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22−2 不審者

 馬車の中で足を組み直して、アルヴェールは一人ため息をついた。

 エスターのせいで、予定外の告白となってしまい、ジョアンナを驚かせてしまった。下心満載で屋敷に連れて行ったように思われなかったか、心配でならない。少しでも距離を縮められればという心はあったが、無意識に加護をかけている危険性を考えて、魔力の使い方を教えたかっただけだったのに。


 今では言い訳か。結局、アルヴェールはあれからジョアンナに会えていない。

「最近は忙しそうだしな」

 ブティックから外に出た様子はないため、針仕事を行っているのだろう。


 ブティック周辺を見張らせているのは、加護をかけた者を欲しがる貴族がいないか確認するためだ。商品は量産できているわけではないため、そこまで商品が広がっているわけではないが、万が一のこともある。

 孤児院ではジョアンナを探す者がいるとふんでいたため、常に誰かに見張らせていた。現れるのが遅かったとはいえ、ラスペード家の者が訪れるのは想定済みだ。


 孤児院を見張らせている者からは、あれからジョアンナが訪れたという話はなかった。

 それでも馬車に乗って孤児院を目指しているのは、ジョアンナが訪れられないため、代わりにできるだけ時間を取ろうと思っての行動だ。決して、ジョアンナが来ていないか期待して訪れるわけではない。


「はあ。この時間にいるわけないとわかっているが」

 本音が口から溢れて、もう一度吐息をつく。


(焦っているな。応えてくれないかもしれないと思うと、居ても立っても居られない)

「たとえ振られたとしても、魔力の使い方は教えなければ」


 口にして、急激に胸が痛んだ。その可能性を考えただけで、ここまで苦しみを感じるとは。

 他人を想うことに恐怖を覚えるとは思わなかった。暗闇に落ちそうになる。そんな恐怖だ。

 ジョアンナであれば、振った手前魔法の使い方を教わろうとしない気がする。そこはせめて、受け入れてほしいが。そんなことを考えているだけで気落ちしそうだった。


「うわっ!」

「どうした!?」


 御者がいきなり大声を出した。その声に続くように、前から別の馬車が大仰な音を立てて通り過ぎていくのがわかった。かなりのスピードを出していたようだ。こちらの馬が音に驚いて一度いななくのを、御者がなだめる。


「大丈夫ですか、アルヴェール様! 申し訳ありません。前からいきなり馬車が突っ込んできて」

「こちらは問題ない。しかし、危ないな」

「こんな細い道を、あんな速さで抜けていくなんて」

 伴っていた騎士が呟いた。家紋などはない、その辺の馬車だったようだ。急病人でも出たのかとぼやく。


「馬車をかすりそうになりました。馬に当たらなくてよかったです」

 馬が興奮したか、ぶるぶると鳴きながら頭を振った。少し経てば落ち着いて、馬車が進み出す。

 この道は孤児院から一本道だ。なにかあったのだろうか。御者に言って、こちらも速さを上げる。

 なんだか、嫌な予感がした。






「まあ、アルヴェール様。このような時間に、わざわざありがとうございます」

 気のせいだったか、院長が笑顔で出迎えてくれる。


「時間が余ったんだ。ラスペード家の支援も途切れていると聞いた」

「それは、仕方ありませんわ」


 支援はジョアンナが家を出てから滞っていた。今まではジョアンナが行っていたのだろう。ラスペード家の者はなにもせず、ジョアンナがいなくなったことで完全に断ち切れたようだ。それを言えばジョアンナを苦しめるだろう。院長はジョアンナが変わらず来てくれるだけでありがたいのだと、微笑みながら言った。


「ジョアンナ様に教えられて、刺繍の仕事をしはじめた子がいるんですよ。うまくできるからと、近所の方に頼まれたりして」

「それはよかったな。ジョアンナ令嬢も喜ぶだろう」

「ええ、先ほどいらっしゃった時にお伝えすればよかったです」

「先ほど? 来ていたのか?」


 今までいたと言われて、肩を下ろした。もう少し早く来ていれば、会えたかもしれないのに。避けられたわけではないよな。と邪推して、被害妄想すぎると内心で首を振った。


「久しぶりに訪れてくださったのですが、最近のこともありましたので、今日は帰ってもらったのですよ。ラスペード家のことだけでなく、別の人がジョアンナ様に興味を持たれていたようだったので」

「興味? 男が!?」


 院長に詰め寄ると、勘違いかもしれないが、と付け加えて、男の話を教えてもらう。

 普段からやってくる配達員だ。部下から話は聞いていない。配達員のことは耳にしているが、ジョアンナに興味を持っているまではわからなかったのだろう。


「それで、すぐに帰らせたのか」

 その方がいい。もしかしたらラスペードとは別の者がジョアンナを狙うかもしれない。レオハルトが訪れてもおかしくはない。ジョアンナが使えるとわかれば、すぐに手のひらを返す。そうでなかったとしても、妙な男がジョアンナに近づくのは気分が良くなかった。


「歩いて帰られたのですが、途中でお会いしませんでしたか?」

「いや、歩いていれば気づくだろうが」

 御者が気づかなかっただろうか。御者はともかく、騎士たちはジョアンナの顔を知っている。


「ほんの少し前ですよ。急いで帰られたのかしら」

「まさか」

「アルヴェール様?」

 すれ違った馬車。こちらにぶつかる勢いで通り過ぎた馬車。急病人でも乗せているのかのように。


「先ほどの馬車を追え!」

 騎士たちに告げて、アルヴェールは馬を奪って走らせた。後ろで騎士たちが慌てていたが、理由を話す余裕もない。

(まさか、ジョアンナ)


 歩いていれば気づく。道は一本道。細い道に女性が一人歩いていれば、気づかないわけがない。

 途中道は分かれた。追ってきた騎士たちもどちらへ行くかと馬の足を止める。


「どちらに行ったのかわかりません!」

「ジョアンナを乗せていた可能性がある! ラスペード家と、セディーン家、それに関わる場所を探せ! 屋敷に応援を出して、」

「アルヴェール様! 向こうから煙が!」


 横道の先、森の奥から細く空に登る灰色の線が見えた。

 なにを言う前に馬の腹を蹴り付けた。

 森の中に入れば煙が見えなくなる。しかし、どこからか焦げ臭い匂いが届いてくる。気のせいではない、視界も少しずつけぶっていく。


「ジョアンナ!」

 先方に黒々と煙を吐く建物が見えた。小さなほったて小屋だ。扉の前が特に燃えていて、薪を積んで燃やしたように見えた。


「危険です! 屋根が崩れそうです!」

「うるさい!」

 中にいる。魔力を感じる。ジョアンナに渡した、ブレスレットの魔力が。


「ジョアンナ!!」

 切り裂く風が扉を壊し、炎が分かれた。魔法で留めた炎が左右にふきすさんだ。濃い煙も風によって吹かれて外へと流れる。建物の地面で丸くなるなにかが見えた。魔力に包まれた、ジョアンナだ。


「しっかりしろ!」

 ブレスレットから溢れた魔力でジョアンナを守っている。持っていたハンカチからも魔力を感じた。ジョアンナの加護だ。抱き起こして外に出たが、くたりとしたまま動かない。


「ジョアンナ! ジョアンナ!」

「アルヴェール、さま?」

「ジョアンナ! 大丈夫か!?」

 意識があって、安堵した。すすで頬が黒ずんでしまっている。その頬を拭おうとすれば、ジョアンナが一筋の涙を流した。


「もう、会えないかと、」

「ジョアンナ!?」

「こたえを、伝えていなかったと。私も、お慕いしていると、お伝えしなければと」


 か細い声で聞こえた内容に、一瞬耳を疑った。

 おしたいしている?


 もう一度聞きたいと考えるよりも、ジョアンナの体の方が心配だった。まぶたを閉じてしまったが、息はしている。ハンカチがあったおかげか、顔色もそこまで悪くない。ショックで気を失っただけだろう。安堵しながらも、怒りが込み上げてきた。


「犯人を探せ! このような真似をして、許されると思うな。必ず探せ!!」

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