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26 パーティ

「まったく、とんだ災難だった」

 狩猟大会で怪我をして、完全に癒えるまで時間がかかった。落馬したせいで足首を捻ったが、他にも打撲、のちに腰痛もあり、しばらく外出を控えていた。


 レオハルトは馬車の中で愚痴を呟きながら、足を組み直す。

 思った以上に癒えるのが遅かった。ここ最近調子が良く体調不良もなかったが、ここにきて怪我で何日も引きこもることになるとは。


「ジョアンナとの婚約中は、常に調子が良かったんだがな」

 短い時間を共にしただけだったが、毎日が良いことづくしだった。付き合い出してから狩猟大会では活躍し、周囲との交渉が簡単で、今までなにをそんなに悩んでいたか思い出せないほどだった。

 この調子で進んでいけば、自分の評価が高まっていくだろう。

 だからもっとより良い相手を見つけて近づいた。


 リアンナ・ユーステスとの結婚は間近で、その準備も着々と進んでいる。それなのに、リアンナへ会うことができなかった。つまるところ、リアンナの家紋であるユーステスとの繋がりを強固にしなければならないのに、そのつてとなるリアンナの機嫌を取れなかったのだ。今まではリアンナの口添えで父親と約束が取れていたのに。


「パーティに間に合って良かったな。ユーステス家との繋がりを王に直接見せられないところだった」

 これを逃すと次はいつになるかわからない。王は祖母と親しかったが、レオハルトには素っ気ない。セディーン家が重要な役目を持っていないからだ。ユーステス家との結婚が進めば、王も対応を変えてくるだろう。

 御者の到着の声を聞いて、レオハルトは襟を正した。


 馬車が停まったので降りる用意をしたが、誰かと話しているようで、中々扉を開けない。なにをしているのかと若干苛立ちを感じると、やっと御者が扉を開いた。


「レオハルト様、その、門が閉められていて」

「は? なにを言っている」


 外をうかがえば、確かに門の前で停まっており、門の前で門兵が二人身動きせずに佇んだまま、こちらを視界にも入れない。


「おい、君たち、リアンナ嬢の婚約者が来たのに、なんだその態度は。門を閉めているのはどういうことなんだ?」

 連絡が行き届いていないとは、ユーステス家も所詮は下級貴族か。金儲けは得意でも末端の指導が行き届いていない。ふざけたことだと門を開くように命じたが、門兵はちらりと横目で見て澄ました顔をした。


「本日はお帰りください」

「なんだと!?」


 なにを言っているのか。パーティに出席するために迎えに来たのに、今日は帰れとは。リアンナが急病にでもなったのか。しかし、門兵はそれ以上なにも言わない。頑なに門を閉ざし、口を開けば、お帰りください。の一点張り。


「今日は、王からの招待なんだぞ!?」

「お帰りください」

 埒が明かない。遅刻するわけにもいかない。

 文句を言ってもなしのつぶて。これ以上粘ってはパーティに遅刻してしまう。


「このことは、あとで抗議させてもらうからな! お前たちの顔も覚えたぞ!」

 厳重に抗議してやると心に誓い、馬車を動かせる。屋敷を後にして王宮へ向かわせた。

 計画が台無しだ。なにか言えないような事件でも起きたのか。事業で失敗したとか? 嫌な考えがよぎるが、そうであれば一緒に行動するのはレオハルトの邪魔になるかもしれない。無理強いして自分の利益を損なう真似は避けたかった。


「レオハルト・セディーン様ご入場です」

 本来ならば二人での登場だったが、仕方がない。一人で会場に入ると令嬢たちの注目を浴びた。自分が一人で登場したため、気になったに違いない。


 ふふん。と愉悦に浸り歩む。これならば別の相手を見つけられるかもしれない。この場でユーステス家になにか起きていないか確認していた方がいいだろう。

 運が向いている。これも神の導きか。


 悠然と歩いて広間の奥へと進んだが、なぜか誰も寄ってこない。近寄りがたいのだろうか。婚約破棄をして再び婚約をしたため、気後れしている令嬢が多いのだろうと納得して、ワインを手に取る。

 近寄ってこないのならば、誰かよさそうな女性に話しかけようか。そう考えてワインを口に運んだ。


「……、らしいわ」

「本当に? だから一人なの?」

「……だから、あの方とご一緒に」


 気のせいか、令嬢は遠巻きにしならがもレオハルトをちらちら見て、なにかを話している。小声なため、レオハルトの耳にはっきり届いてこない。注目を浴びているのは確かだが。しかし、どこか怪訝な様子を見せていた。

 令嬢たちだけかと思ったが、他の者たちもレオハルトを横目で見ていた。眇めてくるその目が非難を含んでいるように思えた。


(なんだ? リアンナがなにかしたのか?)


 時折憐れむような視線も向けられる。リアンナがなにかして、レオハルトを蔑んでいるのだろうか。ユーステス家になにかあり、レオハルトも同等とされているのだろうか。

 不安になってくる。


 周囲を気にしながらゆっくりと場所を移動して様子を見ようとしたが、やはり視線はレオハルトに向けられて、中には嘲笑うような者もいた。


「妹を、」

「結局あの男が」

「そうだろうと思ったよ。かの令嬢は大人しい方だったからな。逆ならあり得ると思っていた」

 男たちは声に遠慮がない。小声で話しているつもりかもしれないが、笑い声も混じってレオハルトの耳に届いた。


「どうせそう仕向けたのだろう。姉妹を争わせて、自分は別の女を選ぶとは」

「姉を殺そうとした妹もどうかと思うな」

「色目ばっか使って姉を牽制していたんだ。いつかやると思っていたよ」

「あんな男と関わったばかりに」


 男たちがレオハルトに注目した。周りにいた者たちもレオハルトを見てくる。視線は集まり、誰もがレオハルトの噂をしていた。いや、ジョアンナとクリスティーンの話をしていた。

 どうして今さらそんな話を。


 ジョアンナもクリスティーンも社交界に戻っていない。父親のラスペードは娘たちを擁護する気もない。今ではそんな話もせずに事業に明け暮れている。うるさいのはクリスティーンを擁護する母親だけで、その母親も近頃レオハルトの屋敷に来ていない。


 だからもう終わった話だ。そもそもレオハルトには関わりがない。ジョアンナを殺そうとしたのはクリスティーンで、レオハルトは姉妹の争いに巻き込まれただけ。唆した証拠などはない。唆したという事実もない。クリスティーンが勝手に嫉妬し、思い込みの激しさでジョアンナを攻撃したにすぎない。あんなことがあり困惑していると公言したレオハルトに反論してくる者もいなかった。


 それなのに、どうして今さらそんな話になるのか。

(証拠もなにもないのに、どうしてみんなしてこちらを見るんだ)


 人の視線が気になってその場を離れる。蔑んだ視線がいつまでも追ってくるようだ。

 柱の影に隠れるように移動すれば。他に注目を浴びている者が見えた。王の謁見が始まっていたのか、アルヴェール・ギルメットが話し終えて戻ってくる。それを中心に人々が集まる。

 そして、その隣に女が寄り添っていた。


 見覚えのある顔。しかし、自分が一緒にいた時には明らかに違う顔をした女性。

(ジョアンナ? どうしてあいつが。それも、アルヴェールの隣に)


 人々に話しかけれて、ゆるやかに微笑む。その笑みがやけに色っぽく、周囲の者たちがほうっとため息を漏らした。あそこまで目立つ女だったか? 化粧が濃いわけでもない。ドレスは似合っているだろうが派手なわけでもない。しかしなぜか目を奪われて釘付けになる。


 口元を綻ばせると、アルヴェールを見上げて、ほんのりと頬を赤く染めた。それだけで、こちらまで赤くなりそうになるほど愛おしそうに見る笑顔だった。


「加護を持っているなんて」

「それで無事だったのでしょう? 妹に狙われるだなんて、なんておかわいそうなの」

「婚約されてとても幸せそうだわ。あんなに美しい方だったなんて。お相手がアルヴェール様なのに、遜色ないもの。あんな目立つ方ではなかったでしょう?」

「エスター様が自慢げに話していたわ。素晴らしい義姉ができるって。加護を得られると王にご報告されたらしいわよ」


(加護? なんの話をしているんだ?)

 女たちはジョアンナが加護を与えられる特別な人で、その力はこの国でも数人しかいない持ち手だと、はしゃぐように噂する。保護されるほどの力の持ち主で、警備をつけた方がよいのではと思案していた。アルヴェールが婚約相手になったため、それも問題ないだろうと羨む。


(作った物に、加護を与える?)

 そんな話、聞いたことがない。ジョアンナはレオハルトにそんな話をしたことがない。

 黙っていたのか。従順そうな顔をして。


「レオハルト様もバカな真似をしたものよね。妹に手を出さなければ、恩恵を受けられたのに」

「自業自得じゃないかしら? いつだって女性に囲まれていなければならないような感じだったでしょう?」

「ジョアンナ様と結婚していれば、セディーン家も箔が付いたのに」

「今頃、手放したことを後悔してるんじゃない?」

「どうせ、すぐ別の女に手を出すわよ」

 くすくすと嘲る声が聞こえる。


「やだ、ちょっと」

 女の一人がレオハルトに気付き、その場を離れようと促す。女たちは気まずそうに逃げながらも、離れて再び嘲りを向けた。


(ジョアンナといれば、加護が与えられる? だから、ずっと運が良かったのか!)

 合点がいった。そんな女を、手放した。ぎりっと奥歯を噛み締める。


 レオハルトは拳をきつく握った。視線を向けた先、ジョアンナは微笑んで他の者たちと話している。人に囲まれて、いつもの地味なジョアンナとは思えない、うちから滲み出るような華やかさを持って。

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