そのためには、クリスティーンを説得しなければならなかった。






「なにしに来たのよ!」

 捕えられていたクリスティーンの牢屋に入るなり、水の入ったカップが飛んできた。カップは格子にあたり、割れずに跳ね返る。自殺しないように割れにくい素材でできているのだろう。水が跳ねたが、そこまでかからなかった。


 側に控えていたアルヴェールが、怒りで一歩進んだところを制止して、ジョアンナはクリスティーンに近づく。

 牢屋は暗く湿気のある場所だ。足元は石畳のままで、クッションどころかカーペットもない。座っているだけで底冷えするだろう。灯りはあるが、牢屋全体を見渡せるほどの明るさはないため、クリスティーンの顔はよく見えなかった。


 それでもわかる、クリスティーンの顔の傷。かきむしっているのか、顔に巻かれた包帯はよれてはだけていて、黒ずんでいた。それが血なのか、膿なのかは、ジョアンナに判断はつかなかった。


「なにしに来たの! 笑いに来たんでしょう!? 私を、笑いに!」

 クリスティーンは金切り声を上げる。悲鳴のような、泣き叫ぶような、けれど恨みのこもった声だ。


 クリスティーンの牢屋の隣に、母親も捕えられていた。母親は黙って、座り込んで静かにしている。

 アルヴェールからこのことは聞いていた。父親はクリスティーンがジョアンナを殺そうとしたことを知っていて隠していたが、二度目の事件は知らず、母親が関わっていたことまでまったく気づいていなかった。

 二人を目障りとさえ思っていたらしく、いい加減屋敷に置いておくのも考えものだと愚痴るほどだった。そのうち領土に連れて行き、そのまま閉じ込めておくつもりだったようだ。


 そんな薄情な父親はなにもしていないが、母親は違う。クリスティーンの手伝いをし、実行犯に命令した犯人でもある。そのため、アルヴェールは母親とクリスティーンも捕らえたのだ。

 その母親を視線に入れれば、ぱっとうつむいた。その仕草にジョアンナの心に刺すような痛みを感じたが、視界に入れないことでその痛みを堪える。


「レオハルトのことを聞いたようだけれど」

「うるさい! お姉様だって騙されたんじゃない! 同じよ。いえ、違うわ。私は愛されたけど、お姉様は違うわ!」


 そこのこだわりは理解できなかったが、クリスティーンは自分が愛されていると自負したいのだろう。愛されることは幸福で、そこに優越感を持つのは理解できる。だが、レオハルトは裏切り、怪我をして動けなくなったクリスティーンを捨てた男だ。その男から愛されていたと言っても、虚しいだろうに。

 わかっているのか、クリスティーンは何度も同じことを口にした。ジョアンナとクリスティーンは違うのだと。


「クリスティーン。この後のことはわかっている?」

「なによ。この後って、なによ!」


 この後はこの後だ。牢屋に入れられた今の、この後。

 クリスティーンは唇を噛み締めた。この後どうなるかなど、ジョアンナにもわからなかったが、すでにジョアンナは王から珍しい力を持つ、特異な者と認定されていた。アルヴェールの親友である魔法の研究を行っているクロードの進言で、王宮の魔法使いたちが集まる中、その力も調査されたからだ。彼自身が調べた結果も提示されて、速やかに特別な魔法使いとされた。


 そのジョアンナを害した罪は、重い。

 ただの普通のジョアンナであれば、そこまでの罪にならなかったかもしれない。ジョアンナは生きているからだ。罰としては修道院送り。それでもクリスティーンにはつらいことだろうが、別の罰に比べれればましだ。


「その顔の傷を癒しましょう」

「は? なにを言っているの?」

「それから、レオハルトがあなたをどう思っているのか、はっきりさせましょう。彼の言葉を聞けば、あなたは自分の罪を認める気になるわ。それによって罰を軽くすることができる」


 クリスティーンは大きく眉を傾げた。言っている意味が理解できないと。

 ジョアンナも自分で笑いそうになる。こんな駆け引き、前の自分なら考えもつかないだろう。


「あなたの罪を軽くするために、証言をしてと言っているの。その顔の傷も治療すれば、前の顔に戻れるでしょう。その力を持った私を殺そうとした罪は重いのよ。私が死んでいなくても、国内で数少ない癒し手を殺そうとした罪は重い」

「なんの話よ!」


 理解が及ばないと、クリスティーンは大声を出した。

 牢屋の門を開き、アルヴェールが横にいるまま、ジョアンナが手を伸ばす。クリスティーンが動かないようにアルヴェールが剣を構えていたため、クリスティーンは噛みつきそうな顔をして猫が毛を逆立てるように威嚇してきたが、ふいに目を見開いた。


「傷が。私の顔、ねえ、どうなっているの!? 鏡は!?」

 鏡を渡されてクリスティーンは肩を揺らす。笑っているのか泣いているのか、包帯を取った目の周りをなでて、顔を上げた。


「どうなっているの! お姉様!」

「ジョアンナは王が認めた、特別な力を持つ加護を与える者だ。国内で希少な力の持ち主を殺そうとした者の罪は重い。お前が行うことは、真実を証言することだ。レオハルトを引き摺り込んで罪を軽くするか、それとも自分一人の罪にするか、どちらを選ぶ!?」


 アルヴェールの言葉に、クリスティーンは大きな目をさらに見開いていた。







「結局、謝りもしなかったな」

 ぽそりとアルヴェールが呟く。


 クリスティーンはレオハルトが捕えられて連れて行かれるのを眺めながら、静かに泣いていた。そのクリスティーンも兵士に連れられたが、ジョアンナを視界に入れることはなかった。

 レオハルトも最後まで抵抗して、自分の非を認めなかった。


 ジョアンナがうつむくと、その程度の者たちに期待する必要もないか、とアルヴェールが付け足した。

 クリスティーン今後は修道院に入る予定だ。ただし監視付きでそこから一生出ることはない。


「死刑になるよりはましだろう」

「そうですね」

「レオハルトは実際に手を下していないから、関わっただけとされるが、ユーステス家から多大な違約金を払わされることだろう」


 リアンナ・ユーステスとの婚約は破棄されて、ユーステス家も痛手を受けた。ブティックなどの事業はレオハルトが関わっていたため、撤退が決まっている。モニカのところにデザイナーが戻ってきたが、すべて断ったそうだ。一度裏切った者を再び雇う気にはならなかったのだろう。新しく入った者は、ユーステス家が雇っていた針子たちだ。


 レオハルトが今後どうなるか、大きな借金を負うため事業などに参入はできず、社交界からも爪弾きにあうだろう。まともな貴族生活は送れない。


「さて、パーティに戻ろう」

 垣根に隠れていた兵士たちも撤退し、集まってきていた者たちも広間に戻っていく。エスターが心配そうに駆け寄ってきて、レオハルトをおびき寄せられたことに安堵していた。


「おねえさま、勇気があるわ。あんな男と二人きりになって、飛びかかれたらどうしようかと心配していたのよ」

「アルヴェール様がいらっしゃるから、心配していなかったわ」

「当然だ」

「偉そうに。おねえさまの後をあの男が追っかけて行ったの見て、呪いそうな顔していたくせに。レオハルトが罠にかかる前に飛びつくんじゃないかって、ハラハラしたわ」

「うるさい」


 アルヴェールがエスターを睨みつける。その喧嘩をジョアンナは笑いながら聞いていた。

 レオハルトならばジョアンナに都合の良い言い訳を話すだろうと想定していた。ジョアンナに使い勝手があるとわかれば、すぐに近寄ってくるだろう。クリスティーンがいるとは考えもせず、自分に非がないことを証言するはずだ。婚約者のリアンナを同行していないことも、理由にしてくるに違いない。


 アルヴェールとも想定したことを、レオハルトはほとんどぶれもせず口にした。この後に及んで、君を愛している。などと。


「ジョアンナ、疲れただろう? 早めに帰宅しようか」

「いえ、大丈夫です。あまりにも簡単にいきすぎて、笑ってしまいますね」

 大丈夫かと言わないアルヴェールに優しさを感じる。エスターも憂え顔を見せるので、ジョアンナは大丈夫だと笑顔を見せた。

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