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24 ラスペード

「用意ができました」

 ホレスの言葉にアルヴェールは頷く。

 騎士が門番たちをのして門を開くと、アルヴェールは悠々と敷地の中に入り込んだ。


「何事だ!? これは、ギルメット家の。一体、何事ですか!?」

「違法な魔道具の使用と、姉を殺そうとした罪でクリスティーン・ラスペードを捕らえに来た」

「は、な? おい、勝手に入るな!」


 騎士たちがラスペードの声を無視して屋敷に入り込む。それに続くように、アルヴェールも足を踏み入れた。ラスペードが止めに入るが、騎士たちはすでに階段をかけ上げあっていた。


「このようなこと、いくらラスペード家の方でも、許されませんよ!」

「捕縛の許可は得ている」

「こ、これは」


 アルヴェールは王から得た証書を出しながら騎士の後を追った。ラスペードがそれを見て震えていたが、今まで見ぬふりをして放っておいたつけが回ってきたただけのことだ。同情するにも値しない。

 廊下の先、女性の悲鳴が聞こえた。メイドが逃げるように走り、中からクリスティーンが騎士たちに挟まれながら連れ出された。


「ちょっと、なんなの!?」

 ぎろりと片目だけで睨み付けてくる。クリスティーンはパーティで見かけた時の風貌はなく、乱れた髪に顔の半分を包帯で巻いていた。見えている方の目もクマがひどく、土色の肌をしている。


 魔道具のせいだろう。そして、ジョアンナの加護の反射のせいでもあった。

 魔道具の威力を倍にも返し、そして加護の力で呪いとなって受けた傷だ。

 本来だったらクリスティーンが受けるはずだった加護。それを受け取らなかった結果といえば、哀れみしか感じない。


「クリスティーン!? 一体何事なの!?」

 母親か、廊下を走って駆けてくる。父親のラスペードは追ってもきていない。母親が近づくのを騎士が静止した。こちらもひどい顔色をしている。健康を害しているのかのように、こけた頬と眠っていなそうな青白い顔をしていた。


「アルヴェール様! このような真似をされて、わけをおっしゃってください! 私が、アルヴェール様になにをしたのでしょう! ご存知の通り、私は姉に崖へ突き落とされて、療養中なのです。レディに対してこの仕打ち、アルヴェール様はどんなおつもりでこのような真似をされるのですか!?」


 クリスティーンは嘆くように叫んだ。両腕を持たれているため動きができないと、涙を流してうつむく姿は儚い女性のようにも見えたが、アルヴェールが黙っていると、恨みを持つような形相を一瞬見せてから顔を上げる。


「アルヴェール様、なにかおっしゃってください。誤解があるのではないですか!?」

「誤解などではない。お前が狙ったことはわかっている」

「狙った?」


 アルヴェールの合図で、騎士が男を連れてきた。どさりと廊下に投げ出された男は、クリスティーンを拉致した男だ。院長が怪しんでいた配達員。逃走しようとしたため、顔や体に傷があるが、その傷に驚いたわけではないだろう。メイドの一人が、顔色を変えた。


「この男が、なにか?」

 クリスティーンは顔色を変えることなく問うた。側で騎士に抑えられている母親が、メイドを横目で見やり、母親も顔色を悪くする。その顔を見て、やっとクリスティーンの顔が引きつった。


「ジョアンナを殺そうとした罪だ。一度ならず、二度までも」

「に、二度って、な、なんのことですか!?」

「姉を殺そうとした罪だ。その男はジョアンナを拉致し、小屋に閉じ込めてジョアンナごと燃やそうとした。金をもらい命令を受けたと証言している。この家にも配達に来る男らしいな」

「わ、私は存じません」

「ジョアンナを殺そうとした証拠は他にもある」


 アルヴェールは魔道具を取り出した。クリスティーンがジョアンナに投げた物と同じ、魔道具だ。そして、ハンカチを一枚、広げてみせた。


「ジョアンナがお前に贈ろうとしたハンカチだ」

「それがなんだって言うんです。お姉様が、妙な物を持っていたってことですか!? そんなこと、言われなくてもわかっています! お姉様はレオハルト様が私を慕っているからと、嫉妬で私を殺そうとしたのです! 私は、レオハルト様に言い寄られて困っていたんです。ですが、お姉様は私にお怒りになり、私を、崖から突き落として!」


 クリスティーンは嗚咽を漏らした。その演技は舞台女優ものだった。涙を流し、肩を振るわせて、啜り泣く。

 か弱い女性を装っているのだろうが、その姿にアルヴェールは嫌気がさした。

 同情を買う方法を常に考えているのだろうか。語る言葉に真実はなく。息を吸うように嘘をつく。この女がジョアンナと血が繋がっているなど、とても考えられなかった。


「ですから、お姉様が悪いのです!」

「うるさい」

「え?」


「黙れと言っている。このハンカチには加護がかけられていた。ジョアンナがお前に贈り、それを手にしていれば、魔道具の反射はなかっただろう。これを持っていたジョアンナは無事だった。攻撃を行った者がどちらなのか、簡単にわかる話だ」

「加護……? なんで、そんな特別な魔法。そんなもの、お姉様がかけるはずありません! お姉様は貧乏くさくって、買い物より針仕事が趣味の地味な人なんですよ? 加護をかけるお金を使うなら、糸を買うような女だわ」


 それが姉へ言う台詞か。クリスティーンはとにかくジョアンナをこき下ろしたいと、悪口ばかりを口にする。

 その加護を、ジョアンナが行っているとは露にも思わないだろう。無意識に、このような考え方をする妹のために、本来ならば高額となる加護をハンカチに施したのだ。


「お前を唆したのはレオハルトか」

「なんのことでしょう」

 クリスティーンはとぼけた返事をした。レオハルトを庇う余裕はあるようだ。

 しかし、あの男に操を立ててどうなると言うのだろう。


「レオハルトが店に連れて行ったのだろう。店主からレオハルトが連れた女が、後で購入しに来たと証言している。店の者は白状したぞ。娘が来たら、簡単に扱える魔道具を渡せと命令されていたと」

「何を言って……」

「わざと店に連れて行き、興味を持つように仕向けた。レオハルトは、お前がジョアンナを攻撃することを想定していた。それであの男に裏切られては、目も当てられないな」

「なに、」

「知らないのか? 聞かされていないのか?」

 母親に視線を向けると、さっとその視線を逸らした。


「すでに別の女性と婚約している。聞いていないのか?」

「なんですって? お母様!?」


 母親は顔を背けたままだ。真っ青になってクリスティーンの声におののいている。

 クリスティーンが母親を凝視する。怯えているかのように、母親は体を震わせた。クリスティーンの形相は先ほど嘆いた女性とは別人のように、歪んだ顔をしている。

(あれが本性か)


「お母様、嘘でしょう!? なんで言わないのよ!!」

「だって、クリスティーン、すぐに婚約してしまったなんて、言えるわけが」

「すぐ!? すぐってなによ! いつ、いつ婚約したのよ!!」


 クリスティーンが騎士たちの手を振り払って、母親に飛びかかった。胸ぐらをつかんで首を締めんばかりに問い詰める。

 醜悪で見ていられない。

 こんな女にジョアンナが苦しめられてきたと思うと、無性に腹立たしかった。


「連れて行け」

 問答無用で騎士に命令すると、クリスティーンは悲鳴を上げた。

「私じゃないわ。レオハルトよ! あの男がお姉様を殺そうとしたのよ!!」


 今度は愛するレオハルトを犯人にしはじめる。

 もう、呆れて物が言えない。

 アルヴェールは聞いていられないと、さっさとクリスティーンを黙らせて連れて行けと命令した。


「いやよ! 私じゃない! 私じゃないわ! お姉様が悪いのよ!!」

 クリスティーンは最後まで謝罪の言葉はなく、悪びれる様子も一切見せることはなかった。

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